15.王国旅...敵情調査

朝起きると、もうベガがスタンバイしていた。私の服はいつの間にかきれいにされており、若干フローラルな香りがした。準備をして、ベガと一緒に宿を出た。すると、手合わせの申請が山ほど来ていたので、いつもの朝の運動代わりに全員あしらってやった。


暫く二人で世間話をして、市場へと向かう時間、まだ朝食を取っていなかった私のお腹が空腹を訴えて音を出した。ベガは少し微笑んで近くのレストランを探した。あたりを見ると、地球の食べ物屋があり、入ってみると、あのMから始まるハンバーガー屋だった。どうやらベガはこの料理を初めて食べるようで、少し警戒する素振りを見せたが、私が食べる姿を見て、彼女もそれを一口、口にした。


「おいしい...!」


人が美味しそうに食べる姿はこんなにも良いものなのかと初めて思った。向こう側では、友達はおらず、いつも一人で食べており、旨い料理を食べるときに、人間の顔など、食事に不似合いだと思っていたからだ。それに、前から、この世界に来たときから思っててんだが、顔がいい人間と食べる飯はやはり普通のものとは違う。うまい。


ハンバーガーを食べて、店を出た。太陽はまだ天高くは登っていない。市場に向かおうと、歩み始めた時、私はさっきからずっと思っていたことを言った。


「あの、何で皆さん着いて来てるんですか?」


物珍しさにその人をじっくりと見てしまうことはあるだろう。しかしそれは一時的なもので、大抵はすぐに申し訳なく思うか、その類で、すぐに目を離すだろう。この国の人は珍しい人と一定間隔を開けてずっと着いてくるものなのかと思っていると、ベガが群がり続ける群衆に向かって叫んだ。


「群がるのはやめて下さい!インタビューとかは後で答えますから!迷惑してるんです!」


彼女の声は、水面に石を落としてできた波ように急速に周囲に広がり、そしてすぐに群衆は散り散りになって去っていった。彼女は私の方を向いて警告した。


「もう、歩さん!ああいう人達にははっきり言うのがベストなんですから。あの人達は新聞記者ですよ?ほら、あの特徴的な、羽付き帽子。あれが新聞記者や、そのほかのメディアの方々なんです」


ベルの言葉に納得し、もう一度後ろを見てみると、ほとんどだれもいなかったが、所々からの視線が体に刺さった。先程の騒ぎを聞きつけた人たちなんだろう。私は人気者になった余韻を引きずりながら市場へともう一度歩みだした。




              ◆◇◆◇◆◇




市場に到着するや否や、すぐに猛烈な客引きに逢った。それぞれのお願いを丁重に断り、私は武器屋へと一直線に歩いて行った。武器屋は市場の暗い路地にあった。暗く、険悪な雰囲気を醸し出す武器屋に恐る恐る足を踏み入れてみると、初老の老人が出迎えてくれた。


「おお、よくこんな店を見つけたのぉ。で、どんな銃が欲しいんじゃ?」


何故か物悲しそうにものをいう老人を不思議に思ったが、すぐにその理由が分かった。ここはどうやらもともと剣を売っていた武器屋だったが、銃火器の流入により、長年の生業が潰えてしまい、今はこうして売りたくもない武器を売っているようだった。そんな老人を見ていると、私の気が変わった。


「私の剣の整備ってできますか?ちょっと刃こぼれしちゃってて」


丁度良く、コルトや先ほどの腐敗ドラゴンとの戦闘で、少し切れ味が落ちていたので聞いてみた。剣を出して老人に渡してみた。すると彼の眼に、光が戻った。それから、静かに涙をこぼした。


「ど、どうしたんですか?」


なにか気に障ることでもしたのかと思い、老人の返答を待った。すると、彼は剣を掲げて大きく深呼吸をして言った。


「お嬢さん。これはな、この剣はな、大昔の遺物じゃ。わしが一度本で見たことがある。そしてこの赤いフラー。間違いない。不死鳥のものじゃ。この年で、英雄の武器を目に収めることが出来てわしはもう感激じゃ。この剣はわしが仕上げよう」


