第35話

「店員さーん! 生おかわりー!」


 炭で肉を焼いている匂い、もはや音楽となり果てた人々の話し声が頭の中でこだまして、俺は三センチほど残った生ビールを口に含む。


「な、生一つです」


「ありがとうございまーす。ういー、お前ら飲んでるかー?」


「ういー、五杯目ー」


 姫の雑な振りに、頬がほんのりと赤くなっている白崎がニコニコで応える。


「ユリちゃんも飲んでるかー?」


「ういー! オレンジジュース五杯目でーす!」


 ユリの弾けるような、楽しそうな声を聞いて、俺は無意識に唇をきゅっと噛んでしまう。


「修司はー?」


 グラスに残ったビールで遊びながら一秒二秒、俺の名前が呼ばれたらしいことに気付く。


「えっ?」


「お前、こんなときに何考え事してんのよ?」


「そうだそうだ。しょんぼり顔は似合わないぞー?」


 見るからにヤバそうな姫に比べ、白崎はまだまともそうだ。しかし普段からの悪戯好きに拍車がかかってしまっているようで、から揚げを指で摘まみ上げてそれを俺の口に近づけてくる。


「ちょ、白崎さんっ」


「あ、それダメ」


「え?」


「名字呼び。いい加減やめて」


「仕方ねえだろ? こいつお前のこと嫌いなんだから」


「姫ちゃんお酒入るとまじおじさん臭い。それ、モテない女の子の典型だからね?」


「別に良いもん。中途半端な奴らにモテたくねーし」


「強がっちゃってー。実はそれも照れ隠しなんでしょ?」


 白崎の首をぎりぎりと締め上げる姫を見て、少し笑う。しかし、すぐにスマホの画面に視線を落としてしまった。


 ユリのカミングアウトを聞いて、俺は相当ショックを受けた。


『マスター、私実は知ってるんです』


『私の寿命があと、二か月半しかないかもしれないということを』


 隠せていると思っていた、隠し通すつもりだった。自分の寿命を悟って嬉しい人間がいるだろうか。きっと俺なら、この世に生まれてきたことを恨んでしまう。


 それでもユリはいつも通り、気丈に明るく振舞っている。


 今、どんな顔をしている?


 会いたいよ。ユリ。


「っ!」


 そのとき、俺のスマホの画面に昔のテレビのような砂嵐が流れる。


「修司、スマホ大丈夫?」


「壊れちゃった? 明日私と二人で買いに行く?」


「おいっ!」


「……あ」


 そうして画面に映ったのは、ユリ。


 いつもの制服を着て、控えめな笑みを浮かべているユリだった。


「驚きました? マ……修司さん」


「……」


「ユリちゃん?」


 姫はユリの存在に気付き、前のめりで画面を覗き込む。


「超可愛い」


「えっ! ユリちゃんのお顔お披露目? ……待って、めっちゃ可愛いんですけど」


「えへへ、お披露目しちゃいました」


 一体何を考えているのか、ユリは手をいじりながらチラチラと俺の顔色を伺っている。


「でもなんか、アニメっぽい?」


「あ、えっと、本当のお顔を見せるのはちょっと恥ずかしいので、ちょっと加工してあります」


「加工してるにしてもめっちゃ顔整ってるよ。千年に一人の美少女じゃん」


「いやぁ、ありがとうございます。照れますね」


「でも、何で急に見せてくれたの?」


 姫に聞かれ、ユリは相も変わらず俺のことをチラチラと見ながら口を開く。


「えっと修司さんに元気出してほしくて」


「……ユリ」


 心遣いはありがたい。少し安心したし、元気も出た。でも、やっぱり心に蓋をする重りは取れない。それも無理してるんじゃないかと思ってしまう。


「もっ」


「?」


「萌え萌え」


「!」


 まさか、ユリっ、やめろっ。


「萌え萌え、キュンッ! ですっ」


 いつもより大袈裟なポーズを取り、潤んだ瞳のユリと目が合って、俺は羞恥のあまり頭を抱えた。

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