18.教会...?②

暗闇の中、目を回してみたが、何も見えなかった。次に手足がついているかの確認だけした。付いている。炎尾が近くでパチパチと燃える音がした。そこで私はようやく自分が目を開けていないことに気づいた。先程のことを一瞬にして思い出し、目を見開いた。


「おや、もうお目覚めですか?勇者様。まだ五分と経っていないのですが、流石ですね。しかし、あの薬を使っても五分で起きてくるとは、致死量を入れたつもりだったのですが強靭ですね」


薄暗い松明の明かりにぼんやりと照らされている神父が、嘲笑うような目で私を見た。私が立ち上がろうとすると、自分の足に、枷と鎖が結び付けられていることが分かった。しかし、新品の鎖などではなく、少々錆びていて、何回も使われた形跡があった。それに、この程度の薄さの枷なら...


バキッ ガシャン!!


よし、破壊完了。私の脚力を舐めてもらっては困る。こんな鉄くず、私にかかればチョチョイのちょいだ。私は嘲笑うような目で神父を見た。彼は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに落ち着きを取り戻した。


「いくらあなたでも、この魔力結界を破ることは不可能でしょう。まあ足枷が破壊されるのは予定外ではありましたが。一応警告なのですが、この牢獄は結界と堅牢な鉄格子で出来ており、破壊しようとすると、牢獄の上の穴から炎が噴射されます。私もあなたを殺したくはありませんから、くれぐれも暴れないよう、お願いします。」


何故か神父にやり返されたような気分になった私は顔をむすっと膨らませて、神父に背を向けた。それからすぐに神父は何も言わずに立ち去った。コツコツという靴の音が聞こえなくなった時、私はコルトからもらった剣がなくなっていることに気づいた。まあ確かに敵を捕まえたら武装解除するのは当たり前かと思いつつ、例の剣は私の体にくっついたままだった。流石に引き剥がせなかった腹いせか、背中の真ん中に剣を設置されていた。


私は剣を自分の腰の位置まで持ってきて、スルッと抜いてみた。簡単に抜ける。どうして剣だけ取ろうとしなかったんだろう?抜けなかったのか?まあいい、武器があることに変わりはない。


とにかく、どうにか出来そうなことからやっていくことにした。まずはこの牢屋の調査。床以外は結界が張られている。そして牢屋は天井と床は分厚い鉄の板で、それ以外は全方位から確認できて、隣の牢屋の様子も見えるぶっとい鉄格子だった。流石にこれは破壊できても逃げる時間はない。


ここで私に電流走る。結界に触れたらアウトなら、結界のない床を攻めれば良いんじゃないか?早速床を調べてみよう。


暫く調べた結果...


なんにも異変はありませんでした!!


知ってたよ。このくらい。簡単に逃がしてくれるわけがないからね。


私が大きくため息を付いた時、薄暗さのせいで確認できていなかった隣の牢屋の囚人が私に話しかけた。どうやら若い男のようだ。顔はよく見えなかったが、背が高い。百九十センチくらいあるかもしれない。男は私にこう語りかけてきた。


「お前も勇者なのか?」


「この世界じゃ勇者って複数いるものなんですか?」


「ああ、そうだ。七つの色の種類だけ存在すると言われている。真紅、深緑、群青、黄昏、紫紺、漆黒、純白の七つだ。そしてあの神父は漆黒の勇者の眷属だ。それぞれの勇者は対立していると聞くが、お前は一体何色なんだ?」


「私は...鈍色って...言われた」


「鈍色!?それ本当か?」


その男は突然叫んだ。まるで幽霊でも見たときのように腑抜けた金切り声のようでもあった。私はそんなに恐ろしいものなのかと思っていると、神父が戻ってきた。


「おや、楽しそうな話をしていますね。ラインラント君。この世界に完全に順応してしまって、もう前世のように獄中での執筆はやらないんですか?」


「書いたとしても、この世界にユダヤなんていないだろう?私は幼少期に芸術家として生きることを決めたんだ。それをわざわざ前世の記憶を蘇らせたのはお前だろう?」


もしかして、この人...?あの人か?じゃあ、ちょっと今は神父には居ないで欲しいな。


「ちょっとあっち行ってろ神父。今話してる途中だ」


私の乱暴になった言葉遣いに神父は失礼しましたとでけ言ってニコニコしながら帰っていった。私はふう、とため息を付いて彼に向き直った。


「あなたは...」


「私に前世のことを何も言うな。それはもう私の枷だ。一生下ろせないものだ。もう十分悩んださ。だが、これが結果だ。どうせ歴史の教科書では私が悪役として描かれているのだろう?」


