11.魔王と十騎士副団長

「え?魔王?」


意味がわからなかった。魔王城からは相当離れているはずなのに、音もなくギルドの前にまでやって来ている。裏に何も隠されていない、綺麗なニッコニコの笑顔で。


「魔王様が自ら出向くとはそれほど重要な案件なんだな。どんなクエストを持ってきた?」


どうやらコルトの口ぶりから察するに、そんなに怒っているわけではないのか?


「察しが良いのお。コルト。やはり貴様は昔から変わらぬ」


あ、おばあちゃん口調なんだ。ロリババアだな。


「そういう魔王様はお父上の件から、ずいぶんとお変わりになられたようで」


彼のその言葉に、魔王は急に真顔になって、無詠唱で魔法を連射した。さすがは、魔王と言うだけあって私には決して当たらないような正確な魔法だった。暫くの間土煙で周囲が一寸先も見えない状況で、コルトの安全を確認することも出来なかった。


「もういいだろう」


コルトの声が聞こえたと思った瞬間、土煙が晴れた。そこは先程私達がいた場所とは違い、私が最初にこの世界に来たときの景色、つまり召喚された時の部屋に似たデザインの部屋にいた。つまり魔王城内部だ。多分転移魔法の一種か何かだろう。


そして、そこは大理石の床に長く赤い絨毯が敷かれ大広間の終着点には、玉座と思しき椅子があり、その椅子の大きさにはとても合わない小さな魔王が座っていた。


「手短に要件を言ってもらいましょう」


コルトがやや高圧的な態度で魔王に接している。こんな騎士がいてもいいのか?と思いつつ、魔王の返答を待った。魔王はやれやれと行った様子で大きくため息を付いて行った。


「今回は王国への潜入じゃ。貴様とそこの召喚者、貴様らだけで行ってこい。以上じゃ」


コルトが何も言わずに帰ろうとしたとき、玉座と反対の壁に設置された大きな扉を開けて、誰かが入ってきた。女の...竜人か?角と尻尾生えてるし、明らかに目が人間の目じゃない。でも、見てわかる。強い。私が百人がかりで切りかかっても、相手にならない。そんな覇気がある。


もしかして、この人も十騎士なのか?


そう思っていると、彼女は私の前までずいずいと近寄ってきて、私の顎を持って顔を引き寄せ、何故か顔を観察しだした。暫くじっと見て悩んだ様子を見せた後に、彼女は衝撃の一言を発した。


「お前、日本人か?」


「へ...?」


衝撃だった。もしかしたらこの人も召喚者?いやでも竜だから違うか。それじゃあ何だ?日本が大好きな異世界人か何かか?


「ノブナガと言うんだ。十騎士副団長だが、魔力抜きならこいつが今のところ世界最強だな」


コルトが簡単に紹介を済ませると、彼女は私の顎を掴んだまま言った。


「そう、俺は尾張の大名、織田信長だ。小娘、貴様の名はなんというか!」


大声とその圧倒的なカリスマ性というか、圧倒的強者の覇気という物かに押されて、私も大声で自己紹介をした。


「私は大阪の女子高生、神木歩と言います!」


すると彼女(?)は私の顎ではなく腕を掴んで、


「コルト、ちとこの小娘を借りるぞ」


と言って。コルトが返事をする前に私はノブナガに連れて行かれた。




              ◆◇◆◇◆◇




暫く魔王城の中をさまよい、ノブナガはとある大広間を開けた。中には見るからに剣士の体つきをした様々な種族の男女それぞれ五十名ほどがいた。そして知ってる匂い。これは、間違いない...


「道場...!」


「ほう、歩とやら。貴様の時代にも道場はあるのか」


「はい!」


「では、使い方はわかるな。それではここにいる者共に稽古でも付けてやってくれ。俺は少し準備をするか

らな」


アレ?私が稽古つける側なの?おかしくない?普通は私がここでしごかれるんじゃないの?


「問題ない。あやつらは貴様の足元にも及ばんだろう。やれ」


ノブナガに言われるがまま、近くにあった使われていない竹刀を拾い、持ち上げてみた。久しぶりの感覚に、心が昂る。やっぱりしっくり来る。でも、なんかちょっと重いような...


