33.理不尽講和条約、締★結★成★功

魔王暦五三二年、五月五日、午後一時。魔王軍迎賓館にて...


「以上が我々魔王連邦の所望するものです。では、此方にサインを...」


そうして結ばれたのは超理不尽条約だった。


内容は、国土の十割を魔王連邦の本土に編入し、騎士団の解体及び元騎士団の人間は全て鉱山での労働に服させる。また、戦争の開始者である王族は全員即刻処刑で、賠償金はゼロ。他にも、地球との契約の即刻破棄、そして地球には新規契約として魔王連邦と同盟を結ぶことを確約させた。


―――そして、戦争から1週間後、前魔王の葬式が行われ、そして新魔王に正式にノブナガが就任した。就任演説では民衆の結束を確かめるとともに、さらなる産業の発展を約束し、国民により一層の期待をもたせた。


しかし、魔王連邦の明るい雰囲気とは反対に、敗戦国である王国では貧困と飢餓が進んでいて、国連もとっくにどこかへ行ってしまったようで彼の国は今最悪の状況になっている。まあ今度私達が派遣されるのがそこなんだが...


ん?なぜかって?それはね、私がホムンクルスと破滅卿を倒したところを周囲の人達がしっかり見てたからなんだよ。しかも私が魔王軍から来たということは一切知らないでね。まあサッシのいい人はここで分かると思うのだが、私は王国内でとんでもなくチヤホヤされる。なんとかバレずに帰って報告したが、それを何と良しとしてしまったノブナガが、私を王国の大使として魔王連邦の死者を迎え入れろと言った。


それで私と案内係兼護衛でコハルを連れて、あとから来る魔王連邦の王国復興担当の使者に先立って行くことになった。コハルは母国が壊滅したことを少し悲しんでいたが、やはりここでも私は歩殿の騎士だからといってすぐに立ち直った。


そしてその出発の日、私は転移石を使用して山脈の中腹にやって来た。いつ来ても寒いところだ。ちょっと地面を掘ればあんな大帝国があるなんて誰もまだ知らないだろう。コルトに居つ公表するのか聞いても、まだだとしか言わないから、この所少しウズウズしているのだ。


「歩殿。なぜ剣を二本も...?歩殿は片手剣一本で戦っておりませんでしたか?」


私が腰に赤い剣を一本、そして背中に緋色の剣を差していることを不思議に思ったコハルが私にキョトンとした様子で聞いてきた。私は簡単にだけ事情を説明することにした。詳しいことを言えば、また色々うだうだ言われそうだし...


「この背中の剣は持ってるだけで魔力を消費する剣で、体から離れないからずっと持ってるんだ。でもその分強いから最終兵器ってところなんだけどね。で、普段はこの赤い方を使ってるの。こっちは超一般的な剣だから、何の心配もいらない」


「ほぅ。そうなのですね。そんなものもこの世に存在するのですか」


感心した様子のコハルを横目に、私はこれ以上探られないために話題を変えた。


「コハルは、王国に家族は居なかったの?」


私のその言葉に、彼女は凍りついて、何も言わずに下を向いた。どうやらマズい質問をしてしまったようだ。慌てて私が謝ろうとしたときだった。


「良いのです。いつかは言おうと思っていましたから」


そう言って彼女は小さく深呼吸をして歩きながら話し始めた。




              ◆◇◆◇◆◇




中流貴族、コハル・ラクスアイヒマン


私はその名前をずっと嫌っていた。ラクスアイヒマンではない。コハルの方だ。私はずっとこの名前のせいで他の貴族の女の子たちにたちにいじめられていた。時には笑われ、時には靴を壊され、いろいろなことをされた。そして男はと言うと、名前なんて関係ないと言っていたが、彼らは私の体ばかりに目が行っていて、まるで説得力がなかった。


名付けの母は昔に他界し、父は仕事でずっと家に居ない。家の中でも、私はメイド以下の扱いを受けた。ドレスなんて一着もなかったし、靴もボロボロの作業靴のようなもの。馬の餌のヤりかえなど、階級にはそぐわないような仕事ばかりをやらされた。名前だけで人生が狂わされた気分だった。でも、そうじゃないと気づいたのは、わたしが十五の時だった。メイドたちがこんな会話をしていたのだ。


「コハルは異世界人の女の子だから汚い子だ。あんな子は生まれた時にさっさと捨てるべきだった」


私はそれ以来、人間の言うことが信じられなくなった。異世界人は見つかったらまず拘束され、尋問され、大隊はそのまま牢獄に入れっぱなし。私の母穂かろうじてそれから逃れることができたのだが、それはその容姿のお陰だったという。


