12.外の世界

ノブナガの件から約三ヶ月が立った頃、正式に任務の通達があった。


【王国に潜入し、その情報を得よ】


とのことだ。


この三ヶ月の間は、本当に色々あった。フェーちゃんと実践形式で戦ったり、刻印の練習もして、新技も覚えた。それに魔王軍の視察にも連れて行ってもらったりした。色々やって楽しかったけど...


「やっぱり普通のことじゃ刺激が足りない体になっちゃったね」


ギルドの前で一人で呟いた。


あの日から、剣を握って、魔法を知って、物理法則も消し飛んだ。それに、謎のこの腕輪も。ずっとついてる。お風呂のときもずっとついてる。取れない。いやスライドはできるからあんまり困ることではないんだけど。


「ただいま。私はもう準備完了だよ!コルト君は?」


リビングの掃除を終えたコルトは私を見て武器庫から剣と装備を取り出して私に押し付けた。


「ああ、大丈夫だ。行こうか」


「じ、じゃあ、行ってらっしゃい!エリーはずっと、グスッ、ここで待ってるからね!」


半泣きのエリーに笑って手を降って私達は魔王城城下町正面壁正門に向かった。最初は遠いものだと思っていたが、魔力のコントロールをきちんとして脚力を強化すれば家屋の屋根伝いですぐに到着する。


小一時間くらい走ったところで、正門に到着した。


「ふう、ちょうどいい準備運動に放ったな」


その後ろで私は汗を垂らして大きく息を切らしている。コルトの持久力が半端じゃない。なんで一時間ほぼ全力で走ってるんだ。私はもう一歩も歩けそうにないのに。


「開門!」


私達が来たのを察知した門番が門を開けた。重い音を立てて、門は開かれ、向こう側の風が流れ込んできた。門の向こう側はやはり変わらぬ荒れた大地で、生気はなく、所々に瓦礫が散在しているだけだった。そしてわたしたちが向かうべき王国は正面にある巨大山脈を抜けた先にあるらしい。


「歩くの難しそうだが、まあいい。あのやり方で行くか」


そう言うと、コルトはふわっと宙に浮いた。私の目の錯覚などではない。きちんと重力に反対方向に移動している。


「え?飛べるの?」


私が困惑する顔を見て、コルトはドヤ顔をして細く笑いながら言った。


「お前が使うと周囲を破壊し尽くしかねないからな。教えなかった風魔術の応用だ。まあ、置いていくわけじゃないさ。ほら、掴まれ」


彼と手首同士を取ると、コルトはものすごいスピードで上昇して、一瞬で十メートルくらい上昇した。


「たっっっっっっっっか」


少し震えている私には目もくれず、コルトはそのまま急加速して、飛び続けた。暫くは目を瞑っていたが、いざ目を開けてみると、周囲を囲む雲が意外に近くにあることに気づいた。手を伸ばせば届くかもしれない、そう思って反対の手を伸ばしてみるけれど、まだ遠い。しかし先程からは一切上昇している様子はない。


「ねえコル...」


「疲れた。一回降りるぞ」


一旦地面に降り立ち、コルトは大きく深呼吸をした。やはりあのダッシュがたたっているのだろうか。汗が滝のように垂れていた。


「魔力が減ってきたな。後二割ってところか」


魔王城はもうあんなに遠く、地平線の向こうに消えかけている。しかしこれだけ離れたと言うのに、周囲は依然として荒廃したまま、生き物の一匹もいる気配がない。


ふと、視界の端に緑色が映り込んだ。コルトの物や山でもない。全く別のもの。


そちらに顔を向けてみるとそこには山脈の山々よりも高い大木があった。地平線で根本は見切れていると言うのに、全く小さく見えない。むしろ不気味な程に大きく、そして奇妙なほどに生気に満ち溢れていた。しかしそれよりも奇妙だったのは、魔王城を出発したときは、同じ方角にこんなに大きい木は見えなかったということだ。


「コルト君。あの木は何?」


コルトも今その木の存在に気がついたようで、答えるまで少しかかった。


「ああ、あれは世界樹だな。一定の範囲内に入れば自ずとその姿を表す。まあダンジョンの一種だな。最上階には不死鳥(フェニックス)が眠っているとされている。しかもあのダンジョン。厄介なのがな、時々移動するんだ」


「移動...?あんなに大きな木がどうやって移動するの?」


「まあよくわからないが転移魔法の一種だと考えられている。まだ人類も魔族も未踏破の最難関ダンジョン

の中の一つだ」


「じゃあ、この任務が終わったて今度見つけたら一緒に攻略してみない?」


あれ...?なんか今私とんでもない提案をした気がする。まだ未踏破ってところに目が行ってなかった。

しかも誘い方がデートのそれじゃないか!恥ずかしい...


