第3章「Trans」
第29話
「何してんの?」
夜、いつも通りパソコンを開いた俺は、画面の中で熱心にスマホをいじっているユリに恐る恐る声をかける。
「あ、すみません気付かなくて、スマホをいじってます!」
ドヤ顔でスマホを掲げるユリを見て、無意識に顔が引きつってしまう。
「えっと、どこで手に入れたの?」
「作ってもらいました」
「誰に?」
「皆にです」
「皆?」
「えーと、マスターのパソコンの中で働いてる、私と同じような人たちにです」
この前も同じようなことを聞いた気がするが、俺のパソコンの中は一体どうなっているのだろう? あまり悪さしないと良いが。
「心配しなくても大丈夫です! 皆いわゆる勤勉な方たちなので」
俺の心情を察したらしいユリは誇らしげな顔でそんなことを言う。いや、ユリももう少し職務に集中してもらいたいものだが。
「で、何かアプリとか見てたの?」
「姫さんと白崎さんとメッセージを交換し合っていました!」
「……え?」
「話しかけたらグループなるものを作ってもらいました! これ、意外と楽しいですね」
「……そっか、あまり迷惑かけないようにね」
「はい!」
ビシッと敬礼したユリはスマホに視線を落とすが、すぐに顔を上げてスマホをスカートのポケットにしまう。
白崎の件で一悶着あって数日、俺たちは元の平穏(?)を取り戻していた。
大学に行けば姫と白崎と一緒に行動し、家に帰ればユリと喋る。
もうすっかり慣れた、いつも通りの日常だ。
「マスター」
「ん?」
「会いたいって、残酷な言葉ですね」
そう、いつも通りの日常……。
「はい?」
思わず聞き返してしまうと、ユリは上目遣いで俺をチラチラと見る。
「私、マスターに会いたいです」
「うん」
「でも、私が会いたいと言えば、優しいマスターはきっと、自分も会いたいと言ってくれます」
「う、うん」
「でも、それは現実的には不可能です」
そう言ってユリは空に向かって指を動かす。すると、画面にエラーメッセージが表示される。
『不正な操作があったのでブロックしました。今後、ユリからのアクセスを全てブロックしますか?』
えっ怖っ。
『いいえ』
「今、マスターがはいを押していたら、私はどうなるかわかりません」
えっ怖い怖い。何でそんなことするの。
「それくらい私は、システムに縛られている、脆い存在なんです。皆さんのドラマを見ていて、最近強くそう思いました」
ドラマではないんだけどね。ユリにはそう見えているということなのだろう。
「私、これからどうなるんでしょうか」
ユリと過ごせる時間は、あと約三か月程度かもしれない。
ユリにはまだそのことを言っていないが、ユリは直感でそのことを感じ取っているのかもしれない。
それなら、
「ユリ」
「はい?」
「気分転換に、どこか旅行に行こうか」
それまでユリに色々な景色を見せてあげたい。
「ぜひ! 行きたいです!」
そう言って鼻息を荒くするユリを見て、自分の決断を誇らしく思った。
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