そう言って彼は店の奥から研ぎ石を出して、私の前で楽しそうに、まるで子供のようにはしゃぎながら剣を研いだ。剣は見る見るうちに光沢を増してゆき、完成した。彼は剣を見つめて言った。


「剣の銘は?」


「...知らないです」


老人はニコッと笑って、何十年も前の本に乗っていた名前だから知らないだろうと言って、私に教えてくれた。


「この剣の銘は、緋色の剣緋色の剣スカーレット。不死鳥本人がそう言ったとされいている。代金は要らん。お嬢ちゃんまたわしに剣の商売を始める勇気をわしに与えてくれた。それが代金とでも思っておくれ」


「ありがとうございます!」


私が店を出ようとしたとき、店主が私に忘れていたといって声をかけてきた。


「お客さん。武器屋に来て、武器を買わずに出るのはこの国ではご法度だよ?」


私は思わず吹き出してしまったが、一応見せてもらうことにした。全く、商売上手な爺さんだ。店主は選りすぐりの剣を取り出してきた。どれもひと目見ただけで分かるほどの一級品ばかり。しかし私の目を最も引き付けたのは、錆に錆びた脇差しほどの長さ、ちょうど私が今持っている剣はロングソードの三分の二ほどの長さだった。私はその建を手に取ると、老人は驚いた顔をして私に大声で語りかけた。


「お嬢...ちゃん、あんた、本当に救世主か?」


何かまずいことでもしたのかと思って店主に聞いてみた。すると店主は何も言わずに店の奥から取り出した一冊の分厚い本を私の前に出した。それから、最後のページを開いて、朗読した。


「終焉の時に来たれる鈍色の勇者の誕生は世界に安寧をもたらす。しかし鈍色の勇者はその誕生の代償に救世主のそれを必要とする」


私はその一説を聞いて特に何も変わったことは思わなかったが、店主は怯えたような声を出しながら続けざまに言った。


「鈍色の勇者は古代の遺物の扱いと、それら引き寄せるのに長けている」


それを聞いて、流石に無いとは思ったが、店主はその錆びた剣を取って、静かに言った。


「明日、ここに剣を取りに来ると良い。使えるところまでは研いでおこう」


そう言って私達はそのまま黙って店を出た。ベガは、さっきのはなしをよほど不気味に思ったのかとても気まずそうな顔をしながら私に言った。


「ま、まあ大丈夫ですよ。きっとそんな事はありませんよ...」


私も正直そんな大役が担えるとは思っていないし、担いたくもない。でも、ベガに一つ聞いておきたいことがある。この返答次第では私が鈍色の勇者か救世主のどちらかになっている説が濃厚になってくる。


「私以外にこの世界に召喚された人ってどんな強さだったの?」


ベガは、その質問には答え辛そうな顔をして、その後に、うーんと少し唸った後、大きくため息を付いて、真実を答えるのを渋ったようだが、腹を決めたようで答えた。


「全員何の足しにならないほどの一般人でしたね。強いて言えば技術提供などはありましたが...」


私は、大きくため息を付いて、空を見上げた。路地から見える空には太陽があった。


「気晴らしに、もうちょっとこの国の中心部に行ってみようよ」


苦笑いを浮かべる私に、ベガは少し頷いて、私の隣にピッタリとついて歩き出した。しかし、市場の本道に出ると、あの新聞記者たち、各種メディアがいた。熱烈なインタビューに答えた後、地球のカメラで写真を数百枚取られた。どんだけメディアがいるんだ、この国。


すべて終わった後には、太陽はもう西に傾いていた。その頃になれば、勇者どうこうより空腹が勝っていたので私もベガも近くの店でパンを少し買って、食べながら帰ることにした。三大欲求の一つ、恐ろしや。


「歩さん、ちょっと良いですか?」


「ん?どうしたの?」


「大変失礼なんですが、服は私が洗ったので大丈夫なんですがちょっと臭うので、銭湯にでも生きませんか?今日一日でいろんなものを見ましたし、その臭いも付いていて...」


