第31話

「賛成の人」


「「はいっ」」


「反対の人ー」


「「はーい」」


 気だるそうな姫と白崎の声とは対照的に、俺とユリは自覚があるくらい元気に返事をする。


「えっと、本当に意味がわからないんだけど何でアメ横なの?」


 何でと聞かれ、自分でもよくわからないので首を傾げる。


「これに関しては姫ちゃんと同じ意見。あそこって外国人とかの観光客が来るところだよ?」


「え、そうなの⁉」


「そうなのって、知らないで言ったわけ? 私一回行ったことあるけど、居酒屋しかないし胡散臭い服しか売ってないし……ごめんちょっと言い過ぎた」


「姫ちゃん言い過ぎじゃないよ。いや、やっぱりちょっと言い過ぎかも」


「ユリはどう思う?」


 何よりこの小旅行をユリのためにやりたい俺は、ユリに伺いを立てる。


「ユリちゃんも付いてくるんだっけ?」


「ユリちゃんをちょっとした東京観光に連れて行きたいらしい」


「なるほどね。じゃああながち外れてはないのか」


「うーん、そうですねぇ。お二人のお話を聞いて」


「聞いて?」


 ユリは少しの間うんうんと唸った後、うん! と元気良く切り出す。


「俄然行ってみたくなりました!」


「ユリちゃんのツボが全然わかんな~い」


「好奇心旺盛なのね。旺盛すぎる気がするけど」


「ユリは何で行きたいと思ったの?」


「そうですねー」


 ユリのぽーっと空を見上げて考える表情が目に浮かぶ。


「修司さんが行きたいと言ったから?」


「大好きじゃん」


「大好きだね」


「あっ、えっとえっと、それだけじゃなくて、色々な人の色々な表情を見たいと思って」


「人?」


「表情?」


 マズい。ユリの正体がバレてしまう。


「それに、居酒屋とか、言葉でしか聞いたことないので、行ってみたい、じゃなくて見てみたいです。皆さんの価値観ももう少し詳しく知りたいです」


「「……」」


 どうしよう。それは流石に怪しまれないか? このネット社会で居酒屋を言葉でしか聞いたことないって……あり得るか? いやあり得ない。


 何かフォローした方が? でも何を言えば良いのか……いやとにかく何か言わなきゃ!


「あの、俺はっ」


「そういうことなら、仕方ないか」


「えっ?」


 ビックリして顔を上げると、姫は腕を組み、仕方ないという風に口を引き結んでいた。


「ユリちゃんがそう言うなら仕方ない。行こう」


「うん、私も姫ちゃんに賛成。ユリちゃんにはこの前お世話になったしね」


「え、どうしたの二人とも。急に」


「じゃあ詳細は後で連絡するから、要はあっち行ってな。しっしっ」


「はいよー。黒部くんまたねっ」


「あ、うん」


「修司、ちょっとこっち」


「えっ?」


 わけがわからないまま服を引っ張られ、俺と姫は前のめりになり、姫は何故かユリに聞こえないように手で口元を覆う。


「もしかして、ユリちゃんって学校行けてない?」


「え、うん」


 あ、反射的に嘘をついてしまった。


 いや待てよ、嘘じゃないか。学校に行っていないというのは本当だ。行けないと言った方が正しいとは思うが。


「やっぱりね。おかしいとは思ってたのよ。いっつもあんたと話してるし。昼休みも毎回いるし」


「あ」


 確かに。それはおかしい。今更気付いた。


「息抜きみたいなこと?」


「まあ、そうだね。そんな感じ」


「あんた、そういうことなら先に言いなさいよ。全力で協力するっつーの」


 姫は肘で俺を突っつくと席に戻り、少々わざとらしく咳払いをする。


「じゃあ、ユリちゃん。日程決まったらグループで連絡するから。またね」


「はい! また恋バナしましょうね姫さん」


「ちょ、そういうのは言わないの」


 姫は立ち上がり、俺に目配せする。


 頑張ろうね。と、その優しい目が言っているような気がした。


「はあぁ」


 俺はとにかくユリの正体がバレなかったことに安堵し、ため息をつく。


「マスター? どうしました?」


 しかし、いつも通り朗らかなユリの声で、こんな気苦労などどうでも良くなってきてしまった。

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