32.悪魔と勇者と始まりと。
神父が剣を抜くとその剣を見た二人が驚愕した様子だった。アルタイルがオシャンティー名を放っておいて私に聞いた。
「もしかして、歩殿はあれと戦って生き延びたのですか?」
「ああ、まあそうだね。めちゃくちゃ強くて有名なの?あの神父」
「私のことを知らずに接近してきたとは、些か命知らずと言わざるを得ませんね。丁度良い機会ですし、私の自己紹介でもしましょうか。私は四大悪魔卿の破滅。破滅卿と人は呼びます。とある人物の依頼で此処に居たのです」
いまいちその名前を聞いてもピンとこない私に、アルタイルは囁いた。
「破滅卿と言えば、かのレイス様の一番の使い魔です。その実力はその名前のとおり、あらゆる者を破滅させ、時には文明も破滅させたと言われるほどの実力を持ったものです」
「おや、そんなことまで知っているのですか。興味深いですね、レイス教は。我が主(あるじ)の名を関する宗教など、主の逆賊程度としか思っていなかったのですが、主の死から百年たった今でもこうして語られているのですね。たしかにあの時渡しに関する記録は人間ごと抹消したはずなのですが...」
「それ以上は止めませんか破滅卿よ。いつまでも喋っていては埒が明きませんよ。さあアルタイルさん、我が『始まり』、行きますよ。破滅卿はいま聖戦の傷が完全に癒えてはいません。倒すことは叶わずとも、撤退に追い込むことはできましょう」
オシャンティーナのその言葉に私は頷き剣を構えた。破滅卿はあの時と同じように悪魔の姿に変身し、私達に剣を向けた。
「では、此方から」
ものすごいスピードで突っ込んできた。まずは左胸を狙ってきた。私は剣をかざして防いだ。
それから、神父は、不規則なリズムで剣をついてきた。ここではオシャンティーナが後方から投げナイフで防いでくれた。アルタイルは何もできずに立っているだけだったが、不意に何かをオシャンティーナに伝えてどこかへと走り去っていった。
私はそれから破滅卿との戦いを続けた。一回も刻印を使わない彼に、私も一回も刻印や神印を使わず、ひたすら魔力のない、ただの剣の戦いを繰り広げた。暫く戦った時、私の魔力の減少を察知したのか、破滅卿が一旦距離をおいて話しかけた。
「貴方の剣、そう言えば帰していませんでしたね。今返しますから、少し待って下さい」
なぜ返すんだとは言わずに、彼がコルトのように異空間に手を突っ込んでゴソゴソとして剣を取り出すさまをじっと見ていた。そして私の赤い剣が私の足元に投げられた。鞘には収まっていて、抜いてみると、あの時よりもきれいに仕上がっていた。
「なぜ手入れまでしたんだ?」
「実はあなたは戦争が終わり次第自由にしようという計画だったのですが、先に脱走され、契約期間中やることが無くなってしまいましたのでましたので、暇つぶしに、剣を磨いてみたのです。どうですか?」
「まあ、綺麗だけど...」
「それは良かったです。かれこれもう百年は磨いていませんでしたから。腕が落ちていなくてよかったです」
ニコニコと笑う彼にオシャンティーナが聞いた。戦闘は一体どこに言ったのかと言われるかもしれない程、その場は落ち着いていた。
「この際だからいくつか聞いておきますが、あなたは私達を殺すという意思があるのですか?それに、依頼主は誰なのでしょうか。最後にあなたはレイス様をどこまで知っているのですか?」
三連投の質問に、少し唸った破滅卿は暫くしてからニッコリと笑って口を開いた。
「私にはもう感情が殆どありませんので、意思もあやふやなのです。私はやれと言われたらやる。つまり人形のようなものです。依頼主のことについては言えませんが、彼はあなた達を殺せと入っておりませんでしたよ。ただ、監禁しておけと入っていましたが...あ、あと主のことについては口外禁止ですので、何も言えません。どうですか、ここで監禁されれば穏やかに住みますが」
「断る」
破滅卿はそうですよねと言って、もう一度剣を構えた。少しでも時間をかけるために、私がゆっくりと剣を構えたときだった。破滅卿が私の視界から消え、そして横の瓦礫に突っ込んだ。その場に居た全員が何があったか理解できなかった。勿論彼自身もだ。そして彼を攻撃したと思われる男が瓦礫の裏から飛び出てきた。
「僕は勇者、カルメンだ。君が歩だね。安心しな。僕が来たからにはもう大丈夫」
銀髪で齢十三か四ほどに見えるその少年か少女は綺麗な顔立ちをしていた。そして傷一つ無い鎧を着て、一本の鞘に収められた剣を持っていた。鞘と柄しか見えなかったが、いかにも勇者の持っている剣で、鎧は白銀色の光沢を持って、雲が透かした昇り始めた太陽の薄暗い光の中でも煌々と輝いていた。破滅卿はフッと笑って剣をもう一度構えて言った。
「私も久しぶりに怒りを覚えましたね。感情はてっきり無くなってしまったと思っていたのですが。感謝しますよ。勇者カルメン。そして、さようなら。主の幼馴染であっても、容赦はしません。全力で行きます」
ん?レイスって大昔の人って聞いてるんだけど...しかもオシャンティーナから貰ったあの本にも百年前に死んだって書いてあったし、生まれは確か八百年前で...超長生きの魔人だったはずだし...
