25.二人はデスキュア★
あれから一ヶ月が経った。
まず帰還して最初は捕虜をどこに預けるかであったが、そのへんの牢屋に入れていても、元王国栄誉近衛騎士団なので、普通に牢屋が捻じ曲げられる可能性があった。なので一旦は、手錠と首枷をして、一番魔王城から離れていて、かつ常時人がいるからという理由で私達のギルドに、そしてさらに万全を期すために常に十騎士の誰かが見張っておくという措置が取られた。
とすると、十騎士の内一人がずっと任務や護衛にすらつけないという自体が発生した。しかし一週間で彼女を私が異世界トーク丸め込んで、お友達関係になったことで脅威が消え魔王が名目上十騎士の人件費削減のために私達の案を承認し、その問題はなくなった。
事実、彼女はとっても陽気な女の子で、わかりやすい性格をしていた。そしてなんといっても彼女の最大の特徴なんだが、とてつもない忠誠心だった。一週間かけて地球式懐潜り込み大作戦を決行し、成功。彼女は私の忠実なるお友達になった。だが魔王軍に手を貸すほどではなく、ただのお友達だ。首枷と私につけた腕輪を魔力で結ぶと、絶対服従が彼女に貸されるという仕組みで、怪しい動きは出来ないようになっている。
そして今度はコルトと私の話だ。
コルトは返ってくるなり十騎士を魔王の静止を振り切って辞めた。十騎士への根回しを先にしていたため、過半数の賛成により、コルトは十騎士脱退を許された。それから、新しい十騎士団長にはまだ誰も入っていないようだ。実質九騎士だ。
そして私だ。帰ってくるなり、フェーちゃんが私に飛びついてきた。フェーちゃんもこの期間にスピードの特訓をしていたようで、成果は素晴らしいものだった。普通に目に見えない。コルトも見えなかったようで、少しばかり驚いていた。最近は剣術もノブナガの所で一緒に習っているようで、格段にうまくなってきている。しかし、ベガの訃報を聞いたときは暫くの間暗い顔をしていたことを記憶している。
それから私は救世主のことについて色々調べたのだが、魔王連邦には詳しい資料などはなかった。かわりに、オシャンティーナ達からの手紙が送られてきて、そこには意味の分からない宗教言語で綴られた救世主が描かれていた。この解読は今もやっている。間違ってほしくないのが、読めないのではなく、意味がわからないということだ。遠回りに遠回りを重ねて難解な文章になっている。恐らく聖書から抜粋ってところだろう。
ここまでがこの一ヶ月であったことだ。
「あー疲れた疲れた」
私は一度日記を書く手を止めた。コハルが不思議そうに私の日記を覗き込んできた。
「日記...か?」
「うん。そうだよ。私がこっちに来てからのことを今まとめてたんだ。名付けて...」
「名付けて...?」
「『荒廃世界に召喚された少女の冒険譚〜異世界に飛ばされたと思ったら特殊スキルで無双〜』ってどうかな」
「まず少女じゃないと思うんだが...」
「絶対服従」
「...了解。でも、その日記の名前だと長すぎやしないか?」
「そうなの?じゃあどこを削ればいいかな」
それから二人で色々考えて、最終的な結論として出たのが『荒廃日記』だ。私達はそれで納得し、私がノートの見出しに大きくその四文字を書いた。コハルには読めなかったよだが、外国の言語が読めるようになる魔法を教えると、満足気に頷いていた。とりあえず日記の名前はこれで決まり、私達が訓練に向かう時間になった。
剣を一本担ぎ、地図を片手に、私は半分不安で出かけた。今日はコハルとフェーちゃんの初の対面だ。捕虜を見張る役にはあたっていなかったからだ。コハルの武器は一応私が預かっている。彼女の武器は短剣で、刃部がエメラルドグリーンの光沢を持ち、そして特徴的な見た目をしたものだ。人間も頑張ったら私のように刻印が使えるらしいので、今日はそれを教えてもらうことになっている。
◆◇◆◇◆◇
