34.戦争の爪痕
元王国に近づくに連れ、私に声を掛ける人間が増えてきた。小さな集落にも、私の噂が広まっているよようで。そして人々は決まったようにこういうのだ。
勇者様、救世主様。お助け下さい。と。
前来たときは救世主としか言われていなかったのだが、あの爺さんが広めたんだろう。今度あったらまた剣を磨いでもらおう。そう思っていると、いつの間にか私達は難民のキャンプに到着していた。
キャンプはたくさんの王国に済んでいた人たちが肩を寄せて暮らしていた。その数およそ五百人。王国の首都がほとんど破壊されたせいで、外壁から少し離れた森の近くの平地に散在し、キャンプを構えているようだ。そしてキャンプの数は魔王連邦の報告書にあるだけでも千個以上はあるらしい。この小さなコミュニティの中でも一応貨幣経済が機能していて、各自が持ち寄ったものを売り合っていた。
王国内の平民はほとんど避難していて、今残っているのは、政府の高官や、復興担当者、それに貴族などの領主たちだけだという。王族はもう魔王連邦で絞首刑に処されたので存在しない。流石に三歳の赤子までをも処刑したときは、ノブナガらしいやり方だと思い、それと同時に少々血の気が引いた。
コハルは顔がバレてはいけないと言って、魔王連邦から持ってきた銀色に輝くステンレスのような鎧を着ていた。周囲の目は私よりも、その輝く鎧に向いていた。私としては民衆が私によってらないから、いい隠れ蓑になっているようだ。
その時、後ろから声が聞こえた。
「あ、勇者様!」
聞き覚えのある声が私の耳に飛び込んできた。振り向くとあの時怪物を退治してくれと頼んできた少年ではないか。彼が此処にいるということは、家がなくなってしまったのだろう。かわいそうと思っても、ごめんねとは言えない。とりあえず軽く会釈をして立ち去ろうとした。
「お待ち下さい!少しだけでも宜しいですか!?話しておきたいことが...」
今度は女性の声だった。振り向くと、少年によく似た、凛とした顔立ちのお姉さんが居た。恐らく少年のお姉さんだろう。その必死そうな顔に応え、私は彼女の誘いに乗って少しだけ話を聞くことにした。二人に導かれて一つのテントに入っていくと、そこには彼女らの親族と思われる人がひしめいていた。全員痩せていて、食料が足りなくなっていることは明らかだった。彼ら彼女らは、私を見ると少し涙を浮かべながら、頭を下げた。
「この子の母親を救っていただきありがとうございます」
ああ、良かった。助かったんだ。私の顔から不意に笑みがこぼれ落ち、少年は私にあるものを渡した。これは...何だ?魔石の入った...指輪か?にしては綺麗だけど。あぁ、そういうことか...
「これはお礼です。僕のお母さんを救ってくれたお礼です。受け取ってく...」
「少年。済まないが君からの贈り物は受け取れない。君だけから贈り物をもらったら他の人も私に贈り物をしようとする人がいるはずだ。そうすると私は贈り物に溺れて誰から貰ったものなのか、それが誰だったのかがわからなくなってしまうでしょう?それに、たぶん私はこれからも君たちを何度も救うだろうから、今回受け取ってしまったら何回も少年は物を送らないといけなくなるでしょう?だから受け取れないんだよ。分かった?」
少年は一瞬戸惑って、目に涙を浮かべたが、すぐに微笑んで言った。
「まるで物語に出てくる鈍色の勇者カルメンみたいなことを言うんですね」
そうか。この子達にとっては大昔に死んだ人みたいになってるのか。まあ、時間が経てばそうなるか...
まあ、もう此処にいる理由もないし、さっさとここを立ち去ろうと思って、私は立ち上がった。
その時だった。大きな地響きとともに、キャンプに魔物が出現した。緊急サイレンが鳴り響くと同時に、魔物が雄叫びを上げた。イノシシの魔物だった。そう、あの時コルトと一緒に狩った食料が自らこのキャンプ地に来たのだ。これはちょうどいいかも知れないな...
「ねえ、お腹すいた?」
彼は何を言っているのかわからない様子だったが、頷いた。
「じゃあ、今から救うね。これで二回目。多分みんなお腹いっぱいになれると思うよ」
そう言って私はテントから出た。外には、避難民を襲おうと躍起になって照準を定めている肉がいた。私はわかりやすいように刻印で魔力を放出した。すると、他のテントを突き破って肉が合計で五つ私の眼の前に現れた。コハルに命令して、逃げ遅れた人や、怪我した人を運んでもらった。よし、これで暴れられる。
「刻印・発動」
肉はさらに雄叫びを上げて突っ込んできた。ちょうどよい距離になった時だ。
「極結凍土」
久しぶりに氷漬けにしたが、少し派手にやってしまったようで、凍らせすぎてしまった。これは削らねばならない。息の根を止めるために、一旦五分ぐらい待ってからコハルを読んで、コピーしたフェーちゃんの刻印を弱火くらいで使って解凍した。それからキャンプの人たちが恐ろしいものを見る目で見つめる中、私は肉を解体した。
避難民の中からシェフを探して、肉を料理してもらった。ただの焼き肉に過ぎなかったが、みんなは心の底から喜んでくれた。流石に五百人ともなると一回の食事で肉はすべてなくなってしまった。その後は、小さな規模でありながら、宴会をした。宴会は夜まで続き、私達はとりあえずそこで寝泊まりした。
それから数日間は、キャンプの人の食料集めや人助けなどを繰り返し、そこに泊まっていった。
そしてキャンプを出るときは、全員がお見送りに出てきてくれた。私達は笑顔で手を振ってキャンプから遠ざかった。
◆◇◆◇◆◇
暫く歩いて、私はコハルに聞いた。彼女も気づいていたはずだ。
「みんなわざと明るく振る舞っていたね。私は正直あそこにいるのが辛くて仕方がなかったよ。コハルは大丈夫だったの」
「そうですね...一見は楽しそうでしたが、目の光が一切ありませんでしたし...私も居心地の良い場所ではありませんでした」
「...私は結局救えなかったようだね」
「いえ、それは違います。少なくとも、イノシシのときは皆さん本当に喜んでおられましたよ」
「そうじゃないさ」
「では、どういうことでしょう...?」
「あの子の母親を救えなかったと言っているんだ」
「え?」
「あの子の目を見ていたら分かったよ。なんとも言えない、悲しい目をしていた。私は子供にあんな顔をさせてしまったんだ。わざわざ私のためだけに、つきたくない嘘までついて、自分の大切なものを...多分あの子の母親のものなのだろうけど、そんな物を渡して私を安心させようとしてくれた。あの子はすごいよ。私なら何で助けられなかったと言って、飛びかかってそうだね。何日もあそこに滞在して、毎日あの子の顔を見た。それが本当に辛かったんだよ。だから何かと理由をつけてさっさとあのキャンプを出たんだ」
「そう...ですか。あまり気にしないで下さいね。重すぎる枷なら、私も背負いますから。私は貴方の騎士ですから」
「そう言ってくれるなら助かるよ。でも、自分の枷は自分だけで背負うものだ。他の人を苦しめるものじゃない」
そして、その後の会話はほとんど生まれず、私達は日の暮れた道を歩きながら、ほぼ一睡もせずに荒廃した王国首都まで向かった。
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