第4話

 俺は、俺を見上げて微笑んでいるユリを見下ろし、眉をひそめる。


「何で俺なんだ」


 俺の言葉から悲痛さを感じ取ったらしいユリは、同じように悲痛な表情を浮かべる。


「やっぱり嫌ですか? 私に好かれるのは」


 俺は大きく首を横に振る。


「そうじゃない。もちろん嬉しいよ。ただ、本当に理由がわからないんだ」


 するとユリは少しおどけた表情で空を見上げ、心底不思議そうな表情で俺を見る。


「好きになるのに理由が必要でしょうか?」


「そのセリフもネットで学んだの?」


「そ、そんなことありません! いや、そうかもしれないけど、とにかくその、上手く言葉に出来ないんです」


「そうか」


 ユリはまたも俺の言葉に含まれた感情を読み取ったらしい、ちょっと怒ったような表情を浮かべて頭を抱える。


「うぅ、自分の語彙力が妬ましいぃ」


「悪かったよ。難しい質問だったね。それより」


 俺はユリに向かってビシッと指を立てる。


「俺のSNS、勝手に見てるよね」


「へっ? そ、それは」


 ユリはあわあわとひとしきり慌てた後、引きつった笑顔で控えめに人差し指を立てる。


「マ、マスターの精神状態を把握するのも私たちの重要な仕事ですから」


「聞いたことないぞ。とにかく、パソコンに入れてるSNSは全部消しておくから」


「あっ! ちょ、それはダメですよマスター!」


「何で? 別に何も困ることないでしょ?」


「そ、それは」


 ユリはもじもじと指をいじくった後、怒られた子犬のような目を向けてくる。


「怒りませんか?」


「絶対に怒らない。約束する」


「……わかりました」


 ユリは空中に絵を描くように指を動かす。するとまた勝手にアプリが起動し、メモ帳が画面中央に出てくる。


 そこに少しずつ打たれていく文字を読んでいき、思わず変な笑みが零れた。


『姫さんという方にマスターが取られないように、見張っておきたいんです』


「おまっ、公私混同も良いところだな!」


「ひえぇ、怒らないって言ったじゃないですかぁ」


 大袈裟に頭を抱えてみせるユリを見て、思わずため息が出る。


「ていうか、姫とはそういう関係じゃないよ。ただの友達」


「本当に?」


「本当だ」


「本当の本当に?」


「本当だって」


「本当だって、約束出来ますか?」


「約束する。本当だって」


「でも、さっき約束破りました」


「うぐっ」


 俺は頭を掻きむしると、観念して俯いた。


「良いかよく聞いてくれ」


「はいっ」


「俺はもう誰も好きにならない」


 自分の台詞で、何故か心が痛んだ。


「どんなことがあっても」


「マスター、あなたは」


『ジリリリリリ!』


 ビクッと肩が跳ねる。見ると、使い古したアナログ時計が七時半を差していた。


「やばっ」


「マスター?」


「大学行かなきゃ! 一限遅れる!」


「はっ! それは大変ですっ! このままではマスターはニートのプー太郎になってしまいます!」


「ユリ、頼むから一旦ネットサーフィンやめてくれ」


「それは承諾しかねま」


 ノートパソコンを素早く閉じてリュックに詰め込み、秒速で顔を洗って服を着替え、ワンルームから飛び出した。


「ユリ」


 最後にリュックを開けて呼びかける。


「何ですか? 行ってきますのちゅーですか?」


「頼むから、大学では静かにしててくれよ」


「……任せてくださいっ」


 嫌な間があったことは見て見ぬふりして、俺はバス停に向かって走り出した。

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