あかね色に染まる頃

彼方希弓

第1話 最期のことば

 わすれられない ひとが いるの……


目を閉じたまま、途切れ途切れに彼女は言った。


……きもち つたえたかった……


それが、彼女の最期のことばだった。

 



 

 3ヶ月後


「諒くん、退院おめでとう」


「……あざっす……

でも、ちっとも嬉しくないんだ……

オレ、これから どうやって生きていったらいいのか わからない……」


「でも、諒くんが元気に生きてくれなきゃ、花菜ちゃん うかばれないんじゃない?」


「なんでオレだけ助かったんだ!!

なんで……なんで花菜だけ……

花菜と一緒に、オレも死にたかった……」


そう言うと諒くんは泣き崩れた。

慰める言葉は見つからなかった……



 

 3ヶ月前のあの日  正午


 駅前のロータリーの真ん中にある噴水広場には、大勢の人たちがいた。


晴れ渡る盛夏の昼。

噴水の水しぶきがキラキラと輝き、穏やかな時間が流れていた。


そこへけたたましいクラクションの音とともに、1台のRV車が花壇を乗り越え、花々を踏み潰して噴水広場へ突っ込んできた。


穏やかに流れていた時間は、悲鳴とともに止まった。



「今、入ってきたニュースです。

先ほど、正午ごろ○○駅前の広場で車の事故があり、数名の死傷者が出ているもようです。

詳しいことがわかり次第お伝えします」


「ね~茜~? 今 ○○駅前って言ってなかった~?」

キッチンでそうめんを茹でながら母が言った。


「えっ、わかんな~い。全然聞いてなかった~」


私は、リビングのソファに横になって、スマホをいじっていた。

つけっぱなしのテレビは、お昼のニュースの番組のようだった。

キッチンまで聞こえるくらい大きな音だったけど、スマホに夢中だった私の耳には全く入ってこなかった。

そういえば、外で救急車のサイレンが響いている。


その後のニュースの続報で、何人かの名前が流れて、その中に彼女の名前があった。


私は、取るものも取らずに家を飛び出した。

 


病院に着いて、風見花菜さんの同僚の者です、と告げた。

風見さんは、ひとり暮らしだということ、実家は長野なので、すぐにご両親がかけつけることは難しいと言うことを伝えて、花菜ちゃんに会わせて下さい!とお願いした。


こちらへどうぞと、病室に案内してくれた。

花菜ちゃんは、昏睡状態だということだった。

呼びかけて下さいと言われて、花菜ちゃんの手を握って、花菜ちゃん!!と何度も呼びかけた。



その30分後くらい

目は閉じたままだったけど、握った手の指がピクっとした。


「花菜ちゃん!花菜ちゃん!」


「……すれ……ない……」


「えっ?なに?花菜ちゃん!」


「……わすれ られない ひとが いるの……」


「えっ?なんて?」


「……きもち つたえ たかった……」



彼女は静かに息をひきとった。


最期のことばを残して。







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