第12話

「ユリちゃんってさ」


「う、うん」


「……めちゃくちゃ面白くない?」


「え?」


 姫は笑いを堪えて目じりを下げる。


「昔っからこんな感じなの?」


「えっと、うん」


 姫からスマホを受け取り、画面を見る。ユリからの『ごめんなさい。楽しんできてください』というメッセージが表示される。


「不器用で、まだ何も知らない子だけどさ」


「うん」


「良いやつなんだよ。凄く」


「……うん」


 ユリの困ったところはあるが真っ直ぐな性格のことを考えていたら、さっき姫が俺に何か言いかけていたことを思い出した。


「姫、そういえば」


「ん?」


「さっき、何か言いかけてなかった?」


「あー、うん、何でもない」


「そう?」


「……したからね」


「え?」


 最後の一言は聞き取れなかったが、そんな俺を差し置いて姫はスッと立ち上がる。


「最後にちょっと付き合って」


 姫は、アニメやラノベの話をするときのような得意げな笑みを浮かべた。


「どうしても行きたいところあるの」


◇  ◇   ◇


「うわあすごっ! やっぱり生で見ると迫力が違うわぁ」


 カフェから少し歩き、姫が食い入るように見ているもの、それは、


「マウス買い替えよっかなぁ、え、このモニターめっちゃ綺麗! 高ぁっ!」


 通常、オタク男子が熱狂するようなゲーミングPCコーナーだ。


「ご、ごゆっくり」


「あ、はい」


 店員さんが思わず引いてしまうような熱量で、姫はパソコンや各種アイテムを物色していく。


「一年ローン? いや、それだとバイト増やさないと。二年? 先過ぎるな」


「あの、姫?」


「ん? 修司もそろそろゲーミングPC買う?」


「いやぁ、俺は」


「えー? 一緒にAP〇Xやろうよー。面白いよ?」


「いや、俺は、そういうの苦手で」


「ふーん、そっか」


 まさにお姫様のお付きというポジション。やっぱり俺はここが一番落ち着く。


 ユリのことも怪しまれてないし、ひとまず良かった。


「実はさ私、見ちゃったんだよね」


「ん、何を?」


「あんたが、空き教室でパソコンに向かって一人で喋ってるところ」


「へ?」


 何を、何だって? 見た?


「少し、だけどね。それで、今日話したユリちゃんって子」


 聞かれた? 少しって、どこまで?


「もしかしてだけど、あんたがあのとき一人で喋ってたことと関係あったりするのかなって思って」


 何も、考えられない。視界がぐるぐる回る。


「あっ、えっと、俺は、あれはその」


「話したくないなら無理しなくて良いよ」


「え?」


「あんたのこと、困らせたくない。そのくせこんなこと言って、矛盾してるよね。ごめん……でもね」


 姫は悲しそうな目で俺を見つめる。


「少しは私のことも見てほしいなって、思って」


「……姫」


「パソコンのOSってさ、定期的にアップデート来るの」


「え、うん」


 今まで溜め込んでいたものを一気に吐き出すかのように、姫の語りは止まらない。


「次のは凄い強力なやつだって言われてる。ウイルスとか、異分子をシャットアウトするような、そういうやつらしい」


「……」


「それが、大体三か月後」


 そう言って姫は笑った気がした。


「そういう風に期限が付いてて、そこまでいったらはいリセットって、そんな感じならもう少し楽だったのにね」


 思い詰めたように言葉を紡ぐ姫に、俺は何も声をかけることが出来なかった。


◇   ◇   ◇


 今日はなんかごめんね。


 別れ際に姫はそんなことを言っていた。


 そんなこと無い。楽しかった。嘘じゃない。心からリラックス出来た。


 ただ、姫の最後の話がどうしても引っかかる。


『次のは凄い強力なやつだって言われてる。ウイルスとか、異分子をシャットアウトするような、そういうやつらしい』


『それが、大体三か月後』


 ユリは普通じゃない。自我を持っている。


 ユリはその対象になるのか?


 そのときが来たら、俺たちはどうなる?


「黒部くんっ!」


 人でごった返す中央線のホーム、喧騒を縫って俺の名字が耳に飛び込んでくる。


 反射的に振り返り、後悔した。


 俺のことを名字で呼ぶ女に、心当たりは一人しかいなかったのだから。


「何の用? 白崎さん」


 いつも岩島の後ろに隠れていて、もじもじしている女。ワンピースが良く似合って、長い黒髪と低い身長、垂れ目が特徴的な女。


 白崎要(しらさき かなめ)。


 俺を捨てた女だ。


「あのっ、黒部くん」


 白崎は憎たらしいくらい真っ直ぐな目で俺を見上げ、大きく息を吸った。


「私と、復縁してほしいの」


 季節の変わり目を告げる生ぬるい風が頬を撫でて、


 電車がホームに到着したことにしばらく気付かなかったのだった。


〈第一章 完〉

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