17.教会...?

昨夜、宿に帰ってくるとコルトからの置き手紙が置いてあった。どうやら私達の居ない間に宿に忍び込んでおいていったようだ。ベガは手紙を開いた途端、顔をしかめた。


「...これ暗号じゃないですか?」


私は驚いて手紙を覗き込んでみると、そこには暗号などなく、ただの日本語が書かれて...あ、そういえばここは発音が一緒なだけで文字が違うんだった。というかコルトって日本語書けるんだ。私は彼の頭の良さと知識量に感嘆しながら、私はベガにも分かるように朗読した。


「教会にて魔族が待つ。明日の正午に教会に行け」


ベガの方を見て、私は教会の場所を聞いた。ベガはポケットからこの国の地図を出して、私の前に広げた。どうやら教会は、この国の南西部。私達の宿からちょうど反対側、王都をぐるっと半周回ったところにあるようだ。


準備をして、そして今に至る。


宿から出て、南西部に向かって群衆に見つからないように屋根の上を伝って走り出した。久しぶりに屋根の上を走る疾走感は何物にも代えがたい優越感をもたらした。道に縛られてゆっくりと動くより、屋根の上のほうが効率がいい。暫くの間、猛スピードで、そして屋根を壊さないように、音を立てないように移動した。




              ◆◇◆◇◆◇




路地裏上空。人影無し。着地場所確認。とうっ!スタッ。着地成功。これより教会に向かう。ベガ作戦司令官、応答願う。


「歩さん。一人で何をしているんですか?」


後ろから追ってきていたベガが私を怪訝な目で見ている。一回やってみたかったからと言われて、こんな恥ずかしいことを目の前でされたのだ。いくら人影がなくとも、その反応にはなるだろう。これが共感性羞恥というものなのか?私は聞かなかったふりをして、路地裏から、大通りに出た。


さすが協会の近くというだけあって、宗教グッズが沢山店頭に並んでいた。聖書専門店と見られる宗教店から、衣服店や食料品店という日常に欠かせない物資を売る店まで、こんなに密集して商売が成り立っていると思うと、やはり宗教の力は絶大なものなんだと思う。


暫く道なりに歩いていると、他の建物とは一線を画すような、大きく、荘厳な建物が建っていた。白く塗られた柱と白いレンガ造りの真っ白な建物は、地球にもあった教会を彷彿とさせるものだった。私達は近くによってその全貌を確認した。


「ここが...教会か」


私がそう呟き、ベガの方を見てみると、ベガは顔をしかめていた。まるで中二病を発症してしまった哀れな中年男性を見ているような目だ。文字の読めない私が別の何かヤバいお店を教会だと思って入ろうとしているのかと思ったほどだ。しかし、その理由は単純だった。ベガは、その教会の名前を読み上げ始めた。


「デデドン・ドゥワアアアッ・センナナヒャク・イノチガケデェ・パフェイワシ・ネオアームストロングサイクロンジェット・フロントガラス・ランランルー教会。ここ本当に教会なんですよね?」


ただ単に教会の名前がすんごい名前だっただけのようだ。この時私はこの教会の名前を聞いて、この教会は異世界人によって、しかも日本人によって作られたということを確信した。こんなに教会の名前をわかりやすくしていてくれた同胞と、ここを指定してくれたコルトに感謝し、教会の中へと入っていった。


教会の中は、信者がポツポツといるだけで、私と同じような雰囲気の人間は居なかった。つまり、少なくとも日本人は居なかったということだ。


教会の中は地球にあったものとそっくりで、パイプオルガンの神聖な音が流れていた。とりあえず近くにあった長椅子に座り、周囲を見渡して、魔族っぽい人を探した。しかし、完璧な偽装のようで、私には見つけられなかった。ベガも同様に誰一人として怪しいものは居なかったと言う。


暫くして、パイプオルガンの音が止み、信者たちがぞろぞろと帰っていった。別件で来ている私達は椅子に座ったままでいると、パイプオルガンを弾いていたであろう神父が出てきた。神父は純白の、the・神父と言われるような服を来ており、彼の頭髪は真っ白だった。だが、真っ白と言っても、置いているわけではなく、若白髪といえばよいのか、地毛が白いのかで、見た目は二十代ほどに見えた。


「これはこれは救世主様。私、この教会の神父を努めさせていただいております、シュヴァルツヴァルトと申します。それで、何かこの教会に御用ですか?あなたはここの神の洗礼は受けておられないようですが、どうしてこのようなところに来られたのでしょう」


私はなにか答えようと思ったが、先に神父がとんでもないことを言った。


「救世主様。お隣りにいる魔人は、如何なさいましょう。もしもあなたの奴隷でしたらその証明をするだけで結構ですが...」


その瞬間、ベガが突然神父に向けて数十発の魔法を無詠唱で打ち込んだ。爆炎が教会を覆い尽くしたが、建物には一切の損耗がなく、神父だけを攻撃するものだった。ベガが魔法を撃ち終わり、一瞬の静寂の後、神父は手に剣を持っており、一息のうちにベガに接近し、ベガの腹を刺した。


