19.教会...?③

吐瀉物の中から誰かに救出された私はどうやら今は医務室のような場所にいるらしい。まだ教会の中だ。使い古された蛍光灯のよな薄光に目をゆっくりと開けた。から入ってくるどうやら太陽の光のようだ。口の中はまだ酸っぱいものが残っていて、その味に顔を歪めた。


「お?起きたか?」


あの神父とは違う男が私が寝ているベッドの隣にいた。教会の服で、真っ黒だった。顔立ちはヨーロッパ系のような顔で、髪は少しモジャモジャしていた。口の中をどうにかしたかった私はとりあえず水を要求し、彼は私の言葉通りに水を汲んできてくれた。私が一気に飲み干すのをじっくりと見ながら彼は私に聞いた。


「あんた、牢屋の中で何見たんや?」


その特徴的な口調と、体からわざと微かに漏れ出される人間ではない、コルトたちに似た魔力が、私に彼が魔族であることを認識させ、安心した。私は大きくため息を付いて、深い瞑想の末に彼女に会ったことを話してみた。彼は一分ほどの熟考の末、一つの答えを叩き出した。


「まあ、そんな事聞いても、よう分からんわ」


ケラケラと高笑いする彼にぽかんと私は口を開いたままだった。じゃあどうしてそんな事を聞いたんだと言いたかったが、そこで神父が戻ってきた。あいも変わらず張り付いた笑顔で、私と目を合わせて。何も言わずに彼に何かを言って立ち去った。


暫くして彼は神父が完全に何処かに行ったことを確信したようで、私に語りかけた。


「ここは教会の地下一階の医務室や。まあ地下一階と言っても地下五階からの直通室やからな。そう簡単には出られへん。それでワイは元々ここのスパイやったんやけど、今はあの神父にバレてワイも一緒に捕まってるってことや」


え?あ、もう捕まってるんだ。じゃあ、どうしてここに私と一緒にいるのだろう。もしかしてあの神父が天才的な何か魔人を見抜くものを持っていたりするのか?刻印かスキルの類か?


私があれこれと考えているのには一切触れず、彼は話しだした。


「ワイはベートーヴェン。もちろん前世のことはきっちり覚えてんで。こっちでは武闘派音楽家として生きるって決めたんや」


武闘派音楽家ってなんだと思いつつも、あの有名な音楽家が私の眼の前にいるのだ。しかし、ノブナガのときほど、興奮は覚えなかった。なぜだろうか、と自分に問う必要もないほどにその理由は明白であった。


だらしない。それが全てだ。なんか敬語を使うのも馬鹿らしい程だ。


それにしても、この世界、少し転生者が多すぎやしないか?ノブナガに、ベートーヴェン、それに牢獄の中の彼。こんなに前世の記憶を持っている人間っているのか?


「この世界って前世の記憶を持ってる人間が多いの?」


私の問いに、彼は待ってましたと言わんばかりに大きく二、三回頷いて、自信満々に答えた。


「多分前世の記憶を持った人間は向こう側でもおんなじくらいおるんやろな。でも、こっちほど魂の存在が立証されとらん。しかもあっちは魔力文明じゃのうて技術文明やからな。余計魂なんちゅう非科学的なもんは信じられへんやろ。だから前世の記憶があると行ったところで無駄やし、差別の対象になりかねへん。だからあんたがこっち側に前世の記憶を持ってる人間が多いって思うんやろな。まあでもここの世界やったら魂の存在が確立されてるからっていうのも相まって向こうとは天と地ほどの差があるんやろな」


納得できるような理由で良かったと思うと同時に、意識が安定してきたからか、一つ言いたいことを思い出した。とっても重要なことなんだが、どうするつもりなんだろう。


「どうやってここから逃げるの?」


「そんなもん決まってるやろ。刻印でこの教会に穴あけんねん。ワイは広範囲型やから町ごと破壊しかねへんけど、お前やったら開けれるんちゃうんか?ちなみに魔法は使えへんで。対魔法用結界が教会には張り巡らされてるからな。無理に壊したら、その反動でこの街が吹っ飛ぶ」


「...私も広範囲型だから、使ったら、多分ここら一体が氷漬けになる」


「それホンマかいな...」


そしてわたしたちは正規ルートで脱出することになった。ん?どうして街を破壊して外に出ないかだって?そんなの決まってるじゃないか!正しい選択ではないからだよ!人をむやみに殺すのは良くない。私のポリシーに反する。


「じゃあ、どうやって地下に戻る?」


私がそう言うと、ベートーヴェンは考え始めた。私は大きくため息を付いて、部屋の扉を...扉が...ない?あれ、扉がないのにどうやってあの神父は出入りしたんだ?まさか...


