第2話
俺、黒部修司(くろべ しゅうじ)は都内のとある大学に通う大学二年生だ。
見た目も地味な普通の学生。唯一人と違うところがあるとすれば、自分のパソコンの壁紙を務めている二次元美少女にガチ恋しているということくらいだろう。
「あれ、今日は一限いるんだ」
声が聞こえて振り返り、俺はげんなりとした表情を隠すことはしない。
「おはようございます。姫」
姫、というのはあだ名ではない。この見るからに大学生活を謳歌していそうなきゃぴきゃぴのギャルの本名だ。
「ねえ、その姫って言うのやめて」
「何で。恋(こい)野(の)姫(ひめ)、良い名前じゃん」
「どこがよ! 下手くそな芸名みたいで最悪なんだけど!」
「おぉ、おぉ、姫様の我儘っぷりには爺やも困ってしまいます」
「あ、あんたねぇ……!」
姫はいつもの調子で俺を罵倒しようと身構える。
が、しかし、俺たちの一連のやり取りは大人しめの人が多いこの講義では悪目立ちしてしまったらしく、皆の視線は主に姫に注がれている。
「ほら」
視線に気付いてあたふたしている姫のために、席を左にずらす。
「あ、ありがと」
「そういや今日は、友達は一緒じゃないんだね」
「えっ」
姫はノートや資料を出す手を一旦止め、俺を見た後に気まずそうに俯いた。
「なんか、合コン行ってたから一限来れないって言ってたんだよね。来た方が良いって言ったんだけど……」
姫はそう言いながらノートを広げるが、几帳面に色分けされているそれはとても遊び呆けている学生のものには見えない。
「姫は行かなかったの?」
「えっ?」
「合コン」
すると、数秒の間の後、姫の顔はみるみる赤く染まっていく。
「な、何で私がそんなのに行かないといけないのよっ」
「え、でも姫モテるでしょ?」
「へっ? そ、そんなわけないでしょ。皆気を遣ってくれてるだけ」
「まあでも、今期の覇権アニメは何かなんて話、陽キャに伝わらないかー」
「あんた、皆がいる前でその話したらぶっ飛ばすわよ」
「はいはい、わかってますとも」
高校から付き合いのある姫は、大学生になって変わった。根暗で、いつも俺とラノベとアニメの話ばかりしていたあの頃から見た目も話し方も一変した。
こいつは自分の求めるものを手に入れるために努力して変わったのだ。
俺も、いい加減変わらないといけないのに。
そんなことを考えながら一日が終わり、電車に乗る姫と駅前で別れることになった。
「んじゃ、また明日」
軽く手を上げ、雑踏の中に紛れようと身構える。
「ねえ、待って」
どこか切羽詰まった姫の声。振り返ると、姫は唇を引き結んで遠慮がちな目を浮かべていた。
「ごめんね。何回も言うけど、あの子との件、修司は悪くないと思う」
「……あのね、俺は」
「忘れた方が良いとか、無責任だし、私にそんなこと言う資格が無いのもわかってる。けど」
「わかってる」
何故かそれ以上聞くのは怖くて遮ってしまった。
「ごめんね、また明日」
「……うん、また明日」
恋愛恐怖症。本当に実在するかもわからないこの病は、確実に俺を苦しめている。
『ごめんね、私、この人のこと好きになっちゃった』
今も思い出す、その言葉。
好きとか愛してるとか、全部嘘だ。
俺は、自分と自分の世界だけ信じる……。
◇ ◇ ◇
「……ター」
「ん?」
「……スター」
「んん?」
「マスター!」
姫のものとは違う、弾けるような少女の声が微かに聞こえて目を覚ます。
「朝ですよ!」
どうやらその声は俺のノートパソコンから聞こえてくるらしい。
やれやれまだ夢の中にいるのかとベッドから起き上がり、椅子に座ってノートパソコンを開く。
次の瞬間、
「マ、マスター!」
画面の中、何故かメイド服を着ているユリはキュッと身体を捻り、ひどく赤面しながら俺に向かってハートマークを作って見せる。
「も、萌え萌えキュ」
パタン。
どうやら俺の悩みは増えていくばかりのようだ。
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