「...っ!」


私の困惑した顔を見て、神父はニッコリと笑って言った。


「奴隷ではなさそうですね。では、魔人はこの世に蔓延る害虫なので、処分しますね」


私は神父の行動を制止することも出来ずに、ベガが叫びながら首を切り裂かれるのをただ呆然と、畏怖の念に包まれながら見つめていた。暫くして、ベガは静かになり、神父は私の方を向いて言った。


「少し、お茶でもしましょうか」


成されるがままに私は神父の後についていき、親父の書斎に行くと紅が出された。これも地球の産物なのだろう。神父は顔をこわばらせる私に向かって、紅茶のことを話した。


「この紅茶はですね、イギリスという地球の国から入ってきたものなんですよ。これが非常に情緒に富んだ味をしておりまして、地球から来た救世主様はこのように素晴らしい紅茶を知っておられたと思うと、羨ましい限りですね」


なんだろう、最初から思っていたが、この人、変だ。人前で魔人を殺しておいて...いや、これは普通のことなのかも知れない。それにしても、生きている感触がしない。まるでプログラムされた人形とでも喋っているようだ。その不気味さを紛らわすかのように、私は紅茶を一気に飲み干した。


大きくため息を付いて、微笑み続ける神父の方を見て、私も何かを話して、少しでも良いから情報を奪い取ってやろうと思った。そこから、暫く会話をしながら私は神父に探りを入れた。


「シュヴァルツヴァルトさん」


「ヴァルトでいいですよ。救世主様」


「では、私も歩でいいです。それでヴァルトさん。教会の神父とは、あのような力を使えるものなのですか?」


「あのような力...?ああ、あの魔人を殺した、スキルのことですね」


「スキル...?刻印とは違うものなのですか?」


「刻印は魔族専用のものでして、もしかして、歩様。刻印がお使えになるのですか?」


この質問は、私が人間なので、別に使えると言っても良いだろう。


「はい、使えます。ところで、スキルについてもう少し詳しく教えてもらえませんか?」


「スキルは、神々が我々人間に与えたものでして、刻印のようなバリエーションのあるものではなく、統一されたものでして、種類には限りがあります。しかし光を基調にどれも作られており、対魔族用のものでしょう。そして私は神父。神との距離が近づけば近づくほどスキルが強くなるという噂がありますがこれは所詮噂に過ぎないでしょう。ところで、歩様はどのような刻印をお使いになられるのでしょうか」


「...いえ、私も上手くは扱えないものでして、使ったとしても、ここら一体が吹き飛んでしまうので、こんな所では使えないのです。ご期待に添えず、申し訳ありません」


「では、歩様にスキルの才能があるかどうかだけ確認させて下さい。こうして、大きく手を広げ、そこから目を閉じて深く息を吸う。それから簡単な魔力の玉を二つ作り、ぶつけます。その瞬間に目を開いて見えた景色で、スキルの種類がわかるのです。まあ難しいで色から魔力の玉は私がぶつけますので、それを感じて目を開いて下さい。」


私は彼の提案を了承し、大きく手を広げ、目を閉じた。少しの静寂の後、眼の前で魔力の爆ぜる音がした。目を思い切って開けた。


あれ?ここ、どこ?花畑か?あ、人がいる。私?顔はよく見えない。でも、背格好は私に似ている。あ、こっち向いた。私だ。私だった。


「はっ...!」


「おや、目を覚まされましたか。と言っても、ほんの数秒なのですがね。それで、どうでしたか?何が見えましたか?」


「花畑が、見えました。それと、私がもう一人いました」


私の言葉に、神父は困惑した表情を見せた。どうやら、花畑自体はあったが人影の、それも自分自身を見たというのは今までの判例に無かったようだ。神父が席を立ち、ついて来てくださいと言った。私も立ち上がって...


あれ?地面が壁になった?いや、これは私が倒れたのか。なんで?それに...して...も......眠...い。まさか......


「おや、ようやく効いてきましたか。やはり転生者であり、勇者である者は頑丈ですね。一番強い睡眠薬でもここまで時間がかかるとはでは、おやすみなさい。鈍色の勇者様」




              ◆◇◆◇◆◇




ねえ、あなたは勇者になったら、何したいの?大量の罪の上に築かれた財で遊ぶ?それとも、勇者らしく世界を救う?それとも...


うるさい...ていうか、私とそっくりなあなたは一体誰なの?


ごめんなさいね。睡眠薬で眠っている隙ならって思ったけど、中々やるわね、あなた。私の名前は追々知るはずだから、今は言わない。それで、あなたは勇者の責任から逃げられないけど、どうしたい?基本的な人間の欲求ならすべて叶えられるけど


そうだね。私は、まだ実感がわかない。だから、今は返答を先送りにさせてもらうよ。でも、もし実感が湧いたときも、ずっと私はその答えを先延ばしにするね


ふふっ、面白い子。それは責任から逃れるわけではないのね。あなたはやっぱり私の生まれ変わりなだけあるわ。あ、これは言っちゃいけないんだっけ。まあいいわ。もうあの人が来てるから。また今度。夢の中で


そう言って彼女は花畑から姿を消した。私は近くに佇んでいた扉を開けて、現実世界に戻った。

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