第9話
「ユリ、もう一度聞くよ?」
真夜中の午前一時、ワンルームの狭苦しい部屋にあるのは俺の疲れ切った声だけだ。
「君はどこから来たの?」
ユリは大袈裟なくらいに背筋を伸ばす。その表情は心配になるくらい強張っている。
「はいっ! わ、私は、東北の田舎から来ましたっ。でやんすっ。高校生です! お友達の妹ですっ。あ、修司さんのお友達の妹ですっ。好きなものは修司さんです。よろしくお願いします!」
「あーもう滅茶苦茶だ!」
ぐうの音も出ない程支離滅裂。一瞬これは同じ言語なのかと怪しんでしまう。これ面接とかで言ったら救急車呼ばれるんじゃないか? いやむしろ一周回って合格するかもしれない。
「はぁ、何でそうなるんだよ? 何を学習したんだ?」
今日一日、あの一件からずっと、ユリは自分の経歴を作るために勉強していたらしい。
「えっと、好かれる人について勉強していました」
「それが、これ?」
「だ、だって! 人気のある人にはギャップがあって、愛される要素があって、応援したくなるような人だと、書いてあってあったので……」
「なるほどね」
ネットの知識というのはつくづく恐ろしい。まあ、ユリは情報の取捨選択に慣れていないから、しょうがないのかもしれないが。
「でも、今のままじゃただの変人だね」
「へ、変人ですか⁉」
顔を真っ赤にして涙目になるユリだが、残念ながらそれ以外に評価のしようがない。
「計画は凍結だ」
「そ、そんなっ! それでは、マスターが困ってしまいます!」
「そうは言っても、これじゃあなぁ」
「……わかりました。じゃあ、最後にもう一回だけやらせてください」
ユリの真剣な眼差しが俺を貫く。
「わかった。一回だけね」
明日は予定がある。いい加減寝なければいけない。
「私の名前は、ユリと言います。田舎出身です。修司さんとは昔から兄が仲良くて、昔はよく一緒に遊んでました」
「……うん」
「将来上京したいと思っているので、修司さんから東京のことについて勉強させてもらっています。よろしくお願いします」
「……うん! それが良い!」
少々元気の無い印象を受けるが、さっきのに比べれば百倍マシだ。
「ほ、本当ですか! 良いですか!」
「うん、良いよ。変に気張るより、そっちの方が何倍も良い。後は俺が何とかするから」
「やったぁ! ミッションクリアですね!」
「そうだね。じゃあ、俺はもう寝るから」
「えっ、いつもより少し早いですね?」
「うん」
俺はスマホのカレンダーを開く。
そこには、今日の午後に『姫の買い物に付き合う』という予定が入っている。
「姫と買い物行ってくる」
今日充電器を返すとき、姫に誘われたのだ。どこか思い詰めている表情にも見えたが、久しぶりだし了承した。
「ていうことだから、明日は……」
ユリを見て、激しく後悔した。
そういえばユリは、超が付くほど我儘お嬢様だった。
「……私も行きます」
スカートの裾を握り締めて、膨れっ面で、ユリはぼそぼそとそんなことを言う。
「それはダメだ。連れて行けない」
「……わかりました」
ユリは思いのほかあっさりと引き下がり、逆に俺が面食らう。
「良いの?」
「マスターが言ったんですよ? ダメだって」
「……ごめんね。お土産話持ってくるから」
こくんと小さく頷いたユリを信用し、パソコンを閉じた。
しかし俺はいくつか見落としてしまっていた。
俺のスマホとパソコンは当然同じwi-fiに繋がっているということ。
そして俺は、パソコンの電源を切り忘れてしまっていた。
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