21.悪魔

もう一度、縦に長く、その中心にいる巨大なホムンクルスを拝むことになるとは思っても見なかった。未だ彼らの戦闘は続いていたが、ベートーヴェンの体のあちこちから鮮血が吹き出していた。浅く呼吸をしながら槍を構える彼に、神父は最後の一撃を叩き込んだ。


済んだ金属音が一帯に響き渡り、神父の剣は止まった。神父は少々驚いた顔を見せたが、すぐに間に入ってきた私から距離を取り、悠長に話し始めた。


「どうして戻ってきたのですか?」


私は何も言わずにそれなりに大きな声で詠唱の準備をした。しかしそんな隙を与えてもらえるはずもなく、何かを察知した神父は私を重点的に狙い攻撃を仕掛けてきた。攻撃を捌きながら、私は刻印を使った。


「刻印・極結」


神父の足が凍ったのと同時に、ベートーヴェンの足も凍ってしまった。ベートーヴェンはワイに構うなと言った様子で私を睨んでいた。私は刻印をつなげた状態で、あの呪文の詠唱に乗り出した。


『紡ゲ 渦巻ケ 万世ノ光 其ノ身ヲ 捧ゲ 神ト成レ』


詠唱が終わった。と同時に神父が氷から脱出して私を刺しに来たが、後はあの単語を言えば終わる。


「略式神印・二式。廻」


詠唱終了と同時に私に脇腹を神父の剣が貫いたが、私の狙いは神父ではない。あのホムンクルスの核だ。外から見たときにあからさまに出っ張った胸の魔力を帯びた巨石があった。あれを破壊すれば止まるという確証はなかったが、神父一人を殺してホムンクルスが外に出るより、ホムンクルスを倒して神父を逃がしたほうが目に見えて犠牲者は違うだろう。


私は剣が刺さったままホムンクルスの核へと向かって、周囲の光を飲み込んだ剣を振り上げた。剣の光は絶えることなくホムンクルスの核を焼き尽くした。神父は驚いて声を上げたが、ほとんど何も聞こえなかった。私は剣を振り切ると同時に力尽きてその場に倒れ込み、広がってゆく自分の血を眺めた。ここで死ぬ気はしなかったが、生き残れる気もしなかった。


薄れゆく意識の中で、微かに振動を感知し、自分を現実に引き戻した。


床が、浮上している?


「ホムンクルスは死にましたが、これが地上に出て倒れでもしたら、どうなるんでしょうね?」


神父がそう言ってかすかに笑った。私は屈辱の中、意識だけが肉体から離れることになった。




              ◆◇◆◇◆◇




もうっ、またこんな所に来ちゃって。今日でもう三回目よ?こんなに自分の前世に会いに来るものじゃないと思うのだけれど


ごめんって、そんなに怒んないでよ


まあいいわ。時間がないから簡潔にスキルの発動方法だけ伝えるわね


分かった


...こうやるの。分かった?


うん、じゃあ行ってくる


もう暫く戻ってこないでね




              ◆◇◆◇◆◇




「...戻ってきた、か」


体の痛みはない。傷はどうやら上手く塞がったようだ。神父の方を見ると、彼は本当に驚愕した様子で私の方を見ていた。まるでバケモノでも見ているかのような目で...あれ、視線がちょっとずれてる。私を見てるんじゃないの...?


「っはぁ、はぁ...こんなもんでワイが死ぬと思うなよ。悪魔め!」


ベートーヴェンが足を引きずりながら槍を構えていた。普通の人間ならもうとっくに死んでいるような量の血が出ているのにも関わらず、彼はまだ戦う意志を示している。神父は何も言わずに再び剣を取った。私も立ち上がって、剣を構えた。大きく息を吸って、ベートーヴェンと同じタイミングで神父に攻撃を仕掛けた。神父は先程とは打って変わって、急に早くなった。つまり本気で相手をしているのだ。


何度も剣を交えるうちに、ある違和感に気づいた。恐らくそれはこの場にいる全員が感じているものだろう。それを神父が一番最初に言った。


「あなた達、連携が全くと言っていいほど取れていませんよ?」


私は黙って悔しさを噛みしめるだけだったが、ベートーヴェンは、浮遊して槍を大きく天に掲げた。


「刻印・交響曲第三番」


刻印だ。今ここで刻印を使って、自分一人の力で神父を倒そうとしている。到底そんなことは無理だろうと思ったが、彼からは、異様な量の魔力を感じた。まさか、今まで魔力を制限していたのか?だが、一体何のために?


「制限からの開放による爆発ですか」


神父は落ち着き払った口調で言った。彼も流石に刻印の攻撃を躱したり受けることは出来ないと考えたのか、魔力を剣にまとわせて言った。


「魔印・破滅卿」


神父の体は闇に包まれ、そして形を変えた。顔は半分が刻印のような謎の模様で埋め尽くされており、剣を握っていない左腕は真っ黒で、金属のような光沢を持った指先の尖った腕になっていた。恐らくこれが神父の本来の姿であるというのは直感で分かった。そして、先程ベートーヴェンが言い放った、悪魔という単語が一番しっくり来た。そんな見た目と魔力をしていた。


私は完全に蚊帳の外にいたが、これだけは分かった。


「勝てない...」


恐らく、神父はものすごく強い。下手したらコルトよりも強いかも知れない。そして今ここで私達が殺されたら、最悪の事態になってしまう。どうする?考えろ、考えろ考えろ。


私が悩んでいる間に、ベートーヴェンと神父は戦闘を始めた。武器がお互いに触れ合うたびに火花が散り、建物全体が揺れるほどの衝撃波が走った。


「もう終わりにしましょう」


其の言葉とほぼ同時に、ベートーヴェンは何故か倒れた。いや、攻撃が早すぎて見えなかったのだ。ベートーヴェンはさらに血まみれになり、動くことはなかった。神父は、次はお前だと言わんばかりに私にジリジリと近づいてきた。


「あーっ、もう!やってやるさ!刻印・極結!」


周囲が一気に氷に飲まれる。ホムンクルスは腰まで氷漬けになった。これで暫く倒れる心配はない。さっき使ったあの大技は、もう使える感じではなさそうだ。


その時、私の中にとある疑問符が出てきた。私がさっき使ったあの技、昔に私が教えてもらった方と全く一緒だったけど、もしかして別の技も出来るんじゃないか?まあ、一か八か、やってみるか。


「略式神印・一式。閃」


あのときとは違い、私の剣は鋭く光った。自ら光を発していたのだ。私は神父に剣を向けて突進した。そして、私は神父とは刺し違う形になった。神父の剣は私の胸元を貫通し、私の剣は神父の足を貫いた。私の意識は一瞬にして薄れた。


かろうじて意識を保っている中、神父は何事もなかったかのように姿勢を立て直した。依然彼の傷傷は塞がっていない。私も彼女からもらったもので体が自然に回復した。そして私も立ち上がり、もう一度神父に剣を向けた。神父はまだやるのかと言った様子で一瞬表情が崩れたが、すぐに平静を装って剣を構えた。


「略式神印・三式...あれ?」


体から力が抜けた。もう駄目だと思い、詠唱を止めた途端に、体に力が入り始めた。もしかして、魔力切れ?もう一度試してみたが、やはり力が抜ける。神父は剣を収めて言った。


「もう地上ですね。今回は私の策略の失敗ですが、次はしくじりませんよ」


私は戦闘が終わった安心感と、魔力切れによる疲労で、その場に倒れ込んだ。最後、意識が途切れる寸前にコルトの姿が一瞬見えて、私はその安堵感によって意識を飛ばしてしまった。

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