35.勇者として、始まりとして

王国の正門は完全に破壊されていて、中心の大通りには瓦礫が積み重なっていた。さすがは魔王のやることだ。此処に私が加わっていたと思うと、今でも少し吐き気がする。でも、これが私の背負った枷なのだ。死ぬまで引きずろう。


「おや、まだ避難していない人がこんな所に」


「カルメン!どうして此処に?」


彼は鎧は着ておらず、後ろと前の生地が長く、教会にいる、神父とはまた違ったところどころに青いラインの入った服を着ていた。剣はしっかりと腰にさしていた。


「君ならここまで来るだろうと思ってね。ビンゴだったよ。ここまで大変だったろう...少し休んでいくと良い。と言っても、もう朝だけどね。まあそれでも、そこに宿屋があるから少し休みなよ。ひどい顔になっているからね」


「ああ、分かった。少し...休むよ」


安心感に包まれ、そこで私の意識は途切れてしまった。




              ◆◇◆◇◆◇




花の良い香りが私の鼻をついた。目を開けてみると彼女が居た。今回は意識がはっきりしており、彼女は私が来るなり、ニッコリと笑って言った。

「あ、久しぶり」

「うん、久しぶり。一ヶ月ぶりだったっけ」

「そうね。私、あなたが居ない間暇だったんだから。何度夢に化けて出てやろうかと考えていたと思う?」

「自分で制御できないんだもん。わからないよ」

「知ってるわ。からかってごめんなさいね」

「もう...でも私からコンタクトを取ろうとしていないから、あなたから来たんでしょう?それで、今日は何の用?」

「そんなに急かさなくたって良いでしょう?ここじゃ時間は私のさじ加減で、今はゆっくりなんだし。たぶん今、外では君が頭を打ったところだね。コハルとカルメンが...カルメン!?まだ生きてるのあいつ!?どんだけ生に執着するのよ」

「まあまあ落ち着いて。今の口ぶりからして、私の前世はレイスやカルメンそしてパンドラについてよーく知っている存在なんでしょう?」

「まあそうね。じゃあ今からその片鱗を見せてあげる」

そう言って彼女は私の前に手をかざした。そして、私の頭に記憶が流れ込んできた。


―――レイス!あれはパンドラじゃないの!彼はもうとっくに居ないの!だから、お願いレイス。もう、悲しまないで。一人で抱え込まないで。私がずっと傍に居てあげるから。


そして私はレイスの背中に手を回して―――


ここまでだった。彼女に聞いても、もう何も教えてくれる気配はなさそうだ。さて、それでは戻ろうか。

「じゃあね」

「うん。また近い内に」




              ◆◇◆◇◆◇




目を開いた。見覚えのある天井。ベガと止まった宿。私が守れなかった女の子と泊まった宿。もう考えたくなかった。だが仕方ない。枷は枷、だ。私は起き上がって辺りを見渡した。


「あ、やっと起きたのかい?コハルは今少し散策しに行ってるよ。じきに帰ってくるさ」


部屋の窓辺に肘を置いて本を読んでいるカルメンが居た。本のタイトルは【勇者カルメン】だった。自分の伝記を読んでニヤついている彼を見てうげ―っといたような顔をわざとしてみたが、特に気にされず、彼はまた読書に戻っていった。


私は起き上がって、体にひっついている緋色の剣を元の位置に戻した。彼は本を読みながら私に言った。


「君のその剣。本当に気まぐれなんだね。まさか君を選ぶとは思っても見なかったが、さっきよく観察したらその理由がわかったよ。ところでこの本、僕のことをやたら美しく書いてるけど、本を書いた人間はきっと素晴らしい人間だったんだろうな。歩もそうは思わないかい?」


結ばれた髪をなびかせドヤ顔をする彼に、再度同じ顔をした。彼は少し笑って本を閉じた私の手を取った。


「僕が元・鈍色の勇者として君を救ってみせよう」


彼は目を閉じてまるでプロポーズのようにそう言った。私もまるで助けを求めてきたあの少年のように、期待と不安に満ちた顔で頷いた。


その時、部屋の扉が開き、コハルが入ってきた。そして彼女は何を勘違いしたのか、持っていた果物などの食料一式を床にドサッと落として叫んだ。


「歩殿!カルメン様はもう九百歳をにゆうに超える魔神です!そんな老人より、私と...じゃない。とにかくそんな年齢差があるのに、不純ですよ!」


「歩は僕の命の恩人だからね。僕が彼女を救うのは当然のことだ」


カルメンが堂々とそう言うと、コハルはその場で凍りついた。そう言えばコハルは私が帰ったときからちょっとしかカルメンの話をしていなかったから、ギリギリの所で私が飛び込んだことは知らないのだ。


私は一旦コハルに説明すると、彼女はすんなりと飲み込んで、何だ、そんなことだったんですね、と安堵のため息を漏らした。カルメンもなんとか事情を察したようで、さっきからニヤニヤしてコハルの方を見ている。


私は一旦ベッドから降りた。足が重い。一体どれくらい寝てたんだ?


