24.山脈へと
王国から脱出し、そして森での戦闘を生き残り、捕虜を連れて、私達は今、魔王城への帰路へとついている。そして、私達が通っている森には地球のヘリコプターや戦闘機、軍用ドローンなど、わたしたちの情報はもうすでに国連の方に回っているのだろう。
私達は森や、岩の物陰など、上空からは見つからないように歩いたが、どうやらいつの間にか見つかっていたようだ。装甲車のエンジン音や戦闘ヘリのプロペラ音など、一個機甲師団レベルの大部隊が近づいてきたようだ。まあ...ね。仕方ないよね。現代技術からはいくら頑張って隠れても逃げられない。原理や理屈はわからないけど、逃げられるはずがなかった。
コルト達はまだ地平線に麓が隠れている山脈を見て、大きくため息をついて、まだ見えない敵に向かって言った。
「まあ、バレるか」
コルトは剣を抜いて応戦の準備をしたが、流石に機関銃が何百艇もあるので、全てを避けたり、あの時のように切ったりすることも、ましてや一度戦闘になれば走って逃げることも出来ない。
「では、私達が残って少しですが応戦いたしましょう。いざとなれば教会に帰るための帰還石はありますから。恐らく二十分の足止めが限界でしょう...」
「だが、二十分で逃げることが出来たとしても、すぐに追いつかれるだろう。俺も一応帰還魔法が使えるけど、それだと俺だけしか帰れない。歩だけを残して帰ることも出来ないし、どうするか...」
「それでは、私の力でどうにかできると思います」
コハルが名乗りを上げて、真剣な顔で説明を始めた。
「まず、私と歩人質として使うんだ。彼女は救世主としてあの国では重んじられる人間で、私は一応は王族の血を引いている。そのことは国内でも出回っているから、私達二人を人質にとって、本国への帰還を要求したら、なんとか帰ることは出来るだろう。だが、問題なのは、人質を取るという汚れ役を誰が演るかだ」
「汚れ役なら俺に任せろ」
コルトがそう言って立候補した。だが、コルトは一応腐っても十騎士。軍のトップがそんなに汚い真似はできないだろう。すると彼は少し微笑んで心配する私に言った。
「俺は帰ったらすぐに十騎士を引退するつもりだ。だからそんなに心配するな」
「...分かった」
エンジン音がもうすぐそばまで来ていた。コルトは剣を私達二人に向けて軍が現れるのを待った。オシャンティーナとアルタイルは何も言わずに武器を抜いて私達二人に突きつけた。
そして、森の中から大きな装甲車が何両も、それの随伴歩兵も銃を持って出てきた。彼らは私達を視認するなり、銃を構えたが、射撃はしなかった。
「人質を放せ!そうすれば命を助けてやる!」
装甲車の中からおもそうな軍服を着た老兵が出てきて叫んだ。どうやらこの部隊の指揮官のようだ。顔には無数の切り傷の跡があり、いかにも歴戦の将軍という言葉がふさわしい人物だった。
「お前たちがあと一歩でも動いたらこいつらは処刑する」
「しかし、連れ帰った所で、コハル様は殺すのであろう!コハル様!ご英断を!救世主様も、早く!」
「...にたくない。私はまだ死にたくないです!」
コハルが泣きながらその言葉を発した。将軍はたじろいだ様子を見せたが、大きくため息をついて言った。
「所詮はただの村娘の家系に過ぎなかったか。総員撃て!」
予想外の行動に、コルトは私達を後方へと退避させて、一瞬のうちに防御魔法を展開した。降り注ぐ銃弾や砲弾の雨を一面に受けた防御魔法はすぐにヒビが入り、今にも壊れそうな程に軋んでいた。私は緋色の剣を抜いて叫んだ。
「刻印・極結!」
フルパワーで刻印を使った。前方にあるもの、コルトごと部隊を凍らせる気でやったが、コルトは寸前で躱した。そして氷の波は歩兵たちを襲い、歩兵の腰までが氷に浸かり、装甲車も動けなくなった。その瞬間にオシャンティーながナイフをありったけ投げ、歩兵の首元にナイフを次々と刺していった。アルタイルはコルトの隣に移動し、防御魔法の維持を強化を手伝った。
その一瞬の戦闘が終わり、歩兵が半分削れた。しかしもう半分の果敢な攻撃により、オシャンティーナが右腕と胸に一発ずつ被弾し、アルタイルは腹部に銃弾をもらった。仮面の二人が倒れたことで、敵の攻撃が一旦止んだ。
その時、コルトが小声で狼烟を詠唱、発動した。
周囲が黒い霧に囲まれた瞬間、私はコルトのして欲しいことが分かったような気がして、敵陣に向かって剣を構えた。
「略式神印・二式。廻」
周囲を光の筋が通り、装甲車や歩兵ごと真っ二つにした。初めての人殺しは何の感触もなく、私は愉悦も恐怖も何も感じなかった。ただ、少し震えたが、すぐにそんな事にかまっていられる状況ではなくなった。
