第32話
「明日はいよいよ小旅行ですね!」
明日提出期限のレポートを書いていると、ワードの向こう側からユリの跳ねるような声が聞こえてくる。
「そうだね」
「楽しみですね!」
「うん、楽しみだね」
参考文献を一枚めくり、素早く情報を吸収してタイピングする。テーマと書いていることがズレていないか逐一確認していく。
「マスターはアメ横に行ったら何したいですか?」
「うーん、買い物」
「何を買うんですか?」
「えっと、色々かな」
次の瞬間、何者かによって勝手にワードが閉じ、ユリの弾けるような笑顔が目に飛び込んでくる。
「着ていく服、どれが良いと思います?」
チャイナ服とへそ出し制服で迷っているらしいユリに見切りをつけ、俺はレポート作成に戻る。
「好きな服で良いと思う」
また勝手にワードが閉じ、チャイナ服を着たユリが現れる。
「ちょっと刺激が強すぎますかね?」
またワードを開く。また勝手に閉じる。
「こっちは……色々見え過ぎですかね?」
開く。打つ。閉じる。
「マスターはどっちが良いと思います?」
カチッ、カタカタ。
「マスター! 泣きますよ⁉」
どうやら自分の中ではチャイナ服に決まったらしいユリは、半泣きで俺に訴えかけてくる。
「真剣に考えてください」
「ごめん、明日提出のレポート、やんないといけないんだ」
「それってもしかして、この前姫さんが言っていた自分たちの本分とやらに関係することですか?」
「うっ」
「絶対にやらなければいけないことなんですか?」
「そう、だ」
「じゃあ何でもっと早くやっておかないんですか!」
幼稚だとはわかっているが、そんな一言で素直にイラっとしてしまう。
「だって、忙しかったから」
「言い訳になりませんっ。締め切りは絶対で、予定通りに事は行われるんです」
「随分説得力があるな」
「今まで数多のアップデートを経験して、その度皆で乗り越えてきましたから!」
「さいですか」
そそくさと作業に戻ろうとしたが、アップデートの一言で手が止まる。
「ユリ」
「はいっ」
「明日は良い日にしたいから」
「はい」
「明日着ていく服、ちゃんと選んであげるから、代わりに俺の服も選んでほしいんだけど」
最初はぽーっと俺のことを見ていたが、次第にぱあっと表情が明るくなっていく。
「もちろんです! 良いんですか⁉」
「良いよ。ただ、レポートが、ね」
意味ありげにチラ、チラとユリに視線を送ると、どうやら察したらしいユリは訝しげな表情に変わっていく。
「学生の本分じゃないんですか?」
「わかってるけど、今回だけ! 手伝って?」
「……しょうがないですねぇ」
ユリはそう言い、目の前にパネルのようなものを数枚展開し、それらを忙しなく操作し始める。
「テーマは大きく哲学、ですか。参考文献……ヒット。やってみますか」
「おぉ、おおおぉぉ!」
思わず感動してしまうほどに、みるみるうちに目の前でレポートが完成していく。
「凄い! 凄いよ!」
「あとは添削して……いっちょ上がりです!」
そうして完成したレポートはいっそ神々しく見えた。
「ユリ、ありがとう!」
「いえいえ、お安い御用です。それより、だいぶ時間が余ったと思うので」
「え?」
「明日の分だけと言わず、私が持っている服全部、マスターに評価してもらいますから!」
「ひぇぇ、朝までかかっちゃうよぉ」
そして俺の予想通りユリの持ち服品評会は朝まで続き、
後に、ユリが書いたレポートは誤字脱字だらけで結局再提出をくらう羽目になるのだった。
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