「ねえコハル。私って一体どれくらい寝てたの?」


「そうですね...三日程度でしょうか。もう王国復興担当者の代表はいらしてますよ」


「まじか...」


小声でそう言って、とにかく私は身だしなみを整えた。体から若干いい匂いがする。コハルがお風呂にでも入れてくれたのかな?


「お風呂には私と、それからカルメン様が手伝ってくれましたよ?」


あ、この娘、貴族出身で騎士団出身だから、男と混浴することが不思議じゃないタイプの人間なのか?嫌でも貴族出身ならそれはおかしいか...


「何でカルメンも入れたの?」


私が少し怒り混じりの声で聞くと、彼は鼻を高くして何の悪びれる様子もなく高らかに言った。


「僕は九百年生きた魔神だからね。今更女の体一つましてやそんなまな板じゃ...」


次の瞬間、私はカルメンをふっとばして、彼は宿の壁を突き破り大通りに倒れた。これで暫くは起きないだろう。全く、見た目は良いのに、中身が倫理のかけらもない。老害じゃねぇか。


「コハル」


「ヒャイッ!な、何でしょうか」


「次からは気をつけてよね」


「は、はいっ!」


そして、私が復興担当者の代表に会いに、宿を出たときだった。見覚えのある大男が私の前にいた。いや、正確にはそこで待っていたのである。スタ◯リンのような長いひげに、ズッシリとした体そしてずっと着ている重戦車の走行のような鎧。間違いない、チャキフスだ。上を見て、私はチャキフスと挨拶をした。


「お久しぶりです。チャキフスさん。あのときの投擲術は見事でしたよ」


「手助けになったのなら何よりだよ。よく生き残ってくれたな、歩。まずは生き残ったことに感謝しなければな。そして儂が魔王連邦王国復興担当者の代表のチャキフスだ。改めて、よろしく」


この人が担当者になったのかと思っていると、彼が手を差し出してきたので、私は彼と握手した。すると、彼の力に手が潰されそうになったので、私も握り返した。彼はおやっといった表情でさらに強く握ってきたので、私も強めに握り返した。それからは同じことの繰り返しで、私達はかれこれ三十秒近く握手をしていた。そして、疲れたので私が手を引っこ抜くと、彼は高らかに笑った。


「ガッハッハッハッハッ!歩、お前強いな。儂と力比べで張り合ったものなどいなかったのだが、いやはや、地球人は稀に怪物のようなものがいるのだな」


一人で満足気に語る彼を、あとから付いてきたコハルが怪訝な目で見ていた。それに続いてやっとのことで地面から起き上がったカルメンも、少し表情が曇っており、イマイチ状況が飲み込めていない様子だった。チャキフスは二人を見ると、私にあの二人はだれかと聞いてきた。


「女の子のほうがコハルで私の騎士。それからそこの銀髪は...」


急にカルメンが近づいて、大声で言った。


「ボクは大魔神レイスを討ち取った勇者カルメン。鈍色の勇者、カルメンだ」


これは言って良いことなのか?長らく身を潜めてたんだから、こんな所で言ったら誰かに聞かれて、大騒ぎになるかも知れないのに...


まあ良い。今はそんなことより私が眠っていた分の取り返しだ。恐らく一日は遅れてるだろうから、早くなんとかしないと...


「まあ、そう焦らなくてもいいだろう?君は『始まり』僕は『勇者』として、やるべきことがそれぞれあるはずだ。多分この計画は『勇者』のやる仕事だ。人には神から与えられた運命があるから、自分のやるべきこと以外をすれば身が滅ぶんだ。『勇者』は『勇者』なりに。『始まり』は『始まり』なりに、お互い頑張ろうよ」


カルメンのその言葉に、私の心が少し軽くなった。勇者として、始まりとして、か。なかなかいい言葉だ。それぞれにやるべきことがあるなら、私がすべきことは...


「チャキフスさん。カルメンの言っていることは本当なんです。だから、復興担当の架け橋はこの方のほうが良いかと思います。私は、キャンプから使える人材を補給してきます」


こんな事を出しゃばって言ったのだ。チャキフスに嫌味の一つや二つでも言われると思っていたが、彼は自分の髭を撫でながらニッコリと笑って言った。


「儂は信じるよ。この少年、いや、この御方がカルメン様だということを。この御方の目には嘘偽りが一つもない。それにその勇者の剣。それは紛れもない本物だ。それを抜けるのはカルメン様だけ。歩、良い友を持ったな。行ってくると良い。だが、できるだけたくさんの人材を補給してくるのだぞ」


「ハイッ!」


私は元気よく返事をし、一番近いキャンプから人員を補給していくことにした。

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