その時、筋骨隆々の男が私に話しかけてきた。いかにも主将というような面持ちで、見るからに強そうだった。


「おい小娘。ノブナガ様に連れられて入ってきたようだが、一体何者だ。見ているだけなら帰ったほうが身のためだぞ」


あ、舐められてる感じだ、これ。こういうときの対処法は知っている。なにせ師匠から教わったからね。


「私は、神木歩です。ノブナガ様に命じられ、この道場の一時的な師範をさせてもらいます。よろしくお願いします!」


とにかく元気に相手の圧に負けないようにハキハキと。そして威厳を持って話す。これでバッチリと言っていた。


「はあ、あのお方も困ったものだ。仕方ない。一本手合わせ願おうか。ただし、負けたら帰ってもらうから

な」


私は何も言わずに頷いて、道場の真ん中に陣取って竹刀を構えた。防具はどうやらなく、降参したり、戦闘不能になったらそこまでらしい。いくらなんでも昔過ぎるだろ!


「審判は僕が執り行いますよ...」


一人の青年がざわつく人混みの中から気だるそうに出てきた。目の下には濃いくまがあったが、それにしては傷一つない顔をしていた。


「それでは、初め...」


その瞬間、男は思い切り一歩踏み込んで切りかかってきた。当たれば常人なら即死レベルの速さと威力だ。

だが、粗い。フェーちゃんよりも粗い。剣の腕がないのか?いや違うな。剣の腕はある。しかし面や胴に入っても練習じゃ戦闘不能にならないから、こいつは暴れるように適当に動き続けているんだ。


なら、することは一つ。久しぶりにアレをやる。


隙を見つけ、急所に剣を叩き込む。そして一撃で沈める。数回技をかわして、大ぶりがまた来た。多分この男は全力で私が叩いても死なないだろう。なら、殺す気でいこう。


躱して、今だ。


『三式・聯』


目の求まらぬ速度で連続で両脇腹に竹刀を叩き込んで剣は男の肋を数本砕いた。ついでにみぞおちにも入っただろう。本当は相手を三枚から五枚におろすような技だが、竹刀なので斬ることは出来なかった。


「ぐあああああっ!」


「勝負あり...」


男は竹刀を落とし、胸のあたりを抱えて倒れ込んだ。暫く観客たちは動かなかったが、すぐに彼の元へと駆けつけ急いで回復魔法をかけた。そして審判は何事もなかったかのように人混みの中へと消えていった。


彼が落ち着いてからは、もう誰も私と目を合わせたがらなかった。私がこのままじっとしていても埒が明かないので、一発喝を入れてやることにした。昔一回軍の訓練を見たことがあったから、それのマネをした。


「一列に並べ豚畜生共!私が根性から直々に叩き直してやる」


そこからの記憶は暫く飛んでいる。おそらくとんでもない練習やトレーニングを日が暮れるまでさせ続けたのだろう。はっと気がついたときには、ノブナガももう戻っており、他の生徒達は皆地面に伏していた。


「あっぱれだ。歩。貴様、師範の才があるな。それに貴様の使う剣術は妙だ。なぜか隙を感じられぬ。また今度俺に教えろ。いいな」


「は、はい!」


その日はそれで帰してもらった。帰り際に、肋を砕いた男に謝りに行ったが、あまり相手をしてもらえなかった。他の生徒には精進しろとだけ伝えて、私は帰ろうとした。


「あれ、どうやって帰るんだっけ。帰り道わかんないんだけど」


ぼそっと呟いた声に、いつの間にかノブナガが私に話しかけに来ていた。


「なら、今日は俺の家に泊まれ。今日の礼も兼ねてな」


断る理由もなく、そのまま私はノブナガにホイホイついていってしまい、夕食までいただくことになった。ノブナガの家は小さく、こぢんまりとした家だった。




              ◆◇◆◇◆◇




「今日のことについては礼を言う。あやつらも俺だけでは対応しきれん。あやつらも鬼が来たと震え上がっておったわ」


ハッハッハと高らかに笑うその姿は歴史ドラマの織田信長にそっくりだ。


「まあ、これも礼の一部として受け取れ」


ノブナガはおもむろに私とノブナガの前にグラスを取り出して、その中に酒を注ぎ初めた。私が言う前に、ノブナガが言った。


「俺のものは酒だ。貴様はまだ飲めぬのであろう。貴様はこれだ」


そう言って、ノブナガは別の液体を私のグラスに注いだ。恐る恐る飲んでみると...


