第25話
波乱の一日を終え、俺は一人で帰路に着いていた。
「今日はお疲れ様でした」
右耳に付けたイヤホンからユリの声が聞こえてきて、俺は思わずため息をついてしまう。
「ありがとう。ユリも頑張ってたね」
「そう、ですか? 私はあまり何もしていない気が」
「最後とか、白崎さんのためにわざとふざけてたでしょ? ああいうのって地味に大事だと思う」
「え? そんなつもりは……あれ? 私何かマズいことやっちゃいました?」
「……いや、自覚無いなら良いんだ」
言わなくても良いこともある。伝わらなくてもわかっていればそれで良い。
「人間って、つくづく不思議ですね」
「ん?」
「表と裏と、本音と建前と、皆が皆素直じゃいられないんですね」
「そうだね。複雑、だよね」
「でも、素直になれば今日みたいに、優しい人たちが必ず味方してくれます」
ユリのその言葉には何だか感情がこもっているような気がした。
「そうとも限らないよ」
だから、俺の言葉も少し語気が強くなってしまった。
「素直になって素を出した結果、相手の期待を裏切ってしまうこともある」
「マスターは誰かの期待に応えないといけませんか?」
立ち止まる。赤信号だからだ。
「そんな風にせかせかしているマスター、見たくありません」
「そうだね」
俺もそう思う。
「あっ、青みたいですよ」
「うん」
重い足を一歩、また一歩と前に運ぶ。
「こんな風に、マスターが気付かないようなこと、これからも私が傍にいて教えてあげますからね」
「ありがとう」
「何でも相談してくださいね」
「……今日、あの二人を見ていて」
白崎と岩島のやり取り、それはまるでドラマのワンシーンのようで、このやり取りはどんな結末を迎えるんだろうとか思っちゃったりして、要するに、
「現実感が無かった」
「現実感」
「ああ俺は、こうはなれないなって」
灰色の日々をカラフルに塗り替えるためにも、いい加減変わらないといけないのに。
「マスターはそういう、大抵のことを他人事に考える癖を直さないとダメだと思います」
「……そのままで良いって、言わないんだね」
そう言うとユリはクスクスと笑った。
「だって、マスターには私を好きになってもらわないと困るので」
「結局それか」
「結局それです。家に帰ったら、新しいコスチュームを着て待ってます!」
「毎回どこから引っ張ってくるんだそれ」
「イラスト投稿サイトとか、現実にあるものを適当にトレースしたりしています! すごいでしょ」
「すごい」
「すごいでしょ」
「はいはい、すごいすごい」
「へへん、私すごいんです」
まるで子供みたいに純粋なユリと話していると心が落ち着いて、ここが俺の居場所なんだと思える。
「あっ」
もしかして、好きって安心感から生まれるのかもしれない。
「どうしました?」
「何でも……そういえば、卵買って帰らなきゃ」
「切らしてましたもんね! 家の近くのスーパーでタイムセールやってないか調べます!」
「任せた。ユリ隊員」
「りょ!」
随分フランクに返事をしたユリ隊員に仕事を任せ、俺はのんびりと歩いていく。
ユリには他にどんな服が似合うかなぁなどと考えていた俺は、
翌日以降俺の隣がいつもの数倍騒々しくなることをまだ知らなかった。
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