37.新ギルドハウス

魔王城から飛び出した私は、まずコルトと会った。コルトは相変わらずの装備で、普段着は無いのかっていう程戦闘用の服ばかりを着ていた。しかしあの時、前魔王に貰ったマントはつけておらず、私が初めて彼に会ったときに来ていた服を着ていた。周りの人達が全て騎士だから、そこまで違和感は無いが街中だとどうしても浮いてしまう。今度また服でもプレゼントしてやろうかな...


「じゃあ、贈り物を見に行くか」


見に行くような贈り物なら、きっと美術品かなにかなのかなと思って、私は少し落胆してしまった。コルトの後ろを歩き、私達は何故かギルドハウス前に行っていた。何故か一緒について着ていたフェーちゃんも不思議な顔をして、周囲をキョロキョロと見回ってその贈り物とやらを探した。


しかし贈り物らしき贈り物は見つからず、私達はコルトに一体どこにどんな贈り物があるのかを聞いた。するとコルトは私達に手招きをしてギルドハウスの裏に回った。そこには大きめの石版がしかれており、コルトがそこに乗ったので私達もそこに乗ることにした。


私達二人が石版の上に乗ったことを確認すると、コルトは微かな笑みを浮かべて言った。


「転移開始」


すると、石版から輝く魔方陣が出てきて、私の足元からスキャナーのように上がってきた。通り過ぎた所はもう別の空気になっていたので、どこかに転移することは分かった。


そして、頭部が魔法陣を通り、先程とは違う景色に私は転移したことを確信した。目の前は建物の壁だったが、後ろを振り向くと懐かしい光景が広がっていた。以前、私がコルトにこんな所にギルドハウスが欲しいと呟いた場所だ。私とフェーちゃんがその光景に見とれていると、コルトは微笑んで言った。


「ようこそ、新ギルドハウスへ」


私は感動のあまり言葉が出なかった。緑の草木が外あるか、無いかだけでこれ程違うものになるとは、思っても見なかった。私は彼に向き直ってお礼を言おうとしたが、彼は私の前で手を振って止めろと言った。それからその理由を聞くと、コルトはこう言った。


「お前のお陰でこのギルドハウスが建てられたんだ。だから、お礼を言うのは俺からなんだ。ありがとうな、歩。これでやっと、やっと...」


「やっと?」


コルトがとても深刻そうな顔で物を言うのを溜めている。きっと重要なことに違いないのだが、何だ、違和感。まあいい。これでいいはずだ。きっととても重要なことなんだろう。


「洗濯物に砂が付かなくなるッ!」


ほう、それはたしかに重要なことだ。やはり溜めて言うには十分な理由だっt...


「そんなこと?」


あ、言いやがったな、フェーちゃん。私達のギルドで洗濯物がどれだけ大変なのかわからないのだろう。ったく、これだから最近の金持ちは、貧乏人のことを一切分かろうとしていない。完全にマリーアントワネットだな。


「雨の日は部屋干しになるがそうすると腐りかけの気のような匂いがつく。かと言って晴れている日に外干しすると、少し風が吹いて砂が舞うと、衣服に砂が大量に付着しくしゃみが止まらなくなって、歩が一人でろくにクエストもこなせない。分かるか?この新居なら、広いし新しいから部屋干ししても問題ないし、周囲から砂がつくことも無くなる。分かったか?」


コルトが洗濯への熱弁を披露したことでフェーちゃんは少し引いていたが、やがて私にとある事を聞いてきた。


「あのキグルミの子はニートだとして、女のあなたは家事はしないの?女なら家事は普通すべてやるものじゃない?私は十騎士だからメイドたちに任せているけど、あなたの所は先生が十騎士なのに、もっとも男性なのに家事をするの?それっておかしくないの?」


うわっ、このまま行ったらジェンダーバイアスがエグいことになるぞ。っていうかエリーのことはニートで完結してるんだ。こんなときはあの最強の言葉を使うしか無い...!


