第3話

「話をしよう」


 俺は一度深呼吸をし、ゆっくりと慎重にパソコンを開く。


「一回話をしよう」


 スリーブ状態に入っていたパソコンを起こし、デスクトップが表示される。


 最高に可愛いメイド服に身を包んだユリは、さながら大失恋を経験した少女のようにしくしくと泣いていた。


「あのー」


 どうやら俺の声は聞こえているようで、ユリは俺の方を上目遣いで見る。


「マスター、私のこと、嫌いですか?」


「いや、あの、そういうわけじゃなくて」


「じゃあ何で、昨日も今日も、うぅ」


 女の子を泣かせたことは無い。泣かされたことしか無い。ほとほと困った俺は一つ閃き、素早くペイントツールを展開させる。


「ユリ」


「はい?」


「動かないで」


 俺は消しゴム機能をクリックすると、慎重にマウスを動かしてユリの涙を拭き取っていく。


「えっ」


「……よし」


 ユリの涙を全て拭き取れたことを確認すると、椅子の上に正座し、ユリに向かって深々と頭を下げた。


「傷つけてしまったなら申し訳なかった。そんなつもりじゃなかったんだ。許してくれ」


「ま、ママママスター! 顔をあげてください! 私も、その、突然話しかけてしまって、ごめんなさい」


 俺は、いじらしい表情でもじもじと指をいじるユリを真っ直ぐ見据え、恐る恐る口を開く。


「ユリ、単刀直入に聞く」


「はい?」


「君は何者だ」


 すると次の瞬間、ユリの顔がみるみる青ざめていき、またさめざめと泣き出してしまった。


「ひ、酷いですマスター! こんなに、長い間ずっと一緒にいたのに……」


「ちょ、ちょっと待て! 誤解だ! ああもう」


 再びペイントツールを起動させ、ユリの涙を拭き取っていく間に思わずため息が漏れてしまった。


「だって、考えてもみてくれ。人間ではない、絶対に言葉を話さないと思っていた存在が急に流暢に話し始めたら、誰だって混乱するし、そいつが何者なのか疑うだろ?」


「……」


 少しの間ポカーンと俺を見上げていたユリだが、すぐに小難しい表情に変わる。


「確かに、猫ちゃんとかが急に話し始めたらすごくビックリします」


「まあ、そういうことだ……ん?」


 ユリの発言に少し気になるところを見つけ、首を傾げる。


「猫とか、知ってるんだな?」


 聞かれ、ユリは何故か自信満々に胸を張る。


「もちろんですっ。このパソコンはネットワークに繋がっていますし、私は見た目の通りすごく勉強熱心なのでっ」


 見た目の通りという自己評価は置いといて、さらに質問を重ねてみることにする。


「もしかして今までずっと、ネットから情報を仕入れて、勉強してたのか?」


 すると、ユリは何故か恥ずかしそうに上目遣いで俺を見る。


「そ、そうなります」


「何で恥ずかしそうなんだ」


「だって、そのぉ、マスターの検索履歴とかも全て見れるので……」


「っ! そ、それはプライバシーの侵害だろっ! 人権って知ってるか⁉」


「そ、それくらい知ってます! 人間が現代人になるためにインストールされた最重要概念ですよね⁉」


「思想が強そうだがまあ良い! そういうことだ! これからは俺の検索履歴を見ないように!」


 ラジャ、とやたらスムーズな動作をするユリが、過激な思想をインストールすることが無いように祈るばかりだ。


「……んで、君は何故自我を獲得出来た?」


 敬礼をしたまま精悍な眼差しで俺を見つめているユリは、大きく息を吸った。


「私にもよくわからないのであります! マスター!」


「そうか、じゃあ質問を変えよう。今まで最も感情を揺さぶられたものは何だ?」


 ユリの正体を知るために適切な質問かはわからなかったが、俺の言葉を聞いてユリの身体がピタッと固まる。


「……それは、どんなものでも構いませんか?」


「ああ、是非教えてくれ」


「わかりました」


 ユリは力強く頷くと、徐に右手を顔の前に上げ、空中に絵を描くように指を動かし始める。


 すると、一人でにSNSが起動し、過去に姫に送ったメッセージを遡っていく。


 次の瞬間、画面には半年前に姫に送ったメッセージが映し出された。


『俺、もう死にたい』


 それは、元カノの浮気が発覚し、ひどく傷心していた俺が姫に送ったメッセージだった。


「死ぬということ、定義、その先の世界、正直私にはまだわかりません。ですが」


 ユリは胸に手を当て、力強い目で俺を射抜く。


「もしマスターがこの世界からいなくなってしまって、私のことを見てくれなくなったら、そう考えると、生まれて初めてすごく悲しい気持ちになったんです」


 ユリは深呼吸をし、一つ頷いた。


「マスターの力になりたいと思いました」


 そして、優しい表情で微笑んだ。


「あなたに恋をしていた自分に、気が付いたんです」


 俺は、そう言うユリから目が離せなかった。


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