「アユミン!久しぶりだね。この前は心配してもらってごめんね。もう大丈夫だから。それで、その娘が...おいお前。単刀直入に聞く。貴様はアユミンの何者だ」
「え!?フェーちゃん!?会っていきなり...」
「私は歩殿の騎士のコハルであります!」
全く動揺せずに契約したこともない騎士のことを口走ったコハルの挨拶に戸惑いを隠せず、とんでもない表情になる私を置いて、フェーちゃんはさらにコハルに噛みついた。暫く押し問答をして、ある質問が飛んだ。
「ではコハル。貴様はどうやって歩と出会ったのだ」
「っ!...それは」
頬を赤らめるコハルに、フェーちゃんは勝ち誇ったような顔をしていたが、コハルの衝撃の一言で態度が一変した。
「あ、歩殿が、全裸で私を押し倒して...」
「ちょっと待て、言い方がまずいぞ。それじゃ私はただの露出狂だ。あれは事故だ。フェーちゃんこれは...」
うっわ。泣いてる。何でぇ?もしかして私がフェーちゃんと友達辞めたみたいに思ったのかな。とりあえず謝っておこう。
「あー、えーと。ご、ごめんね。そういうわけじゃなくて。私はフェーちゃんのことは今も好きだよ?」
その言葉にフェーちゃんは一瞬で泣き止んで私に無言で抱きついて、ヨカッタ、ヨカッタと鼻声で言った。コハルはそれを怪訝な目で見ていたが、フェーちゃんが完全に元通りになる、フェーちゃんはコハルとマンツーマンで刻印の授業をし始めた。私はその間、コルトから渡された、今後の国連や地球軍の動向についての報告書を読んだ。
来月に宣戦布告無しの全面進行が迫る中、国連は部隊を四つに分けて各方面から攻撃することになっている。まず、魔王城周辺の平坦な土地に、あらかじめ掘られた塹壕がある。それを使って三つの陣地を形成している。現在それは魔法で隠されているため、探そうとして変に刺激して作戦を変えられるより、このままのほうがよっぽど良いらしい。
そして残る一つの部隊は、山脈付近で飛行場を設計。空軍だけではなく陸軍基地も併設されており、恐らくここが作戦司令部となっているのだろう。
まだ作戦の全容は把握できていないが、こちらは敵の情報が流れてきていることを隠しているので、おそらくは戦争に勝利できるというのが彼の考えだ。敵のスパイにはコルトが偽の情報を渡しているらしい。さすが、何でもやってのける男だ。
そのコルトはと言うと、臨時で設立された魔法・魔術兵器研究部に呼ばれて出張中だ。もう数週間顔を見せていない。流石にそろそろ心配になってくる頃なのだが...
「じゃあ始めようか!」
私そっちのけで、フェーちゃんが刻印の使用方法を教え終わっていたようで、実践訓練が始まった。例の如く、あの結界が張られて闘技場で行われるとのことで、移動した。二人は武器を取り出し、向き合った。コハルは私が握りつぶした鎧も含めて、あのときの鎧を着ていた。黒い兜と重厚感あふれる鎧には到底似合わない短剣を持っていた。あの子もスピード型だろうから装備は最小限でいいのにと思いつつ私は観客席で近くの店で買ったフライドポテトを貪りながら観戦した。
フェーちゃんの装備は以前とは打って変わって、あの重そうな鎧装備はなくほぼ戦闘服一枚と言った様子でスピードに極振りした物になっていた。
「始めッ!」
フェーちゃんの勢いの良い声とともに、コハルが刻印の詠唱を始めた。どうやらこの間、フェーちゃんは待っていてくれているようだ。
「刻印、発動!」
技名はまだ聞こえてこなかったのか、一番最初の私と同じような詠唱の仕方だった。しかし、私と決定的に違ったところは、彼女がいくら詠唱しても、自身の生物としての格を超えたときに出るあの不思議な文様以外、何の魔力も感知されなかった。
今始めてみたが、彼女の刻印は体つきに出た。彼女は、耳が伸び、エルになった。マジだ。エルフだ。エルフになったんだ。なにげにこの世界に来てからエルフなんて見たこともなかったから正直少しだけ嬉しかった。フェーちゃんは首を傾げておかしいなと言った様子で私に声をかけた。
