第28話

 早朝に開いているちょうどいいお店は見当たらず、俺は白崎を連れて近くの公園のベンチに腰掛ける。白崎の細く白い腕は細かく震えていて、握っているこちらも不安になってきてしまう。


「あ、ごめん」


「ううん、大丈夫」


 少し長く触りすぎただろうか。しかし白崎の様子を見ると、俺に握られた部分をどこか優し気な表情で擦っていた。


「落ち着いた?」


「うん、ありがとう」


「あの、ごめんね」


「え?」


 俺は太ももに肘を乗せて、さっきの俺の言動を思い返す。


「さっきは、態度が良くなかった」


「……」


「本当にごめん。考え事してて」


「……うん、大丈夫」


 大丈夫なわけがない。さっきまで手が震えていたのに。俺は誰かを傷つけたいわけじゃないのに。


「マスター」


 そのとき、左耳からユリの声が聞こえる。


「ちゃんと謝れて偉いですね」


 ユリは面白がりながら見ていただけのような気がするが……? これは後でお説教だな。


「つくづく、マスターの人生は不思議です」


 ユリは唐突にそんなことを言う。


「最初、マスターは白崎さんのことを愛していたのに」


 そうだね。


「裏切られて、嫌いになって」


 そうだ。


「でも今、人としてまた少し好きになった」


 うん、そうだ。


「そういう風に、変われますよ。きっと」


 何の話だと思っていると、ユリは俺の心情を察したようにくすっと笑った。


「そういう風に気持ちが移ろいでいったように、また誰かを愛せるようになりますよ。マスター」


 ああ、そういうことか。


 うん、きっとそうだと思う。


「だから、変わることを恐れないでください」


「……白崎さん」


「うん」


「俺はやっぱり、君の気持には応えられない」


「……うん」


「でも、その、情けないことだけど、君のことは結構好きなんだ」


 白崎がスッと顔を上げたのが気配でわかった。


「だから、友達からちゃんとやり直そう」


 そして、白崎の目をちゃんと真正面から見つめた。


「それからのことは、その後考えれば良い、と思う」


 白崎はハッと目を開いて、人差し指でそっと涙を拾い上げる。


「どうかな?」


「うん」


 それから気丈に笑ってみせた。


「ありがとう。それが良いと思う」


「そっか、良かった」


「マスター」


「ん?」


 上手く出来たと、誇らしげな気分に浸っていると、ユリの低い声が飛び込んでくる。


「私でもわかります。今の、少し残酷ですよ」


「えぇ? どこが?」


 小声で聞くと、挙句の果てにため息をつかれてしまう。


「どうせ言ってもわかりませんよ」


「え? 何だよどういうこと?」


「まあ一つ確からしいことは」


「おーい二人ともー!」


 そのとき、姫が手を振りながらこちらに近づいてくるのが見えた。


「何してんのー」


「姫、おは」


「姫ちゃーん!」


 立ち上がり、軽く挨拶しようとしたそのとき、白崎が俺よりも早く立ち上がり、素早く姫の元に駆け寄って何やら話をしている。


「一つ確からしいことは、白崎さんのあの闘争心に」


 姫は鋭い目つきに変わり、俺を睨みつけながらズンズンと近づいてくる。


「あんた、要のこと好きなんだって?」


「え?」


「ちょっと詳しく話を聞かせてもらうわよ」


「えぇぇー!」


「火を付けてしまったということですね」


 怒り狂う姫を宥めるのに丸一日かかり、俺は、これからもこの三人と行動を共にすることになるのだった。


〈第二章 完〉

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