16.勇者

まだ朝日も完全に登りきっていない黎明の光の中、私達は昨日のように囲まれないようにコソコソと移動していた。市場はまだ昨日の嵐の残り香があり、ジメッとした路地裏を抜けて、私達は昨日行った武器屋へと向かった。到着するやいなや、店主が私の足音に気づいたのか、店の奥から出てきた。


「お嬢さんや...いや、もうこう呼んだほうが良いじゃろう。鈍色の勇者様」


私が救世主などではなく、勇者であることが確定したような物言いだった。ということはつまり、剣が上手く完成したということでもある。早速店主に剣を見せてもらうことにした。


「この剣、錆びておった、研き始めるとすぐにこの綺麗なブレードが出てきたんじゃよ。全く、これもこの剣がオリハルコン製だからじゃったという事もあるやもしれんな」


オリハルコンは幻の金属で、神が与えた世界一硬い物質だ。そんな話をラノベで何回か目にしたことがある。私がワクワクしているのを見て、店主はニッコリと笑い、そう焦るなと言って私の前に剣を出した。剣にはもう鞘と柄は付いていた。店主が机に剣を置いた。ゴトンという重い音が響き渡り、ひと目見ただけでその剣が異質な物だと判断できた。


私はその剣を手に取ろうと、柄に触れたときだった。剣の柄と、私の腕輪が黄金の如く輝き出し、そして共鳴するかのように震えた。暫く剣を抑えていると、剣が消えた。私の瞬きの瞬間に、だ。他の人も剣が消える瞬間は目撃できていなかった。


しかし剣は無くなった訳ではなく、私の左腕の所にくっついていた。まるで骨と磁力でも働いているかのように、ピッタリとくっついて離れない。それに、重さも感じないし、剣の柄が下を向いている。あんなに重い音を出しておきながら、まるで羽が滑り落ちずに肩に乗っている感覚だった。私だけではなく、ベガも、店主も暫く各々の目を疑った。


「...とりあえず、抜いてみなされ」


静寂を突き破って、店主がそう言い放った。私はその言葉に小さく頷き、剣の柄に手をかけた。今度は震えることはなく、剣はおとなしく私の手の動きに従ってゆっくりと抜かれた。美しい高音と共にその剣のブレードは姿を表した。


「黄金の剣...」


私が剣に見とれていると、不意に、私の頭の中に、とある違和感がよぎった。腕輪が、無くなってる。私が腕輪を探そうとした時、店主が大きな咳払いをして言った。どうやら代金の請求らしい。


「その剣は金貨五枚で売ろう。本当は三十枚ほど取っても良いかもしれんが、これはわしからのお礼も含めておる。なにせ素晴らしい剣を二本も見せてもらった上に、それが勇者様だったからな」


金貨五枚。魔王連邦貨幣に変換すると、大金貨一枚だ。日本円で十五万円くらいだ。この店主。私が勇者じゃなかったら九十万円取るつもりだったのか。私は財布の中から事前に用意された金貨を取り出して、店主に渡した。店主はニコニコ笑顔で私達を送り出してくれた。


そして店を出て、私は自分の体を弄った。しかしどこを探しても腕輪は見つからなかった。その間もずっと剣は私の体にまとわりついたまま離れなかった。そして、私はある一つの大きな発見をした。


それは、剣は体にまとわりついているのならどこにでも移動できるということだ。体を這うようにして、私は剣を移動させ、腰の位置まで持ってきた。よし、これでいつもの位置だ。違和感はない。私はスカスカになった財布をベガに渡して、市場の中を通り、朝日の登りきった街へと繰り出していった。


昼食を取って、地球の情報もちょっとは集めて、銃火器以外になにか怪しい武器はないかなど、ちょっとはスパイらしいことをしながら時間を潰した。




              ◆◇◆◇◆◇




王城中心部、王の間直上、天井裏。今俺はここに潜んでいる。そう俺だ。コルトだ。


歩はベガと一緒に何やら買物をしているようだが、俺も一緒になって行動するわけにはいかない。それに、勇者あまにはそれらしく振る舞ってもらわないといけないしな。歩が勇者になる。これは偶発的なことではない。すべて俺が仕掛けたことだった。魔人コルトは言うまでもなく、例の怪物や、歩の好戦的な考えを利用して少し治安の悪い地区の宿を取って悪者退治の真似事をさせたり。まあ、『あの剣』を見つけるとは思っていなかったが、まあ誤差の範囲だ。


