第37話
「修司さんはずっとこんな私のことを気にかけてくれて」
姫と白崎も俺と同じようにユリの言葉に耳を傾ける。
「毎日こんな私に声を掛けてくれて、私に人の温もりを教えてくれました」
「そんな大袈裟な」
「大袈裟なんかじゃありません。全部、あなたに教えてもらったんです」
そう言ってユリは胸に手を当て、温かい笑みを浮かべる。
「今では私ひとりじゃ絶対に手に入らなかった思い出たちが、私の心の中にたくさん眠っています」
「ユリ」
「だから、このまま片思いで終わっても悔いはありません」
その瞬間、姫と白崎の空気が凍り付く。
「私、幸せでした」
俺も絶句してしまったのは、その発言もあるが、ユリが大粒の涙を流していたからだ。
「お二人のどちらかと、幸せになってくれれば私はそれで」
「ユリ、ちょっと待て」
「遠くから見守っているしか出来ない私は、身を引きます」
「ユリ、聞いて」
「私はこれ以上は邪魔になってしまうので」
「ユリ、冗談でもそんなこと言っちゃダメだ」
俺がそう言うと、ユリは大粒の涙を浮かべたまま不貞腐れたように視線を逸らす。
「冗談を言っているように見えますか」
「ああ見える。質の悪い冗談を言って、俺を困らせようとしているようにね」
「……被害妄想乙ですね」
「ネットサーフィンはもうやめろと言ったはずだ」
「いつもそうやって私のこと守ろうとして、好きでもないくせに!」
「ああそうだ! 俺はもう昔みたいに君のことを好きじゃないし、それがどういうものだったかも忘れた! でも、君のことが大事なのは変わらない!」
『ざわ、ざわ』
雑音の温度が変わって周囲を見渡す。どうやら周りは俺と女子二人が痴話喧嘩していると勘違いしているらしく、皆一様に好奇の目を向けてくる。
「あ、いや、これはその」
「あーあ、そんなこと言われたら、なんか怒るのも馬鹿らしくなってきたなー」
「え?」
姫は少し怒気のこもった声で、そっぽを向きながらわざとらしくそんなセリフを言う。
「うぅ、でも、一周回って私に対する真っ直ぐな想いが伝わってきましたわ」
続いて白崎がそんなことを言うと、姫と白崎は一瞬アイコンタクトする。
「二人供?」
「おぉーいなんだ兄ちゃん! そんな美人さん二人に迫られてんのかい!」
「良いなぁおい!」
「そうなんですぅ、この人ぉ、私とこの子、どっちと付き合うのか全然決めてくれなくてぇ」
「えっ? ええっ?」
「あーあ、誰か私のこと慰めてくれる人はいないかなぁ」
姫と白崎のおかげで、俺に向けられていた矢印が二人に切り替わっていく。
「姉ちゃんこっち来いよ! 一緒に飲もうぜ!」
「ごめ~ん、まだ諦めてないの。あ、めっちゃ可愛いそこの君、隣良い?」
「若者同士、愚痴言い合いましょ。お兄さーん、生おかわり!」
グラスを掲げた姫と目が合い、今の内に外へ行くように合図される。
二人は俺を守りながら、俺たちが話しやすい空気を作ろうとしてくれているのだ。
「マスター? 何が起こってるんです?」
涙目のまま困惑の表情を浮かべているユリを、少し睨むような目付きで見下ろした。
「また言いたいことあるから。二人でゆっくり話そう」
「は……はいっ」
逃げるな幸せ者~、という心外な言葉を背中にぶつけられながらも、俺は何とか人気の無い路地裏に駆け込んだのだった。
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