「え!本当!?じゃあさっさと行こうよ!なんか嫌だ」


自分で自分の匂いは気づかなかったが、宿に風呂はなく、この度をした数日間も全く風呂に入っていない。その瞬間、私の脳裏に嫌なことが一つよぎった。明日の新聞で、救世主、臭う。とか書かれたらどうしよう。それこそ終わりだ。


そんな事を考えながら、銭湯に到着して、体を洗っていた。ふと横を見てみると、やっぱりベガはキリマンジャロだった。どんなに遠く、雲に隠れていても、巨山は巨山だ。私のマウナケアとは違う。


「歩さん。凄いですね。その体。どうやったらそうなるんですか?」


一瞬バカにされいるのかと感じたが、彼女の視線を追っていくと、私の筋肉に目が言っているのが分かった。普通の女の子にはないような体つきをしているし、それに、筋トレとかいっぱいやってたし。彼女の体は、女の子らしい少し肉のついているが引き締まった体をしていた。これはもしやと思って彼女にとある質問を投げかけてみた。


「もしかして、好きな人...いる?」


私がそう言うと、彼女の頬は一瞬にして紅に染まり、何で分かったのかと言わんばかりに目を見開き、私の方をじっと見た。私は不敵な笑みをわざわざ作り、体を見れば分かるとだけ言って、好きな人は誰なのかを聞いてみた。しかしそんな問いに答えるベガではなく、私から顔を背けて湯船に向かった。


「う~ん、誰だろう...もしかしてコルト君?」


私の推測に、ベガは足をすべらせて、派手に転んだ。それから、私の方を向いて、更に赤面した。そして黙ったまま湯船に浸かった。私も彼女の後を追い、隣に浸かった。それから、暫く彼女の機嫌を治すために全力で謝った。しかし彼女は私に反省を促すばかりで、不貞腐れたままだった。いやしかし、コルトか...




              ◆◇◆◇◆◇




その夜は、嵐だった。雷が鳴り響き、うるさくて中々眠れなかった。今日の武器屋の店主の話を思い出し、鈍色の勇者になった自分を想像してみた。正直、中世の甲冑を格好つけて纏った変態になる未来が予測された。しかし救世主となれば想像はもっと難しい。救世主って、何だ?何を救うんだ?自分で手一杯の自分に何が救える?そう思った刹那、部屋の扉が空いた。剣を取って構えた。


「...し、失礼します」


枕を抱えたベガだった。慌てて剣を隠し、部屋の電気を付けた。どうしたのかと聞くまでもなかった。たぶん、雷が怖くてここに転がり込んできたのだろう。私は彼女を隣に迎え入れ、暫くボーっとしていた。


寝れねぇ


いやまあ、こんな美女が隣に寝ている時点で寝にくいし、シングルベッドに二人で寝てるから狭いし、あと、めっちゃ抱きつかれてる。苦しい。


「今日はごめんなさい」


唐突な彼女の謝罪に困惑したが、私も正式に謝罪した。


「それで、コルト君のどんな所が好きになったの?」


「......やさしくて、かっこよくて、あ!かっこいいっていうのは顔立ちもそうですし、背が高くて細かな気遣いもあって、それから強くて力持ちで、十騎士をまとめられるような統率力もあって、お料理も上手で、味方ならどんな人にも優くて、この前なんか図書館で高いところの本を取ってもらったんです。それで、私の名前をちゃんと覚えておいてくれて、私に伝言を頼むときも覚えていてくれたんです。それがうれしくて...」


「分かった。分かった、頼む、一回止まってくれ」


「まだ一割も語ってませんよ?もう大丈夫なんですか?」


やべえ、この娘やばい。コルトガチ恋勢だ。彼女はコルトをそのまま想像し続けたのか、息遣いが粗くなっていたが、すぐに落ち着いて静かになった。


それから、私も嵐が止んだ隙をついて眠った。

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