そして、俺はこんなところで何をしているのかと言うと、ちょうど木の下で、地球人と王国で交渉が行われている。内容は地球側に資源を明け渡す代わりに主権は維持させておいてやると言った、ずいぶん高圧的なものだった。王国側はなんとかして少しでも条件を緩和しようと頑張って交渉を続けているようだが、もうこれも時間の問題だ。後に三日でもすれば王国側が諦めるだろう。


だから、いま手を打つ。


剣を抜いて天井を叩き割り、会議場に侵入した。地球側の人間は妙に引き締まった服を着ており、そしていろいろな人種がいた。王国側はやはりいつもと変わらない。腑抜け面だ。俺派遣を天井に掲げて、高らかに宣言した。


「貴様らが魔王連邦を侵略するのならそのための準備はもうとっくに出来てある。いいか地球人ども、貴様らの行動次第では地球が滅ぶことになると、肝に銘じておくと良い。我々はいかなる交渉や条約も承認しない。魔王連邦は人間ごときに抑えられるものではない!」


よし、いい感じにビビらせたな。さっさと帰るか。でないと...


「待て!この魔人め!」


一人の男が、会議場の扉を打ち破って入ってきた。勇者だ。性格には勇者と言われた人物の末裔に過ぎないが。だが、実力はある。不意打ちを食らったらまず勝てないが、幸い勇者の性格上、そんな事はできない。敵(てき)は敵(とも)とみなすからだ。しかし俺達魔王連邦に対しては敵(とも)の認識はなく、ただ野蛮な生物としか認識していないらしい。


勇者は剣を抜くと同時に俺に切りかかってきた。


「刻印・裁定者(ルーラー)」


勇者は初撃で刻印を使ってきた。流石に真正面から打ち合ったら無傷で済むかどうかは怪しいので、ここは一時撤退としよう。俺は大きく一方白に下がって言った。


「刻印・狼烟」


濃い魔力の霧が部屋を覆い尽くす。その隙に俺は会議場の壁を突き破って王城の外へと出た。轟音が部屋を飲み込み、それと同時に霧が晴れる。しかしそこにはもう魔人の姿はなかった。今回はなんとか逃げ切れたが、次はそううまくはいかないだろう。


魔力を徹底的に使い、王国の外へ出るのには時間はそう掛からなかった。


暫くしてまた王国内に侵入すると、街の中は歩の話で盛り上がっていた。街行く人に事情を聞いてみた。すると魔人に話しかけられているとも知らない人間は歩の状況をすべて教えてくれた。


「あの人はね。勇者らしいんだ!鈍色の勇者様。この国の聖典に出てくる、終焉を救う勇者様だよ。とても可愛らしいお方だったよ。まだ十代の女の子でね。いつか、娘にもあんなふうに強くなってもらいたいと思ったさ」


何も有益な情報が得られなかったことで、俺は勝手に歩の住んでいる宿に侵入した。部屋の中は小綺麗に整理されていて、ベガが整理したということはすぐに分かった。太陽はもう沈もうと、地平線に向かっている。そろそろ帰ってくると見て、置き手紙だけして宿を出た。


それから一度スラムへと向かって、勇者に足取りが掴まれるように大規模な騒ぎを起こした。まあ街の中で霧を出しただけなんだが。


そして、移動に移動を重ね、王国郊外の森林に入った。森林はもう暗闇の中に沈んでいて、動物の声などは一切聞こえなかった。


そういえば、この前歩がこんな所にギルドを移設したいと言っていた事を思い出した。一度目を閉じてどんなことになるか考えてみた。少なくとも今住んでいるところよりは快適なことは自明であった。もう少し深く考えてみた。


朝起きて、窓を開けて見えるのは静かな森林。外に出るとまだ朝方の冷え込んんだ空気が肺にたまり、お大きく吐き出してみると目が覚め、そのまま朝食を静かに摂る。依頼が終わって帰ってきたら、静かな森の中で刻印の修行と訓練。誰にも邪魔されないフリーな時間も多い。


「...悪くないな」


そんな事を考えながら急ごしらえの草のベッドの上で俺は眠りについた。

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