31.太くておっきいホムンクルス

爆撃を開始して一時間後、上空にいる私達は地面に広がる地獄を見ながら大きくため息をついた。高射砲はとっくに沈黙し、敵の対空戦力はもうないに等しい。


しかし、こちらもだいぶん削られた。下から十数人しか居なかった部隊だが、もう私含め三人しか残っていない。二人ももう瀕死で、空中に留まることはできそうにもない。今考えれば、よく私の指示だけを聞いてくれたものだと思う。


指揮系統の軟弱な魔王軍において、混戦時の指揮官の多さは正直ありえないものだった。他のステルス戦闘服を来て飛んでいる魔道士達の指示には一切従わず、ただ私と共に行動してくれたおかげでここまで生き残ることができた。


私が帰ろうとすると、したから、対空砲の弾丸が飛んできた。そしてその玉は残り二人を的確に撃ち抜き、炸裂した。まずい、まだ完全にやりきれてなかったか。


全員が撤退しろと叫び、アチラコチラに撤退する中で、私は地上を見て、とある不審な物を見つけた。いや、不審ではないのだが、どうしてこの状況でこれが残っているのかが分からなかった。


あのホムンクルス。まだ撤去されずに残ってたのか。まあ動かないなら触らないほうが良いよね。なんか足元に大量の爆薬もセットされてるし、動いてもすぐに破壊できるようにしておいたんだろう。


私がそう思ったときだった。ホムンクルスの足元にあった爆薬に魔法が飛び火し、大爆発を起こした。


そして、ホムンクルスは何事もなかったかのように自分の足でそこに佇んでいたのだ。そう自分の足で、だ。この前私が核を破壊したのにもかかわらず、そして私の氷がもうさっきの爆発で砕けたのにもかかわらず、そいつはそこに佇んでいた。そしてそいつはゆっくりと目を開けた。


それから一度大きく深呼吸したと思えば、私達の方を見てこう呟いた。


「ご飯」


地響きのようにも聞こえたが、たしかにそいつはそう言ったのだ。


それからそいつは両手を広げ、その上に魔力を集中させた。黒光りする魔力は夜の街を照らし、そしてそれは発射された。分裂に分裂を重ね、少なくとも最終的には千発以上になった。


それは職種のように魔道士たちを捕まえ始めた。私はそれを剣で斬り伏せ、ホムンクルスへと急降下していった。そして、大元となる掌にあった職種の根っこを斬った。しかし反対の手は間に合わず、魔道士達は叫びながらホムンクルスの口の中へと入っていった。


私は急いでホムンクルスの首元を斬ってまだ生きていた数人を外に投げ出した。ホムンクルスは私を向いて言った。


「殺す」


その瞬間、ホムンクルスはその太すぎる腕には見合わないスピードで私をはたいた。一瞬意識が飛ぶほどの重圧と衝撃。私は遠くにあった時計塔に衝突し、血を吐いた。とっさの判断でスキルを使って肉体を再生させたがホムンクルスはもう次の攻撃を繰り出していた。


魔法による貫通攻撃。一発当たれば十発は確実に当たる。全部を避けながら、時々剣で弾き返して私は怪物の腕の前まで来て神印を使用した。


「神印・一式。閃」


そいつの腕を切り落とした。しかしすぐに再生して、今度は至近距離で魔法を撃って来た。


「略式神印・四式。滅」


四式。滅。それはめちゃくちゃ斬る型。とにかく防御に徹した技で敵の攻撃の順にナンバリングし、その順で斬る。万が一攻撃タイミングが同じなら、片方に近づいて順番をずらす。


私はホムンクルスの魔法およそ百発を全弾切り終えた。そして、もう一度高く飛んで今度は眼の前まで来た。


「略式神印・六式。旋」


私は光り輝く魔力を剣にまとわせホムンクルスの目を斬って、そして空中で一回転し、そのまま地上まで斬り続けた。魔力は暫くそこに残留し、傷を深くし続けた。核を斬った手応えがなかったので、恐らく私が前回破壊したものはダミーであったのだろう。ホムンクルスは暫く叫んだ後、地面に倒れ込んで、魔力を一点に吸収し始めた。ホムンクルスの肉体も、魔力に飲み込まれ、溶けるようにして一点に集まっていった。


そして暫くした時、完全にホムンクルスを飲み込み、球体となった魔力の玉は空中で留まり、そして爆ぜた。ものすごい爆風で周囲五十メートルほどの建物の残骸が一瞬でなくなり、私もそれに吹き飛ばされた。急いで立ち上がって剣を構えると、そこには龍の頭をした白く光り、目が赤い人型の何かが居た。


「お前、ご飯、ジャナイ...コロス」


ホムンクルスだと分かったときには、彼の腕が私の脇腹を貫いていた。


「カハッ...!」


血を吐いてうずくまる私を見て、彼はケタケタと笑って、最後の一撃をいれるために大きく手を振り上げた。急いで剣を伸ばして弾いた後、スキルを使って治療した。


そろそろ魔力の残量が怪しくなってきた。神韻をさっきから使っているのと、この剣の魔力消費量が思ったよりも応えている。正直もう足がふらつく。この状況で勝てる相手じゃない。


