第25話 酒井俊平
酒井さんにコンタクトをとり、酒井さんがコーチをしている大学へ2人で会いに行くことにした。
指定された場所で待っていると、颯爽と走り寄ってきた。
「こんにちは!!酒井です!!」
と、爽やかな笑顔の人だった。
酒井さんは、背が高く痩せていた。
日焼けした身体は、キリリと引き締まっていて、見るからにアスリートという感じだった。
私達は簡単に自己紹介をして、美鈴さんが続けて、
「長野○○中学校の同窓生で、風見花菜さんを覚えていますか?」
と聞いた。
酒井さんは、唐突な質問に面食らったような顔をしたが、すぐに穏やかな表情に戻った。
「えぇ 隣のクラスでした。
美術部の風見さんですね?覚えています」
「亡くなったのは、ご存知ですか?」
「えっ!!亡くなった?いつ?」
酒井さんは、前のめりになって、美鈴さんに聞いた。
「1年前に、車の事故で。
先週、一周忌法要でした」
と、美鈴さんが言った。
「そうでしたか……」
酒井さんは、俯き目を閉じた。
「……会いたかったな……」
やっと聞き取れるくらいの声でそう言うと、ゆっくりと天を仰ぎ見て、じっと何か考えているようだった。
そして、こちらに視線を向けると、話し始めた。
「風見さんとは、中学の時、2回話をしただけです」
「えっ?2回?」
「はい。しっかりと覚えています。
風見さん、いつも外で絵を描いていました。
その日の部活、私は思うようなタイムも出せないし、完全にへばっていて、倒れ込んで地面に大の字でいたんです。
そしたら、風見さん上から覗き込んで、笑いながら、楽しそうだね!って言ったんです」
「えっ?楽しそう?」
「そうです!
楽しそうだねって言われて、笑っちゃって!
うん!楽しいよ!!って答えて」
半笑いしながら、酒井さんは涙を拭った。
「私は、走ることが大好きで、でも、実際あの時はキツくて、どこが楽しそうなんだよってくらい、マジでヤバい顔してたと思うんだけど、楽しそうって言われて、私のことをわかってくれてるんだって思いました。
表面じゃなくて、私が陸上を好きなことをわかってて、応援してくれてるんだって、嬉しくなりました。
その瞬間に私は、風見さんを好きになりました。
もう1回は、私から話しかけました。
走ればいいのにって、風見さんに言ったんですよ。
走っちゃいけないのは知ってたんですけど、走りたいんだろうなって気がしてて。
そしたら、風見さん、すっごい にっこり笑って、走れるようになったら、絶対走るよ!って言った。
後にも先にも、この2回だけです。
だけど、あぁ、こんなこと言うと、自意識過剰なヤツだと思われそうですが、私は、風見さんと両思いだと思っていました」
「えっ?両思い?」
私はびっくりして、大きな声で聞いた。
「どうして、そう思っていたんですか?」
美鈴さんが静かに聞いた。
「あぁ……なんて言ったらいいのかな……
言葉は、いらないって言うか、気持ちがつながっていると思っていました」
「告白とかはしなかったということですか?」
「あっ、はい。
お互いに気持ちがつながっていれば、告白するとか、付き合うとか、そんなことは必要なかった。
両思いなんだって、思うだけで、頑張れた。
私一人がそう思っているんじゃなくて、風見さんもそう思っているって。
なんだか、そんな風に思っていました。
いやっ!今 話してて、ちょっと、いや だいぶ危険な人みたいですね!ははは!
でも、あなた方が私を訪ねてきてくれたことで、今更ながら確信しましたよ。
私は、風見さんにとって、ただの同窓生なんかではなかったのだと」
大学のグランドを出て、キャンパスを無言で歩き、駅へ向かった。
「伝えなかったね……」
「うん?」
「花菜ちゃんの最期の言葉」
「だって、伝えなくても、伝わってたじゃん。
ちゃんと気持ち伝わってたじゃん!」
「うん……
なんか、不思議な感じ。
私達は、ただ花菜ちゃんが亡くなったことを伝えただけ。
酒井さんが、花菜ちゃんの初恋の人かどうかもわからないで、私達ここへ来たけど。
酒井さんで正解だったんだよね?」
「正解、か……そうだと思う……
だけど……なんだろう……スッキリしないね。
花菜が伝えられなかった心残りを相手に伝えて、そうだったんですか!!ってなるのかなって思ってた」
「うん……
なんか、酒井さん言ってたことも、私にはよく理解できなかった……
お互いに好きだと思ってたけど、告白するわけでもなく、付き合うわけでもなく、高校別々になって。
でも、花菜ちゃんだって、陸上部だったら、どこかの大会とかで酒井さんに会って話すチャンスもあっただろうに」
「誰もそうだけど、今日死ぬなんて思って生きてないじゃん。
酒井さんを捜して、中学の頃の想いを、今すぐ伝えなきゃ!なんてひっ迫した感じではなかったんだろうね」
「諒くんと付き合ってたのに、酒井さんのことをずっと思ってたってことなのかな?」
「それは、」
美鈴さんが言いかけたところで、電車がきた。
「茜ちゃん!また電話するね!!
バイバイ!!」
美鈴さんは、そう言うと、小走りにホームへ向かった。
「うん!バイバイ」
ひとりごとの様に、私は言った。
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