「それって貴女の感想ですよね?」


とある髭男の格言、これは道理がなくても相手が自分の発現を一瞬自分がやらかしたかもって思う魔法の言葉だ。フェーちゃんはこれで...全く動じてない。


「いや、感想じゃなくて、常識でしょ?力のある男は働き、比較的非力な女は家事をする。これが世の道理。あ、もしかして地球ではもっと違う考え方が流行ってるの?それならどんな考え方で、道理はあるの?」


私が少し返答に困っていると、遠くから土煙を上げて突進してくる何かがいた。あのステンレス鎧。コハルだ。あ、そうか。連れて帰るの忘れてたね、私。


「歩殿をいじめるな。この...この、この...なんだ...?この、あ!妖怪つるぺったんめ!」


全力疾走してきて酸欠気味コハルに、もう考える脳みそは残っておらず、とんでもない悪口を口走った。フェーちゃんは一瞬で顔が陰り、そして剣に手をかけた。コハルも剣に手をかけ、二人は一触触発の状態に陥った。これはまずいと思い、急いで二人の間に入り、両者の前に手を出して言った。


「お手!」


すると二人は、剣を収めて、礼儀正しく綺麗なお手をした。それを見たコルトは猛烈な勢いで吹き出した。二人は彼が笑う理由に一瞬キョトンとしていたが、すぐにその意味を理解し、その手を引っ込めて、そっぽを向いた。そして、フェーちゃんはすぐに、石版の上に乗って飛ぶように帰って行った。コハルは恥ずかしさのあまり、地面を穿り出した。これは暫く両者共に再起不能だな。


「じゃあ、コルト君。このギルドハウスの中を詳しく見せてよ」


「あ、ああ。分かった」


そして私はコルトにまるで住宅の内見をしているかのような雰囲気でギルドハウス内外の紹介をしてもらった。以下は、その概要になる。所々は地球にあるもので例えている。


まず外装だ。外装は東京駅の白バージョンみたいな感じで、横に長く、正面の庭は、綺麗に手入れされていた。ちょうど端っこの方では庭の手入れをしている人間の女性たちがいた。彼女たちは王国で私の演説を聞き、ぜひ私のもとで働かせてほしいと志願してきた者の中でより優秀なものを選別した人間を選んで配置しているらしい。だから、掃除や選択の必要もなくなったというわけだ。長らく貧乏生活をしてきたコルトはまだそのことには一切気づいていないようだが、しばらくすれば気づくだろう。


そしてエントランスだ。中央の大きな扉をくぐると、中央にはに階へと続く大きな階段があり、それはまさに内閣が記念写真を撮るような階段だった。まず二階と三階は置いておいて、一階の解説からだ。


向かって左側にあるのは、浴場、洗濯場所、トイレなどの、基本的には水回り一式が配備されている。浴場は広く、フェーちゃんの家のような浴場で、何人もの人が一緒に入れるような超広いものだった。そして洗濯場所では、ここに務めるメイドさんとまだ紹介はしていないがシェフや掃除係などの係員さん達の服を洗濯しなければならないので、膨大な量の魔力稼働式洗濯機があって、その様子はコインランドリーさながらだった。まあトイレは言わずもがな、水洗式トイレで、水魔術の施されたウォシュレットまであるらしい。


そして今度は右側だ。右側には基本的にこの家で働く人達の部屋があり、中は何故かエアコンのような冷暖房器具とトイレ、小さめのお風呂というビジネスホテルのような内装だったが、他のものとは決定的に違うものがあった。それは、ふかふかのベッドだ。まるで宙に浮いているかのような寝心地のベッドは私にとっては不審なものでしか無かったが、コルトの雇った設計者は満足していたそうだ。


右側の突き当りには職員会議室があり、基本的に働く人達はここで仕事の分担や報告などを適宜行い、仕事を進めているそうだ。まあこのへんは私達にはあまり関係のないものだ。


今度はお待ちかねの二階!二階に上がると、少し高いところからの庭が見える。きれいな形をしていたので、よく計算されているのが分かる。二階の廊下はガラス張りの壁が多く、電気を付けずとも昼間ならとても明るい太陽の光が差し込んでいた。


そんでもって今度は二階の左側廊下にある部屋達だ。これらは私達の部屋と、訓練場が完備されていた。床をぶち抜く危険性は限りなく少なくしたそうだ。ん?なぜ一階にしなかっただって?それは、私達がもしも訓練場を破壊したら家全体が歪んでしまうからなのさ!実のところこの訓練場は少し他の部屋とは材質が違うため、壊れても一階がぶち抜かれるだけで住むそうだ。まあそれもそれでどうかと思うのだが...