私は、段々自分が憎くなった。この名前が、憎い。この容姿が、憎い。この地位が、憎い。この世界が、憎い。


そんなある日だった。私はとある人に出会った。私よりも年下のように見えたが、彼は大きいフードを被っていてよく分からなかった。彼は私を見るなり、少し興奮して言った。


やっと見つけた。と。


私は何がなんだか分からなかったが、彼は私に二本の短剣を渡してきた。それから、私の手を握って優しい声で言った。


「君は騎士団に入るんだ。君にはその才能がある」


私は何がなんだかさっぱりだったが、家の人達に騎士団に入りたいと言ったら、喜んで受け入れてくれた。これでやっと邪魔者が消える。そう喜んでいた。私も、もう虐められないと思って喜んだ。そして少し経ってから私は貴族という身分を捨て平民になり、騎士団に正式に入団した。


当時の騎士団は戦争を経験したことのない集団で、たるみきっていて真面目に武器を振っている者が馬鹿にされるという騎士道に背くものだった。私はそんな中で、自由に使う武器を選べるという、特殊衛兵部隊に入るために、日々精進を続けていた。周りの目こそあったものの、あの頃と比べたらどうということはなかった。


そして、その半年後、騎士団の初の実戦が行われた。群れからはぐれた魔物が越境して此方側にやってきて村を一つ壊滅させたのだ。一番近くに配属されていた私達の即応隊が出向くことになった。


そして、結果は誰の目から見たも明らかだった。一瞬にして私以外の騎士団が全滅。かろうじて生き残った私が戦闘を続行し、なんとか一人で倒しきった。


本国へ一度療養のため帰還すると、私はその功績を称えられ、晴れて特殊衛兵部隊に配属された。しかしそこでの風当たりは冷たいものだった。全員が死ぬまで体力を削った魔物をずっと隠れてたお前がとどめを刺したに過ぎない。そんな言葉が私を襲った。


ただの剣術では私は他の衛兵に劣ったが、彼に貰った短剣二本となると話は別だ。


短剣は私をいつだって導いてくれた。そう、短剣に導かれていたのだ。己の実力を軽く凌駕するほどに、自分の体が軽く動いた。短剣の導きに従わなければ、すぐにバランスを崩し転んでしまう。そうして私はモヤモヤしたまま、実力があるふりをし続けてきた。


しかし、歩殿に会ってからがすべて変わった。最初は、彼女も同じなのではないかと疑心暗鬼が止まらなかったが、一度彼女の鍛錬を盗み見したときだった。彼女は完全に武器を使っていた。普通の剣でも、どんな剣でも、彼女は自分の思うままに使いこなした。騎士団長でも、あそこまでは使いこなせていなかった。コルト殿もそうだった。歩殿ほど武器を使いこなしたものは居なかったそれは、魔王連邦や王国どこを探しても居ないだろう。


私はそんな歩殿を見て、私はこの人に着いていくべきだと思ったのだ。




              ◆◇◆◇◆◇




自分の生まれ育ちを語るだけでは飽き足らず、私のことまで語ってしまったコハルは、話し終えると同時に、我に返ったようで、鍛錬を盗み見したことを私に謝罪した。まあアレを見られた所でどうなるわけではないし...


私は彼女を鍛錬に誘った。彼女は嬉しそうに頷いていた。そして私は、聞きたかったことを聞いた。


「コハル、あなたは刻印をコピーしているのね?」


コハルの顔が一瞬曇ったが、すぐに小さくふっとため息をついて申し訳無さそうに言った。


「フェニー殿の刻印を使ってしまったことが許せないのですか?」


「いや!決してそんなわけじゃないんだ。ただ、今あなたがコピーできた刻印は私とコルト、そしてフェーちゃ...フェニーのもので、実際一番使えたのはフェニーのものでしょう?だから個人的に、なにか私達の刻印に違和感は感じなかったのか聞いてみたくなったの。コルトは刻印を二つ使ってるし、私は...まあ、ちょっと色々特別だし」


彼女は少し考えたあと、なにか思い当たる節が会ったようで、あっと声を上げて私に言った。


「フェニー殿の刻印は使う時にしっくり来る感じがしたんです。こう、何と言うんでしょうか。魂に刻まれる。そんな感じで、お二人の刻印は表面しか取っていない、言わば、形だけの刻印になっているような感じです」


まあ特別な刻印を使わないやつだったら問題はないということなのだろう。私が今度他の人のものを使って実験しようと考えていると、コハルが私に言った。


「そういえば、あの条約って...」


「ああ、あれのことね...」


二人共同じことを思っていたようで、笑みを浮かべてから同時に言った。


「「超理不尽だよね(ですよね)!!」」

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