「転移魔法やな。この部屋のどっかにあるはずや。ちなみにワイは何の考えもなしにここに来たから何も覚えとらんで!」


ドヤってまで言うことではないのに、彼は胸を張って言った。私と彼で数分探し回った後、本を一冊取り出そうと本を引き出したときだった。突然部屋の中が光りに包まれ、そして医務室は私達がもと居た牢獄に戻っていた。しかもそれは牢屋の外で、廊下の突き当りだった。恐らく最深部だろう。


不意に、牢屋の中から水滴の垂れる音が聞こえた。私は反射的に剣を引き抜き、警戒した。神父が来ると思っていたからだ。しかし人の声はせず、ただただ水滴の音が一定のリズムで音を響かせているだけだった。私は引き続き剣を抜いたまま、ゆっくりと一歩ずつ、君の悪い廊下を歩いていった。暫く歩いた時、私がいた所まで来た。やはり牢屋の中には相変わらず彼が居る。


彼は私達を見ても、表情以外は特に何も動かさず、わたしたちの脱出を手助けしてくれた。軽くお辞儀をしてわ足たちはさらに奥へと進み突き当りに差し掛かった。壁を押すと、そこから上下に分かれる階段が出てきた。これはベートーヴェンから先程教えてもらったものだ。彼が先に行こうとした時、ある一つの懸念点が私の頭をよぎった。


「これ、上で待ち構えられてるんじゃない?」


「...たしかにそうだな」


そういうことで私達はより深くへ一旦潜ることにした。ジメッとした薄暗くカビ臭い階段を降るのは少々肝が冷えた。




              ◆◇◆◇◆◇




長い階段を下った先には、とある一室があった。木の扉には無数の杭が打ち付けられていて、いかにも立入禁止の雰囲気を醸し出していた。私は好奇心からその扉を蹴破った。


「何?これ...」


大きな研究所だ。ここだけ、金属がふんだんに使われた厳重な研究所になっていた。縦に空いた大かなの真ん中には、足元が見えないほど巨大な魔物がいた。通路と梯子をわたって私達は一番下まで降りた。


「何やこのでっかい魔物...どこの文献でも見たこと無いぞ」


「ホムンクルスですよ」


神父!?なぜここに!まさか、バレていたのか?いやそんなはずは...無いとは言えないが...


「ホムンクルスやと!」


小説で見かけた程度の知識しかなく、よく分かっていない私に対し、それがなにか知っており、尚且つそれがヤバいものだと分かっているベートーヴェンで反応が二分された。


「何人...何人喰ったんや」


恐らく人間を生贄を必要とするものであろうということは分かったが、これだけ怒っているのだ。相当な人数だろう。恐らく何百人か、何千人単位か。私は神父の答えを待った。


「ぴったり五十万ですね」


私が思いも寄らない数字に驚愕するとほぼ同時に、ベートーヴェンはどこからともなく、ところどころ金の装飾が施された藍色に近い黒い槍を取り出し、神父を刺殺さんと突進した。神父はそれをいとも簡単に躱し、服の中から取り出された剣を引き抜いてカウンターの一撃を浴びせようとした。ベートーヴェンはそれを槍で受け、火花が散った。そして、数十回目にも止まらぬ速さで打ち合った後、距離を取った。


この一瞬で、これほどまでに命のやり取りが行われて、私はどうも恐怖してしまったらしく、足が動かない。かろうじて剣を抜くことは出来たが、手が震える。神父は恐らくベートーヴェンよりも強い。私が入った所でどうにもならないだろう。足手まといになって、二人共殺されるのは目に見えている。