お次は私達の部屋紹介のコーナー!


まず、コルトの部屋から。コルトの部屋は落ち着いた青色を基調に使われていて、床は全体的にふわふわしており、いいホテルのような手触りだった。四十畳ほどもある広いスペースには、ベッドとタンスと机と椅子のセット、それから武器置き用の棚しか無かった。コルト曰くこれから何とかするらしいが、多分何もしないだろう。


続いて私の部屋だ。和屋市の部屋はコルトの部屋よりも明るい色が多めで、床はふわふわ。彼の部屋と同じくらいかそれより広いかもしれない程のスペースには、ベッド、タンス、武器置き用の棚、テーブル、椅子という標準装備の他に、L字型キッチンが付いており、底の部分だけ、床はつるつるしていた。


キッチン内部は思ったよりも広く、多分三人くらいは入れるであろうスペースがあった。食器棚も大きく、収納スペースも豊富だった。これは物を無くしそうな予感がする。


最後にエリーの部屋だ。彼女の部屋はぬいぐるみ一色だ。以上。


そして次は訓練場。ここには最上級の防御魔法、結界魔法、回復魔法、修復魔法がかけられていた。まあこれだけやればそうそう壊れるよなことはないだろう。ちなみにコルト曰く核爆弾で壊れるかどうからしい。


場所は変わって右側廊下。ここは空き部屋だけで、まだ家具も置かれていない部屋がずらりと並んでいる。ギルドに新規に入る人がいるかもしれないということで設けられた部屋なのだろう。五つの部屋しかなかったが、これは将来的にギルドメンバーが五人増えるということなのだろうか...?


そんでもって最後は三階。


一階の入口から見て左側は全て物置!以上。まだ何もないけど、今後はごチャギチャするかも?


そして右側は会議室、執務室、来賓室、食事会場、デカすぎキッチンなど、一般的な異世界屋敷の設備が整っていた。


会議室は円卓になっており、数十人は座れる大きなものだった。そして誰のものになっているのかいまいちわからない執務室。中央には窓を背に、米国大統領が使ってそうな机と椅子とペンが置いてあり、両壁には棚がずらりと並んでいた。こんなの一体誰が使うんだと二人で話していたが、きっと今後誰か財政担当者が入ってきてくれるに違いない。そんな事を言い合った。


食事会場は思っていたよりも狭く、レストランのような感じだった。シェフも庶民から選出された感じの人で、フェーちゃんの家のような豪勢なものではなかった。まあ私はこっちのほうが安心できてありがたいのである。


キッチンは食事会場よりも広く、一体何人はいるんだっていうくらい広く、清潔感満載だった。掃除しやすいように広くしたのか、ただスペースが余ったから広くしたのかは分からないが、まあ使い勝手は悪くなさそうだ。


以上がこの家のざっくりとした概要だが、戦争が終わって私の知名度が爆上がりしたのはどうやら王国側だけで、魔王連邦ではそんなに有名にはなっていないようだ。つまり、ギルドの印象は、あまり上がらずってわけで人も入ってこない。


コルトは広く使えて良いと言っていたが、私としてはもうちょっと活気があってもいいんじゃないかと思っている。そんな話をしていると、新ギルドハウスのインターホンが鳴った。


誰が来たのかと駆けつけてみると、オシャンティーナとアルタイルがいた。オシャンティーナはコルトを見るなり言った。


「今から見に行きましょうか。ここからものの十分程で到着しますから」


たしかに山脈に近い場所に立っているが、この前言った所は山脈の上の方だったぞ?こんな麓からどうやってあそこまでいくんだ?私がそんな事を考えていると、コルトが言った。


「入口はたくさんあるからな。ある意味、お前がここにギルドハウスが欲しいって言ったのを採用したのも、これが理由の内の一つだったりするけどな」


そう言ってコルトは彼らとともに出発した。私は急いで拗ねているコハルを引きずって後を追った。

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