それから一旦私は助けが来ることを信じて防衛に専念した。


思っていたよりも彼の動きは単調で、攻撃方法が振り落としと突きしか無い。ただ、猛烈に速いので、正直権で弾くのでいっぱいいっぱいだ。私の元々の魔力容量の多さから、この剣さえ使わなければ明日までだって戦えるのだが、この剣だと後五分持つかどうかと言ったところだ。周囲を見渡しても、もうとっくに瓦礫さえも消し飛んでいるところにには武器の一つも落ちてはいなかった。


もう大分剣を振る手が止まりかけて、彼の攻撃が私の体をかすり始めたその時だった。後ろから見覚えのあるナイフが飛んできた。


「大丈夫ですありますか!我が『始まり』よ!」


オシャンティーナがやって来た。続いてアルタイルもやって来た。彼女は私に何も言わずに魔力を送った。十秒ほどして完全に魔力を補充できた私が立ち上がると、あるタイルが私の後ろでドサッという音とともに倒れた。理由は分からなかったが、私は彼女を一旦離れた瓦礫の間に押し込んで彼から隠した。それからアルタイルの刀を拝借して。オシャンティーナの元へと向かった。


後方支援向きのオシャンティーナがずっと戦っていたので、彼はこの短時間でもう満身創痍になっていた。私が刀を抜いて下がるように言うと、彼は何も言わずに退いた。ホムンクルスは依然として元気で、私を視界に収めるなりコロスと呟き突進してきた。


「二式。廻」


ホムンクルスの腕と脚を一本ずつもらった。しかしこの程度で一切動じる彼ではなく、すぐに私に向かって飛んで、その鋭利になった腕を振り下ろしてきた。


「八式。昇」


八式。昇。これは上から飛びかかってきた敵を自分からも向かっていって相手の攻撃タイミングをずらすと同時にこちらも相手を切りつける型だ。


しかしホムンクルスはその驚異的な身体能力で私の体の表面をその鋭利な腕でかすめた。私は、彼の胴体を斬り開いたと同時に急いでスキルで止血し、もう一度刀を向けた。この勝負、勝てる。


なぜなら、さっき確かに見えたのだ。核があったのだ。人間で言うちょうど肝臓のあたりに黒光りする球体があった。それを潰せばよいだけだろう。よし、やるぞ。これで決める。


私は大きく深呼吸し、剣を握った。そしてもう一度飛びかかってきた所で、肝臓の位置に向けて技を使った。


「七式。割」


七式。割。これは一瞬のうちに七回同じところを突くという常人には到底無理な技だ。多分私なら出来ると言って、パンドラは教えてくれた。そしたら私が一瞬でできた技だ。今でも一番得意で、この破壊力はよく知っている。


ホムンクルスの脇腹の一点に穴が空いた。


無い。


彼の腕が私の腹をもう一度貫いた。激しい痛みに意識が飛びそうになる。歯を食いしばった腕を切り落として距離を取った。完全に回復するまで、ホムンクルスの攻撃を流しながら考え、とある一つの結論に至った。


「こいつ、核を動かせるのか...!?」


その後考える間もなく、突き攻撃をしてきた。急いで躱し、適当なところを斬ってみた。するとそこに核があり、次の攻撃の時に斬ってみるとそこにはなかった。核を動かせるなら、と考えた瞬間に彼は攻撃を仕掛けながら叫んだ。あたったら真っ二つになりそうな魔力を込めた腕だ。私は刀から緋色の剣に持ち替えた。


「死ネ!!!!!!!」


「五式。滅」


からの、


「七式。割」


核が見えた、その部分に七式をぶち込んだ。核はひび割れて、ホムンクルスは一瞬のうちに魔力となって霧散した。剣を収め、刀をアルタイルに返しに行った。


あるタイルはもう座れるほどには回復していて、私から刀を受け取った。丈夫な刀だったので返すのが惜しい気持ちになったのは内緒だ。


「あのホムンクルス。普通のものとは違いますね」


アルタイルが言った。オシャンティーナも頷いていた。私が普通のホムンクルスとはどのようなものなのかを聞くと、彼女は少し説明をした。


「まずホムンクルスとは、生き物の一部、つまり人間の髪でも良いんです。それを少し入れた専用の核を用意してそこに魔力を流し込めば人形かそれに近しい形になって動く。それがホムンクルスで、通常は感情などなく、工事現場などで使い捨てとして利用されています。なにせ、時間が経てば消滅しますから」


「あれ?でもあのホムンクルスは消滅してなかったけど...あ、もしかして、人間の霊を使ったとか関係してるのかな...神父がそれっぽいこと言ってたし」


その時、アルタイルが驚いた声で私の両肩を掴んで叫んだ。


「何人ですか?一体何人食わせればああなるんですか?」


「五万...って」


「そ、そんな...」


彼女から力が抜けて、腕が地面に落ちた。相当悲しんでいるようだ。オシャンティーナはそれを無言で見つめていたが、そこに、聞き覚えのある声が入ってきた。


「おやおや勇者様。お久しぶりです。私のこと、覚えていますか?」


神父だった。アルタイルがその瞬間に刀を抜こうとしたが、オシャンティーナに止められた。オシャンティーナの目配せで何かを察したアルタイルは、剣を収め立ち上がった。私も立ち上がったが、剣は抜いていない。神父は近づこうとはせず、ただ私達を見ていた。その隙にあるタイルが私にスキルで消費した分の魔力を流し込んだ。


私の魔力が全開すると同時に、神父は剣を抜いた。


私達も剣を抜いて、戦うことになった。

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