第32話 石川和哉

 「今から言うこと、信じてもらえないと思うけど、とりあえず、最後まで聞いてくれないか。

そのあとで たっぷり文句を聞くから」


そう言うと、石川さんはポツリポツリと話し始めた。


「一獲千金ってさ、俺としては、随分と努力もしたし。

コツコツと鉱山掘り進めて、やっとのことで鉱脈見つけ出してさ。

金も地位も手に入りそう!って感じだった。

その鉱脈の彼女と婚約して、彼女が結婚前、家族で過ごす最後の年末年始だからって、海外へ家族で旅行に行ってくるって。

いってらっしゃいって送り出して、俺も独身最後の年末年始だ、さぁ!パーっと羽をのばすぞ!!って思った。

って言っても、あの年の年末は、それまでで1番ってくらい怒涛の忙しさで、だいぶ俺もグッタリしてたよ。

で、なんとか片づいて仕事納めの飲み会に行って。

全くそれまで、風見の存在を意識したこともなかった。

あの時、ほんとたまたま、店の外に出たら、風見が壁にもたれて座り込んでてさ。

声かけて、タクシーで送ってやろうと思ったけど、家もわからなかったし、聞いても答えないし、で、ホテルに入った。

その日は、何もしなかった。

ここでやっちゃったら面白くないじゃん!って思って。

彼女が旅行から戻るまでの間、遊ぶのは、この子でいいか!って、ほんと軽くそう思った。

真面目なタイプのこの子を攻略するには、さぁ どうしたらいいかなって戦略を練った。

短期決戦、8日でおとした。

俺は満足だった。

あぁ!面白かった!って感じだった。

彼女も旅行から帰ってくるし、風見とは何事もなかったかのように、フェードアウトしてこう!って思ってた。

仕事始めから数日の間、会社で仕事をしていて、風見と話すことはなかった。

風見も、自分の仕事を今まで通りにこなしていて、俺に近づいてきたり、目を合わせようともしてこない。

えっ?なに?無かったことにしようとしてるの?って。

自分から、フェードアウトしようとしてたのに、逆にフェードアウトされそうな感じにたまらなくなって、メールした。

今夜行ってもいい?って。

それからは、ほんと頻繁に花菜んちへ行った。

彼女にバレないように細心の注意をはらいながらね。

彼女は、いわゆるセレブで、自分で料理なんてしない人で。

外食するか、ケータリングか、料理人に作らせるかって感じだけど、花菜は、一人暮らしで自炊していて、家庭的な料理を作ってくれた。

得意料理なんて言えるもの、何もないんだって、そう言って。

名前のない料理って言っていたけど、冷蔵庫にある物で作った鍋とか、ある物で作った煮物とか、そんななんでもないような料理がすごく美味しくて。

食べ終わって、食器を片付けたり、洗い物を手伝うだけでも、ありがとう!って言ってくれて……

あぁ、この子と一緒にいると、なんて心が穏やかになるんだろって。

高級な物を食べなくたって、一緒に食べて美味しい!って笑っていられる。

花が好きだって言うから、花を買って行くとすごく喜んで。

たった、2、3千円の花なのに。

学生時代、仕送り少なくて、バイトもしてたけど、ボランティア活動とかもやってたから、お金あんまりなくて、パンを買おうか、お花を買おうかって真剣に悩んだって。

長野は、農家さんが育てた花とか安く買えたりするんだけど、東京の花はとにかく高くてって、笑って。

俺がレンタルしてきた映画を観て、一緒に笑ったり、泣いたり、感動したり……

……俺が、ずっと手に入れたかった、金や地位や名誉、そんなものどうでもいいって思えた。

婚約者がいながらの、二股の付き合い。

もう 無理だと思った。

彼女との婚約は、破談にしよう。

会社は、辞めさせられたっていい。

どこでだって、俺は働ける。

花菜と、結婚したい。

そう思った。

ちょうど、そのタイミングで、上海赴任の内示が出た。

同時に、彼女に妊娠したと告げられた。

式を挙げるのは、上海で落ち着いてからということにして、入籍だけすぐにしてくれと彼女の親にも言われた。

俺は、言われた通りにした。

籍を入れ、上海に赴任することにした。

花菜にすべてを打ち明けて、おまえと離れたくないし、つきあいを続けたいから、俺の愛人として、上海に一緒に行って欲しい。

なんの苦労もさせない。

贅沢な暮らしをさせてあげる。

って、……そう……言いたかった。

でも、言わなかった。

そんな生活を花菜が望んでいるわけないのが、

わかってたから。

何も告げず、花菜の前からいなくなることにした。

最低な男だった!!サギ師!!死ね!!

そう思ってくれればいい。

……俺は……上海に行ってから、がむしゃらに働いたよ。

花菜のことを忘れたかったし。

お陰で、超 出世しちゃって。

まぁ いろんな忖度もされてんだろうけど。

永瀬さんとこの高野部長と俺、同格!!35でだよ。

こんな若くてこの地位。

願った通りの生活。

だけど俺、花菜に会いたくて会いたくて、なんか理由つけて日本に帰りたいって、ずっと思ってた。

でも俺のことなんか忘れて、別の男と幸せにしてるかもしれない花菜には会いたくないな、とか。

もし別の男と付き合ってんなら、それ、ぶち壊したいなとか。

マジで、性格クソだなって思うけど、そんな風に思ってた。

会いたいけど、実際会ったら どうなってしまうのか、自分自身わからなかった。

だから、日本に戻らない方が、会わない方がいいんだろうなって、ずっとそう思ってたよ。

で、去年、花菜が亡くなったのを知った。

生きてる花菜の前では、ウソを並べてかっこつけたり、言い訳したかもだけど、亡くなった花菜の前では、そんなウソは通用しないと思うから。

ただ素直に愛してたって伝えられると思うから。

亡くなった花菜なら、俺の心の中まで全部お見通しで、わかってくれると思うから。

だから……

だから、君に信じてもらえなくても、とにかく

俺は、花菜のこと……

大好きだったんだ……

別れてからも、ずっと愛してた……」

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