「うっ...渋いっ」


私の顔に、ノブナガは悪い笑みを浮かべていった。


「子供にはまだ早かったか。これはワインというぶどう酒から酒の成分を抜いたものなのだが、やはり渋くて飲めぬか」


「...はい」


その後は、お風呂にまで入れさせてもらい、寝巻きはノブナガのものを借りた。少しサイズが大きかった。


「布団は一応二つあるが、どうだ?」


「遠慮させていただきます」


ノブナガはまたまた高らかに笑い、私の隣に布団を敷いた。やはりここは日本式。危うく一緒の布団で眠ってしまうところだった。二人共布団に入ったとき、ノブナガが、半ば酔った声で言った。


「俺は、腹を切って死んだと思ったら、この世界に生を受けていた。それも竜人の女としてな。今になってみれば女どもにはひどい仕打ちをしたものだと思う。しかしだな。俺は、同時にこれが良い機会であるとも思っている。生まれ変わっても、やりたいことが変わらんかったのだ。俺はこの天下を俺のものにしたい!そのためにも、貴様と、コルト、それから他の十騎士の力も必要だ。......この国はもうじき滅ぶ!後三年だ。そこから天下を取り、俺が魔王になり、天下を取る。そのための俺の駒になれ。歩」


そう言ってノブナガは先に寝てしまった。やはりこの人はすごい人なんだと思いながら私も眠りについた。




              ◆◇◆◇◆◇




太陽の光、朝か。眠い目をこすりながら体を起こす。隣のノブナガはまだ眠っている。布団を先に片付けた。やっぱりこっちの布団のほうがなれているようで、よく眠れた。


一人先に着替えを済ませて、家の外に出てみた。初冬のようなやや冷たい冷気が肺を満たす。


大きく吸った冷気を吐き出し、太陽に顔を向けてみる。日光の届くところは暖かく、それ以外はひんやりとしている。家の中に戻って、ノブナガを起こしに行った。


眠い目をこすりながらおきたノブナガは大きくあくびをして、着替えに行った。彼女の布団を片付けて、私の武器を取って外に出てみた。すると後からノブナガも一緒についてきた。


軽くストレッチをして、素振りを初めた。彼女も一緒になって剣を振り始めた。何度も何度も剣を振り、少し疲れたところで朝食を取った。


「貴様、ずいぶんと楽しそうだな」


ノブナガが朝食を取りながら聞いてきた。


「ええ。楽しいですよ。自分の好きなことが出来て、自由で」


「そうか。だが、もうじきこの国は戦争をするだろう。それもこの国が滅ぶほどのな。貴様はどこか安全なところへ逃げるといい」


私はその言葉にくすっと笑って返答した。


「嫌です」


「なぜだ」


「私はこの国の人に召喚されなければ死んでいる人間です。なら、見捨てるというのは、どうも私の性に合わないのです」


ノブナガは微笑んで言った。その時のノブナガは人を認め、尊敬しているような目だった。


「貴様は、武士のようじゃな」


「はい」


それからは、次の練習予定の日を教えてもらい、それからこの国の地図をもらった。帰りは一人で帰ると言ったら、一つだけ忠告をしてくれた。


「貴様は女の俺からしても美しいと思う。俺が男なら昨晩の時点で抱いている。確実にな。だから、気をつけろよ」


苦笑いで答えて、私は地図を頼りにギルドを目指した。ノブナガが言うと、説得力あるんだよな...


ギルドは、この国の北部、北壁と魔王城から半径五キロを守る中央壁の間に位置しているらしい。それから数時間かけてギルドまで帰ることが出来たときは本当に嬉しかった。


帰ったとき、コルトは全く心配する様子もなく、しかしエリーは家でした我が子が帰ってきたときのように心配して涙をこぼしていた。エリーの涙を拭って、私はまたいつもの生活の戻っていった。

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