「まあ、そうですね」


「その口ぶりからして、お前は未来の人間のようだな。それも相当後世の。...そういえば、私は未来ではなんと呼ばれているのだ」


「美大落ちおじさんとか、コカインおじさん...あとは」


「もういい。お前、日本人だろう?」


「なぜそれが分かるんですか?」


「あの国は一生変わらぬ侍の国だ。敵を異常なまでに美化する傾向がある。それも時代が進めばそれがトンチやバカを見る話に変わる。それがあの国というものではないか?」


まあ確かに、一理あるな。それにしても、この世界じゃ、ずいぶんと丸くなったものだ。前の世界のようにピンピンのピンにはなっていない。


「記憶は一部しか戻っていないのですか?」


「そうだな。ほとんど夢のようなものだ。ただ思い出せるのは、あの世界都市の構想と、虐殺の記憶。それから愛したものの顔だけだ。...それで、話を戻してもいいか?鈍色の勇者のことなのだが、あれは神話に出てくるものだ。レイスというこの世の諸悪が詰め込まれたものと同じ肩書だ」


「ふーん。そうなんですね」


「何も怖くはないのか?」


「ええ、特段には。私はやるべきことをやる、私のしたいこともする。結構自分勝手にこの肩書は振り回すつもりです」


「...そうか」


暫くの静寂があった。松明の炎が音を立てて三度揺れた後に、彼が口を開いた。


「スキルの使い方をおしえよう。お前は知らぬのだろう」


私が知らないと言うと、彼は私にこう言った。


「自分の見たものに語りかけるイメージを作って、その中のものと会話するのだ。上手く行けば使えるが、そうでなくては何も使えない。どうやら前世と触れ合えるようだが、私は一瞬ではねのけられたよ。魂は同じでも、その角が違えば全くの別人格になるらしい」


とりあえず私は感謝の意だけを伝えて、実践してみることにした。目を閉じ、瞑想する。松明の音も聞こえなくなるくらい、思考の深度を下げる。より深く、呼吸も、心音も聞こえないほどに、潜る。


ふと、花の香がした。あの景色が見れるだろう。だが...


まだだ。まだ思考は可能だ。もっと深く、より繊細に、まだまだ足りない。足先の感覚から順番に消えてゆく。腹のあたりまで感覚が途切れ、そこから意識が朦朧としてくる。


ついには首だけしか感覚が残らなくなった。そして、ゆっくりと、私は彼女の中に引きずり込まれていった。




              ◆◇◆◇◆◇




また来たの?


うん。あなたのスキルを使いに来た


スキルって言い方、私は好きじゃないわ


じゃあ、なんて呼べばいいの?刻印って呼べば良い?


そう、正解。スキルは前世の刻印を引っ張り出してくるものだからね


そうなんだ。それで、貸してくれる?


うーん。どうしようかな〜。そんなに偉そうにしたら貸さない


貸して下さい、って言っても貸してくれないんだよね?


まあそうねこの力は一歩間違えれば、痛みに悶絶して死ぬことになるから。でも、上手く扱えれば、どんな攻撃も喰らわない、最強の刻印になるわね


そうなんだ


ん?今気づいたのだけれどあなたの刻印、未発達ね。ただ魔力を氷に変換して撃ってるだけの氷魔法よ?


え!?そうなの?じゃあどうすれば発達できるの?


わからないわ。そんな事見たことも聞いたこともなかったし


え〜...


う〜ん...まあ仕方ないか。あなたは私だもんね。私の刻印あげる。化すわけじゃないから、あなたの体には刻印が二種類刻まれるけど、多分大丈夫よね。もしこれを耐えられなかったら、失格ってことで


え〜...いや、まあもらえないよりは良いか。わかった、あなたの刻印、もらい受ける。大切に使うから、安心してよね


わかった、じゃあ、こっち来て


うん


よし、これでオッケーね。じゃあ、息を思いっきり吸って...良し!そのままじっとしててね


誰かが私に抱きつく感触がして、すぐに彼女は私の中に溶けていった。その瞬間、私は一瞬にして現実まで急上昇した。




              ◆◇◆◇◆◇




「うっ...!」


激痛と様々な感情が体を縦横無尽に走る。吐き気がする。痛い。眠い。哀しい。腹が立つ。嬉しい。気持ちいい。苦しい。死にたい。死にたくない。見たい。食べたい。聞きたい。遊びたい。気持ち悪い。


あ、吐く


「うっ、オエ゛エ゛エ゛エ゛ェェ。ゲホッゲホッ。ウッグゥ...エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エエエ...ヴォエエ゛...ゴホッゴホッ。あぁ...」


一通り吐いた後、私は吐瀉物の海に沈み込んで気絶した。男が懸命に呼びかける中、神父とはまた別の男が助けに駆けつける足音だけが牢屋内に響き渡った。

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