ヘリコプターの機銃掃射が行われたのだ。コルトと私は怪我人を岩陰まで運び、防御魔法を展開し、二人に回復魔法をかけた。コハルは置いてけぼりにしたが、撃たれることはなかった。しかし、さすがはヘリコプターの機銃。銃弾の密度が段違いだ。物陰から顔も出せない。
そう思った瞬間、私達の目の前にミサイルが着弾した。破片をひとつも喰らわなかった私が不審に思って周囲を見渡すと、オシャンティーナの能力で、ギリギリ地下に避難できていたという事がわかった。上空ではまだヘリコプターはミサイルを撃ち続けているが、オシャンティーナはコハルとコルト、それから私を一つの岩の上に乗せ、射出しようとしていた。
「耐えて下さい。我らが始まりとその仲間たちよ...!」
私達が何かを言う前に、オシャンティーナは私達を山脈方面へと射出した。ヘリの直ぐ側を通り過ぎ、彼らはヘリの注意をひくためにさらに攻撃を仕掛けて、足止めをした。上空から見ると、彼らの周囲にはもう歩兵など、援軍が多数集まってきていた。
ありがとうも言えずに分かれた私達は、山脈に向かって、雲を突き抜け、そして落下していった。
◆◇◆◇◆◇
着地する寸前、コルトが私達二人を風魔法で小さく打ち上げ、衝撃を和らげてくれた。コルトはと言うとそのままのスピードで地面に突っ込んだのにも関わらずピンピンしていた。さすが十騎士団長だ。
コハルは私達に謝罪したが、コルトは何も思っている様子ではなかったし、私もそこまで気にはしていなかったのですぐに許した。しかし、私は一つ聞きたいことがあった。
「あの命乞いって本心からなの?」
「勿論だ。まだ十九だからな。死にたくはないと言って何が悪い」
年下の前でそれを言うのかと思いつつも、コルトの後を追って山脈を進んでいった。しかしコルトは山脈を越えようとはせず、ある所に向かって直進しているように見えた。私はそのことを彼に聞いてみた。
「コルト君。何で山脈を超えて戻ろうとしないの?」
彼の答えは意外なものだった。
「ここらへんに俺の作ろうとしている要塞国家があるからな。今からそれの進捗具合を見に行く」
「...あれ、これって言って良いことなの?」
「もしも俺の計画に賛同できないなら今ここで殺すが」
「喜んで賛同させていただきます」
私がそう言うと、コルトは少し微笑んだ。こう見ると、最初からはずいぶんと丸くなったものだなと思い、少し親面をした。コハルはまだ何がなんだかわからない様子でキョトンとしていたが、死にたくはないと言っていてので賛同はするだろう。
暫く標高の高い山道を歩いていくと、明らかな人工物があった。直方体の金属の箱には、巨大ロボでも出入りするかのような大きなゲートが作られていた。
「ここは第一ゲートだ。まあ、つまり正門ってとこだ。ここから三百メートル地下に俺達の作った要塞がある。じゃあ、見に行くか」
コルトがそう言って、扉に手をかざすと、扉は素早く、無音で開いた。私達が中に入ると、自動で施錠され、そのままコルトについていくとエレベーターがあった。わたしたちはそれに乗って、地下へと向かった。
「こんな技術、どこから持ってきたの?」
私がそう聞くと、コルトは鼻を高くして言った。
「地球から科学者を数人、拉...保護してな。見返りとして技術を伝えてもらって、後は魔法で削ったりしてなんとかしたんだ。賛同者が多かったおかげでここ五年でもう完成する。後は参謀本部室だ。あれもあと数日で完成するだろう」
「じゃあ、電気はどうしてるの?全部魔力ってわけにもいかないだろうし」
「その点も大丈夫だ。雷魔法が強いやつ達にお願いして、今後一万年分の電力はもうある」
私達がそんな会話をしているうちに、最下層についたようだ。そうやら最下層は国家の中央機関が全て眠っているらしい。どんなものかと期待に胸を弾ませていると、エレベーターの扉が開いた。どうやら最下層のとあるビルの上につながっていたようだ。
空は夜の闇のように暗かったが、都市群のビルを上から見下ろす形になっているこの景色はまるで映画のワンシーンのようだった。都市構造は完全に現代の地球のものであり、重厚感のあるビルや、サイバーパンクのような整備され、ネオンのが煌めく道路は、完全に近未来のものだった。
道路には路面電車のようなものが何本も通っており、自動車事故は起きなさそうだ。そしてなぜか地下空間にもかかわらず、風が吹いており、それがこの地下空間の広さを改めて認識させた。
コルトは、私達の方を向いて笑って言った。
ようこそ。要塞国家『アトランティス』へ。と
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