第24話

「落ち着いた?」


 満身創痍の白崎を支えながら俺たちは空き教室に駆け込んだ。


 温かいミルクティーを買ってあげてしばらくは無言の時間が続いたが、徐々に顔色が良くなってきているようだった。


「ありがとう。良くなってきた」


「それは良かった。今日はもう帰って休んだ方が良い。俺も付いていくから」


「うん」


「ちょっと待って。その前に」


 そのとき沈黙を貫いていた姫が唐突に立ち上がり、白崎の席の前に座る。


 ぎょっとしたのは白崎も同じようで、目を皿のようにしている。


 一方の姫はどこかバツの悪そうな顔をして、白崎の顔をチラチラと見ては小さくため息をついている。


「姫?」


「ああごめん、すぐ言うから……あの、要さ」


「うん」


「今まで、辛く当たっちゃってごめん」


「……ううん、私が悪いから」


「私、あんな事情があったって知らなくて」


 岩島と白崎の一連のやり取りの中には看過出来ない言葉が混ざっていた。さらには白崎のあの怯えきった態度。相当我慢しながら付き合っていたことがわかる。


「私からも、謝らせてください。白崎さん」


 そう言ったのはユリだ。


 ユリと初対面の白崎は目を白黒させている。


「誰?」


「修司の地元の友達の妹さん。三人で話してたらあんなことになっちゃって」


「白崎さんと岩島のことも、知ってる」


「……そっか」


「私、白崎さんは悪の人だと思っていました」


 ユリの言っている意味がよくわからず、俺たちは揃って一瞬思考が停止してしまう。


「あっ、その、悪の人というのは、映画やドラマとかによく出てくる、良い人たちに危害を加える人のことです。私は心の中でそう呼んでいて、白崎さんもそうなのだと思っていました。正直、今も少し思ってます。ごめんなさい。けど」


 スマホからユリの呼吸音は聞こえない。きっと呼吸が浅くなってしまうほど真剣に言葉を選んでいるのだろう。


「嫌いを取り下げても、良い、と思っています」


「は?」


「うんうん、その感情わかる」


 どうやらわかっていないのは俺だけらしく、姫は腕を組んでうんうんと頷いている。


「許してあげても良い、じゃないんだよね。やっぱりやったことは消えないし、まだ整理もつけられない」


「そうなんです。よくわからない感情です……複雑。あっ! もしかして複雑がピッタリかもしれませんよマスター!」


「ちょ俺に言われてもよくわかんないから。あとちゃんと名前で呼んで」


「あっ、すみませんマスター……修司さん」


「……」


「面白い子だね。ユリちゃん」


 白崎がそう言って笑うと、ユリは「む~」と謎の呻き声を出す。


「もっと面白くなりますよ~」


「何それ。もしかして反抗してる?」


「ユリちゃん、修司のこと大好きだもんね」


「お二人とも、ライバルですっ」


「はいはい、わかったわかった」


 ユリの独特なキャラクターは白崎の心をほぐすのに一役買ったようだ。もう随分顔色が良くなっている。


「私、そろそろ帰るね」


「うん、俺も付いて」


「ううん、一人で大丈夫。これ以上、迷惑かけたくないから」


 それは本心なのか。判断する手段は無いが、一人になりたいだけかもしれない。


「わかった。気を付けて」


「うん、ありがとう。それじゃ」


「白崎さん、気を付けて帰ってください」


「ま、ゆっくり休めば?」


「……皆、また明日」


 白崎が空き教室から出て行き、どこか気を遣っているような、ギクシャクした空気がほぐれていく。


 しかしそれは俺たちが仲良くなるために必要なことで、徐々に慣れてくると思いたい。


『安心しな。俺は芯の強い女が好きだからよ』


 最後に岩島が放った捨て台詞。


「あー、疲れたー。アイス食べたーい」


 どうか杞憂に終わってほしいと願った。

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