だとすれば、することは一つだろう?そう、逃げるんだ。逃げた先で助けを求める。救世主と呼ばれているのだから、多少の話は通じるはずだ。


私はベートーヴェンに何も言わずに後ろを向いて走り出した。ベートーヴェンは何も言わずに、私を逃がすためか、私の思惑を知ってか、また神父と戦い始めた。


螺旋状に長く連なる階段を乗り、それから来た道を順番に戻った。地下五階、四階、三階、二階、一階、そしてつい日常の教会に戻ってきた。どうやら階段はパイプオルガンの後ろに隠されていたようだ。


教会内には神父の手下たち、つまりはシスター達五人だけがいた。手にはそれぞれナイフを持っている。そして私に何も言わずに飛びかかって来た。


急いで剣を抜いて戦ったが、連携こそ無いものの単騎あたりの実力はある。このままではジリ貧で負ける。


「刻印...」


「暫しお待ちなされ。勇者様」


いつの間にか私の後ろには人がいた。その瞬間の気の緩みに、彼女らは一斉に攻撃を仕掛けてきた。まずいと思い、防御姿勢を取った途端、彼女らの腕が地面にドサッという音を立てて落ちた。天井には血の付いたナイフが十本刺さっていた。驚いて後ろを振り返ると、天井に刺さっているものと同じナイフを持った...なんだこの人?まず人なのか?


レザーの硬そうなペストマスクを付け、目元の丸い窓からは目は見えなかった。マジックミラーのようだ。髪はモジャモジャしており、外国犬の耳のように首元まで垂れ、皮膚を覆っていた。そしてそいつは黒い羽のついた黒い帽子を被っていて、服装は黒いスーツに黒いシャツ、黒いズボンに白いネクタイというものだった。私がその異様な見た目に、たじろいでいると、そいつ少し笑っていった。


「吾輩はレイス教の司教。オシャンティーナと申すものであります。以後、お見知り置きを」


人を殺しておいて眼の前で優雅に自己紹介いされても返答に困るのだが、私は一旦お礼を言ってその場から離れようとした。そのとき、オシャンティーナは私が完全に見落としていたことを指摘した。


「あのホムンクルスが動かないという保証はあるのでしょうか?」


「...無い、が、どうすれば良い?私じゃあ、どうしようもない大きさだ」


「それでは、もしも今動き出したら勇者様には止められない、民を見殺しにするのも致し方なしという訳でしょうか!」


「そんな言い方なんて...でも、どうしようもないのは事実だ。それも仕方なとは、思ってしまう」


彼は少しの間を開けた後、大きく天を仰いで叫んだ。


「おお、主よ!貴方の預言は真であった!今!此処に!『始まり』は在った!」


何だ、こいつ。急に叫んで。神が実際にいて、それを称えるような内容。それに私を『始まり』と言って。気味が悪い。早く外に出て、騎士団にでも掛け合ってみよう。それまでベートーヴェンが耐えてくれれば良いが...


「勇者様!これをお使い下さい!さすれば、あの者を打ち取れるでしょう!」


彼は興奮気味の口調のまま、私に一つの小さな巻物を渡した。私はそれを不信感をつのらせた顔で開くと、そこには日本語が書いてあった。どうやらオシャンティーナ曰く、これを読み上げると強い技を撃てるとのことだ。試しに読んでみろと言われたので、ボソボソと呟いてみた。


すると剣は周囲の光を吸収し始めた。そして、渦巻き、世界は一瞬増幅され、そのエラーは早急に修復される。それによって生じた衝撃波は、剣を振ることで剣を伝いそして刀身にかかる遠心力に乗って波状に伝播した。教会のパイプオルガンとその後ろに在った壁は跡形もなく消え去り、裏路地がよく見えるようになった。威力はある。でも...


「もっと大きな声でやるのです。そうすればもっと強大な力が手に入ります。勇者様の魔力が持つ限りはですが。今ので大体魔力の三分の一を消費したというところでしょうか。最大火力で撃てば倒せるやも知れませんが、恐らく勇者様が死んでしまいます。どうか、無理はなさらないように」


その言葉を残して、オシャンティーナは忽然と姿を消した。我に返った私は、路地裏からいろいろな人に見つめられる中、すぐに剣を収めて、あの部屋へと走り出した。

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