第43話

「酔い覚めた?」


 どこかすっきりとした様子の姫を見て、俺はちょっと笑いながらそう聞く。


「まだ余裕で残ってるって言ったら?」


「うーん、寝させる」


「何それ、子供扱いじゃん。ま、ちょっと付き合ってよ」


 昨日泥酔していた姿の面影は無く、姫の表情にいつものようなしたたかさを覚える。


「ユリちゃん、元気出たみたいで良かったね」


「うん、まだ何か企んでそうだけどね」


「それは例えば、あんたに告白するとか?」


「なっ、昨日からその変な冗談やめてよ」


「あははっ、ごめんごめん。聞かれてたらやだからもうやめる」


 そう言われ、反射的にスマホを振り返る。俺たちが寝てからいつの間にか画面は真っ暗になって、今もまだそのままだ。


 まさか、ね。


「まさかこんなところで一晩過ごすことになるとはねぇ」


「ほんとだよ。姫と白崎さん、飲み過ぎ」


「だってー、飲まないとやってらんないんだもーん」


「おじさんみたいなこと言わないで」


「半分おじさんだからしょうがない」


「まあ言われてみると、だいぶ男勝りだもんね」


「そうだねぇ、いっつも喧嘩ばっかりしてた」


 度々思い出す、姫の高校時代のこと。今とは比にならないくらい姫は尖りに尖っていた。


「ラノベ馬鹿にしてきた奴に噛みついてさ」


「あったね、そんなこと。凄い剣幕だったよ」


「好きなもの馬鹿にされたら誰だってキレるよ。あいつらそれがわからないサルだから」


「それ、言い過ぎ」


「でも実際そうじゃない? あいつら、あたしらが大人しそうに見えるからって調子乗りやがって」


 姫が大学デビューしたのにはそういう理由もあるのだろうか。


「あと……もう一個、姫が烈火のごとく怒ることがあったよね」


「ん? あー」


「俺が馬鹿にされたとき」


 聞こえるように陰口を言われたとき、体育の授業で馬鹿にされたとき。


 姫はいつも、感情を出すことが苦手な俺の代わりに怒ってくれていた。


「昨日も言ったような気がするけど、いつもありがとう」


「……うん」


「姫?」


「ああもう! この話やめ! 他の話しよ」


「えー何で? 昔話エモいじゃん」


「最近覚えた言葉使うなっ。そういうの丸わかりだから」


「何でよ? 何が悪いの?」


「あんたがそういうこと言ってるの、なんかやだから」


「理由になってないよー。あーあ、エモかったのになー」


「うるさいっての! おりゃ!」


「うわっ」


 そのとき、姫にベッドに押し倒され、わきをこちょがされる。


「ちょ、あははっ! くすぐったいって!」


「あんたの弱点はわかりきってんのよ! おりゃおりゃ!」


「ちょ、はは! ほんとにやめてっ」


「う、う~ん」


「!」


 白崎が寝返りを打って、俺たちの方に顔を向ける。


 まだ起きてはいないようだったが、俺たちは何故かこのやり取りを見られてはいけない気がして、顔を見合わせて固まってしまった。


「し~」


 姫は俺を会話に誘ったときのように鼻に人差し指を当てる。


 そのときと違っていることは、雰囲気がどこかピンク色だということと、


「うん」


 俺は、そのピンクを拒む気が無くなっているということだ。


「おはようございます!」


「「ビクッ」」


 二人同時に肩が跳ね、声の方を振り返る。


 どこか怖いくらいに笑顔を貼り付けているユリが視界に入った。

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