「歩。そこを退いておくんだ。巻き込まれるよ」
カルメンは私を後ろに押して、オシャンティーナに預けた。私は剣を収めて一緒に帰ってきたアルタイルに一旦魔力を回復してもらってその経緯を聞いた。
「あの御方は、鈍色の勇者です。歩様は勇者ではなく『始まり』なので、別人です。そしてあの御方はレイス様の死から一切姿を見せていなかったのです。それで世間からは死んだと思われていたのです」
「それで私が勇者だって言われたのか...」
「いえ、最近では勇者ではなく救世主と言われてるんです。大魔神を討ち取ったのも彼でしたから」
ん?大魔神ってレイスじゃなかったっけ。その続きは本には書かれてなかったけど、そうだったのか。この人が...でも、一体何歳なんだ。軽く百は超えているだろう。
走行しているうちに、カルメンと破滅卿の戦闘が始まった。彼らは目にも止まらぬ速さでお互いの剣をぶつけ、所々からは火花が飛び散った。お互いの実力は互角でずっと剣を打ち合っていたが、私はとある事に気づいた。カルメンが剣を鞘を収めたまま戦っているのだ。私が不思議そうに見ていると、今度はオシャンティーナが説明してくれた。
「勇者様は人生で一度しか剣を抜けないのです。そしてまだ抜いたことはありません。大魔神と戦ったときでさえもです」
まあそれにしては、相手の剣の速度について行っているのだが、剣が尖っていないので結局はただの殴打武器になっているようで、神父が時々あたっているが、大したダメージにはなっていない。対して、時々攻撃を貰っているカルメンは、段々と剣のスピードが遅くなっている。
そして、カルメンの剣が弾かれた。
神父が大きく踏み込んで、鎧ごと貫通しようと腕を引いた。
その瞬間、私は間に入っていた。
神父の剣を弾いて、カルメンを引っ張って、剣を構えた。
「一緒にやりましょう。まだ動けますよね?」
カルメンはフッと笑って立ち上がった。幸いまだかすり傷だけで、大きな怪我はなさそうだ。
「全く...僕のメンツ丸つぶれじゃないか。でも、ありがとう。やろう」
そして、三人同時に技の詠唱をした。
刻印・勇者。
魔印・破滅卿。
略式神印・三式。瀧。
技が出た瞬間に、私達二人は確信した。
勝てる。
神父の連続の突きを私の技で弾き、その間を縫ってカルメンの打撃が何度も炸裂した。
流れる濁流の中を転がる岩のようにその一撃は重く響くものだった。かと言って岩に集中すると濁流に足を取られる。ここで出来る行動は、破滅卿にとって限られていた。
「今回はここまでで逃げましょうか」
しかし、濁流から背をむけると、足を取られる。至極真っ当なことを彼は忘れていた。
破滅卿は足を私に切られ、もう一度カルメンの重い一撃を顔面に貰った。そして神父は倒れた所に私が上空から飛びかかった。
「略式神印・四式。壊」
その剣は、体を真っ二つに裂いた。彼は叫ばず、己の運命を受け入れたような顔をしていた。そして、細い声で言った。
「これだから貴方とは殺り合いたくなかったんですよ。歩さん...」
そして破滅卿はそのまま黒い霧となって地面の中へと吸い込まれていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます