14.王国潜入

山脈を超えた私達は、王国に向かって歩き始めた。魔力を使って加速してしまうと、コルト曰く王国の国境警邏隊に細く、通報されてしまうらしい。しかも今私たちがいる位置からすると、どう考えても魔王連邦から来た者であるとバレてしまう。もし魔力を使うとしても、それは王国にだいぶ近づいたときだそうだ。


しかし、私は今この状況で魔力を使っても良いと言われても、魔力は決して使わないだろう。なぜなら、魔王城周辺の荒廃した大地とは違い、生命が宿っていて、見慣れた景色であるからだ。大きく深呼吸をしても、空気中に砂などの不純物が混じっていない。きれいな空気だ。


「ねえ、コルト君。戦争ってどのくらいの規模になるの?」


「...そうだな、おそらく勝ったほうが負けた方の国家を蹂躙するだろう。まあ魔王連邦が勝つだろうから、そう心配しなくても多分この景色はなくならないさ」


私の考えをコルトは見透かして言った。私は少し微笑んで、彼の前に飛び出て言った。


「じゃあ、この戦争が終わったら、ギルドをこの辺りに移転させることって出来ない?」


だいぶん無茶な提案だとは自分でもわかっていながらも、しかしこの景色は手放しがたいものだった。コルトは暫く悩んだ後、呟いた。


「いけるな。道筋が見えた。多分ここらはギルドの領内になるだろう」


その声を聞き、私が狂喜乱舞したのもつかの間、いつの間にか国連のシンボルが大きく掲げられた王国正門前に来ていた。そして眼の前には大柄な男二人、銃を持っている。おそらく最新式の米軍の銃だろう。そして一人の男は言った。


「両手を挙げろ。今から荷物確認と身分証の確認を行う」


私は事前に用意された身分証と持ち物を一回男たちに渡した。それから簡単なボディーチェックだけが行われ、男は笑顔で私に剣を渡した。恐らく行っても良いという事なんだろう。恐る恐る二人の間を通ろうとした時、男が私に語りかけた。


「おい嬢ちゃん。相当な手練れのようだが、今の時代じゃ、そんな剣一本じゃもう生きていけないぜ。今はこんなに便利な銃って武器があるんだからな。これでどんな魔族もイチコロってもんだ!市場で普通に売ってるから、身分証でも見せて買っておいたほうが身のためだ」


「ありがとうございます!」


できるだけ、愛想よく、怪しまれないようにその場を切り抜けて王国内に侵入した。私はここであることに気づいたのだ。コルト君、本当にいつの間にいなくなったんだろう。


「ここだ」


不意に彼の声がして周囲を見渡してみると路地裏に彼の姿があった。近寄ってみると、彼は私に聞き取れるかどうかの声で耳打ちした。俺は正体がバレていて今はつけられているから暫くしたら合流する、と。


「お嬢さん、離れてください!そいつは魔人です!」


後ろから先程の男が駆けつけてきて、私を後ろに下がらせた。コルトは何も動揺することなく、不敵な笑みを浮かべた。それはまるで、ダークヒーローのような、ちょっとずる賢そうで、かっこいい笑みだった。男たちは急いで銃を構えて警告も無しに撃ち始めた。一マガジン分撃ち終わった時、コルトはまだそこに立っていた。そして、言った。


「ほう、火薬の炸裂を利用して金属を飛ばしているのか。面白い。だが、こんなものなら、苦戦するほどでもないな。俺なら切り落とせる」


その言葉のとおりに彼の足元を見ると、真っ二つになった銃弾が大量に転がっていた。そして、それは視線の誘導でもあった。男二人が足元に視線をやった瞬間、彼は男二人に斬りかかった。あれ?遅い?私でも反応できるレベ...そういうことか。分かったよコルト君。一芝居打ってやろうじゃないか。


「止めろ!」


私は剣を抜いて、その魔人と剣を合わせた。火花が散り、甲高い金属音が辺りに響き渡った。そのまま私はその魔人の剣を弾き返し、蹴りを加えて吹き飛ばした。


「ク、クソ、ココハイチジテッタイダナァー」


彼の棒読み演技に気づかれるかと思ったが、そんなことはなく、魔人コルトは逃げていき、男二人はまだ地面で腰を抜かして座っていた。私は剣を収めて、男のもとに駆け寄った。私の顔を暫くボーッと見て、男は急に立ち上がって叫んだ。


「嬢ちゃん!あんたすげえよ!人間が魔人と剣で互角に戦えるなんて!」


その声を聞き、周囲から人が集まってきた。どんな人間が魔人を凌ぐほどの実力を持っているのかと見に来るため、私の周りはすぐに埋め尽くされた。そんな中、一人の男が名乗りを上げた。こんな小娘が魔人と戦える訳がない、それを証明したいなら俺と戦えと言うらしい。まあ結果は見え見え。一瞬で方を付けてやった。群衆がどよめく中、私はさっそうと歩き、市場へと向かってみた。




              ◇◆◇◆◇◆




異常なほど迷いながらも市場に到着すると、私の噂はもう広まっていて、私の顔を見るたびに、人は物珍しそうな顔で、私を避けた。興味半分、恐怖半分と言った所だろうか。すると、一人の少年が私に近寄ってきた。ボロボロの服を着ていたので身分の低い人間ということはすぐに分かった。そしてはち切れんといわんばかりに私の服の裾を引っ張って言った。


「お願いします!魔物をやっつけてください!」


泣きじゃくりながらその少年の導く方へと連れて行かれると、そこには騎士団とそれから初めてのクエストで戦ったような腐敗ドラゴンがいた。周囲には騎士団の死体が産卵しており、苦戦しているということは容易に想像できた。


しかし、私はここであることに気づいた。誰も刻印が使えないようだ。魔術を転用して剣に魔力を込めて叩きつけているだけで、あの顔の紋様は一切出ていなかった。そして、ドラゴンはまだ全然元気だ。私は剣を抜いて、少年に言った。


「分かった。やってやろう」


騎士団の間を縫って一人、腐敗ドラゴンの前に飛び出した。久しぶりに、あの技を使うことにした。

『奥義・斬龍波』

腐敗ドラゴンは、一瞬にして私の奥義の前に倒れた。大きな音を立てて倒れゆくドラゴンの上に剣を刺して騎士団の方を向いた。一瞬にして周囲は歓声に包まれ、私はまたもや群衆に囲まれた。


「ううっ...お母さん...お母さん!目を開けてよ!」


湧き上がる群衆の中から、一筋の哀しみの声を感知し、私は駆け寄った。先程の少年が母らしき人物を抱いてうずくまって泣いていた。私は反射で回復魔法を掛けて治癒をしたが、どうやらこの行動がまずかったようで、騎士団の団長のような人から、剣を突きつけられて言われた。


「その術は魔族とその眷属しか使えない高度なものだ。なぜ人間のお前が使える!?返答次第ではここでお前の首を切るぞ!」


流石に今のこの距離で切られたらいくら私といえども、死んでしまう。なら、どうする?本当のことをはなしたら死刑確定で、下手な嘘を混ぜてはなしても死ぬ。私は腹をくくって言った。


「実は私、異世界から、つまり地球から転生してきた者でして、この世界に降り立った瞬間から、妙な魔法がほぼ無尽蔵に使えるのです」


そしてこの発言がまたもやまずかったようで、騎士団長は、剣を収めて跪いた。それに伴って、周囲の人間も跪いた。そして、全員で声を合わせていった。


「「救世主様!」」


「は?」


あとから聞いた情報によると、この国には偉大な星見、つまり預言者がいたそうで、彼端の間際にこんな事を呟いていたそうだ。


この世が滅する時、彼の国より救世主現る。と。全く厄介な預言者だ。


それから私は騎士団の本部に上がらせてもらい、転生前のことをそれはもう脚色マシマシで語った。しかし後から考えてみると、脚色しなくても十分すごい人生を歩んでいるということに気づいた。私の話を聞き終えた騎士団長たち騎士団の御偉いさんたちは、深く感動したようで、私に色々してくれようとしたが、すべて丁重にお断りして、コルトと事前に打ち合わせていた宿に入った。


部屋に入って、ベッドに横たわると、ドアをノックする音が聞こえた。コルトかと思って返事をして扉を開けると、一人のメイドがいた。メガネっ娘で、ちょっとお姉さん。そしてどこがとは言わないがキリマンジャロ山。それでいて髪はおさげだ。もちろん顔立ちは良い。騎士団の派遣できたというその女性はベガと名乗った。でも、なにか既視感があるような、無いような...


「マッサージをさせていただくので、ベッドにうつ伏せになって下さい」


彼女に言われるがまま、ベッドに横になった。彼女は中々のテクニシャンで溜まりきった疲労を一瞬にして軽減してくれた。足は筋肉の間を縫ってツボを的確に押して心地よく、腰は親指で力強く、それでいて背筋はなぞるように優しく、そして肩甲骨の裏の筋肉はリズムよく円を書くようにほぐしてくれた。腕から先は一定の圧力でテンポよく、だ。最後に肩だ。肩は、首の付け根と首の真ん中を重点的にほぐしてくれた。首の真ん中をほぐすときに変な声が出たが多分聞こえていないはずだ。


マッサージが終わったと思ったら、今度は耳掃除とか言い出して、私は彼女の膝枕にあやかってしまった。

そして、彼女は耳かきをしながら言った。


「コルト様からの伝言です」


その瞬間に私は思い出した。そうだこの人、フェーちゃんの所にいた魔法使いだ。私は仲間だと知って安心した。もしも刺客だったらどうしようとか一瞬考えていたからだ。


コルトの伝言内容は、二、三日ベガと市場で簡単に装備を整えて教会へ行けとのことだ。コルトは私が一躍有名になることも予想して彼女を先に派遣していたそうだ。全く、頭の切れるやつだ彼は。


ベガが帰ってから私はそんな事を考えて眠りについた。この日は、久しぶりにいい夢を見た。


自分が小さくなって、いろんなスイーツが大きくなる夢だった。

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