私が闘技場内に侵入し、コハルをじっと見た。何かおかしな所はないかと隅々まで見るフェーちゃんと、エルフ耳をじっと観察する私を前にして、コハルはじっとして動かなくなった。
しばらくすると、刻印が消え、元通りエルフ耳も消え人間に戻った。
「おっかしーな...さっきは魔力を感じれたのに...」
「じゃあ、さっきと同じ方法でやってみたら?」
「でもさっきのは私も一緒に刻印を使って共鳴させたから、今度やるとアユミンのコハル焼いちゃうよ。まあ結界で回復するけど...精神面がね」
「うん、良いよ焼いちゃって」
「え!?歩殿!それは」
「絶対服従」
「...了解」
そういうことで、仕切り直して戦いが始まった。フェーちゃんが刻印を発動した瞬間にコハルも同時に刻印を発動するという作戦だ。
「刻印・獄炎」
初めて見る彼女の刻印の炎は、一瞬周囲を完全に炎で包み込み、それからその炎は剣に集約される。その光は、まるで太陽のように明るく、そして暑かった。
フェーちゃんがその剣を大きく天に掲げた時、コハルも刻印の詠唱をした。
「刻印・獄炎」
その場にいた全員、開いた口が塞がらなかった。なぜ全く同じ刻印を使えるのか、そして見たこともない刻印なのに、剣の動きまで同じなのは一体なぜなのか。コハルの短剣は強い魔力を受けて曲がり、直剣の形になった。動揺して全く動かない二人に私は声をかけた。
「そのまま続けるんだ!」
十騎士の刻印が二つ。恐らくどちらも同じ威力だろう。なぜコハルがそれを使えるのかはわからないが、私はその高火力同士がぶつかるところを見たかったのだ。
そして、一瞬の躊躇いの後、二人は同じタイミングで切り込んだ。
そして、剣先が触れた。
その瞬間、世界に太陽がもう一つ増えた。もしかしたら王国からも観測できたかも知れないような、炎の柱が、闘技場の結界を突き破り、天高くまで昇った。
暫くして視界が太陽一つ便の暗さになれた所で、私はとある事に気づいた。
「結界...!」
私は急いで闘技場の中に駆け込み、二人が剣を合わせた場所まで向かったが、そこには彼女らの剣しか落ちていなかった。私はその時、二人があの衝撃で蒸発してしまったのかと思い、切望の縁に立たされたが、すぐにフェーちゃんのうめき声が聞こえた。
「フェーちゃん!大丈夫!?」
フェーちゃんは片腕がなくなっていて、そして反対側を向くと、コハルが両腕を失って倒れていた。結界は消滅こそしていなかったものの、あの一撃でもう結界は自壊する。その事を感じたのか、フェーちゃんがかすれ声で言った。
「戦闘...終了」
そして二人は元通りになって、私は二人に叱られた。正座した状態で、三十分くらい。ずっと叱られたが、流石に可哀想とでも思ったのか、フェーちゃんが私に手を差し伸べた。それと同時に、コハルも私に手を差し伸べた。
私が二人を見上げると、なんだかとても頼もしく見えた。一度死の瀬戸際を経験したからなのか、面構えが違う。そして、ふと西日に照らされる彼女たちを見て、こう思ってしまったのだ。
プ♥キュアだな、と。でもこの場合、相手は灰燼に帰すから、デスキュアか、と。
そして私は、二人はデスキュアと言って欲しいとお願いしてみた。すると暫く悩んだ後、二人でコソコソと話し合い、私の願いを承諾してくれた。
そしてその台詞がこちらである。
「神が燃え盛るような真紅・フェニキュア★」
「万物を焼滅させるレッド・コハキュア♥」
「「二人は、デスキュア★」」
それから私は二人に魔王城下町で一番いいレストランで、彼女たちをたらふく食べさせることになってしまったのだ。
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