「まあ、いいぞ。だが、攻略メンバーをきちんと編成してからだな」


「わ...わかった」


案外すんなり通るものなんだな。まあいいか、これも貴重な経験になりそうだし。

その時、私の脳内にある一つの疑問が浮かんだ。


「そういえば魔力ってどうやって回復するの?私も知らないうちに元に戻ったりしてたんだけど」


「ああ、それはあの壁の中だからだな」


彼の口ぶりから察するに、壁の内側には外側とは違って何かがあるらしい。こういうときは大体ラノベ式異世界常識が通用するはず。


「結界が張ってあるとか?」


「正解だな。歩にしては冴えてるじゃないか」


胸元で小さく拳を握りしめて喜んだ。しかし、どんな結界なんだろうか。一切視認できなかったが。まあ話したらとんでもなく長くなるんだろうから聞かないけど。私がそんな事を考えて呆けていると、コルトが急に言った。


「刻印開放」


そのまま刻印の威力を加速させる固有詠唱は無しに、しかも中途半端なところで剣を手から離した。その瞬間、周囲は濃密な魔力の渦が出来上がり、視界はコルトの魔力の黒い渦でほとんどが閉ざされた。暫くじっとして動けずにいると、渦が晴れた。


そう思うと、今度は周囲から魔物ではなく魔獣たちが駆け寄ってきた。察しの良い諸君なら何人かは気付いたであろう。そう、多分食べようと思ってわざとおびき寄せたのだろう。すると、コルトはあっけにとられてみているだけの私に向かって言った。


「刻印を使って凍らせろ!」


その声ではっと我に返った私は急いで剣を抜いた。


「刻印・極結」


簡易詠唱で刻印を発動させ、周囲の魔獣共の足を氷漬けにした。


「よくやった。...にしても、こんな大規模なのを撃っておいてよくそれだけ元気でいられるよな」


どうやっても私の魔力は未知数らしい。ノブナガやフェーちゃんに聞いても測れないと言っていた。私は一度剣を鞘に収めてコルトに向き直った。


彼はズボンみ巻き付けていたベルトに付属していたナイフを使って、一撃で魔獣の頭を落とした。

サイズはくまよりも大きいけど、よく見ると顔はイノシシの顔をしていた。


「それじゃあ、解体するぞ。持ってきた荷物の中から盾を一つ出してくれ」


鉄板にでも使うのだろうと思いながら、エリーから旅立ちの際にもらった盾を取り出してコルトに渡した。

ごめんね、エリー。また今度コルトのお金でお菓子買ってあげるから。そんなふうにエリーに懺悔している傍ら、コルトは魔獣の足をちぎってその他の部位は炎魔法で点火して燃料にした。他の魔獣はとりあえず駆除のために全部コルトが殺した。


エリーからもらった盾を鉄板にし、足の肉を削ぎ落として焼いた。しばらくして肉の焼ける香ばしい匂いが漂い始め、ついにその一口目。うん!まずい!知ってたけど...コルトは顔色一つ使えずにただ肉を貪っていた。どんだけ強靭なんだこの魔人は...


腹ごしらえを終えたが、コルトはまだ一人で肉を焼いていた。まだ食べるのかと思っていたが、焼き終えたらすぐに剣を抜いて空を切った。素振りじゃない。本当に空を切ったんだ。すると空に裂け目ができた。


コルトはそこに余った肉を一度入れてそして一秒も立たないうちに出した。しかし肉は先程とは打って変わって乾燥しきった干し肉のようになっていたのだ。そしてその裂け目はすぐに何事もなかったかのように閉じてしまった。そう、これがコルトの固有技。時空斬断だ。まあ勝手に私が名付けたのだが。


切られた時空は裂け目を生み、裂け目から遠いほど時間の流れがゆっくりになる。その全貌は未だ本人でも把握しきれていないそうだ。そして干し肉などを片付け終えて、いざ出発しようとしたとき、ドラゴンが現れた。


魔獣や魔物ではない。完全なドラゴンだ。コルトの魔力にあてられて飛んできたのだろう。でもなんだろう、このドラゴン。すごいアホっぽい顔してる。


そんな事を考えているうちにドラゴンは私達には目もくれず、半解凍の魔獣の死骸を食べだした。


「ドラゴンは山脈の生き物で、基本的に強いが頭は悪い。でかいものに食らいつく習性があるんだ。そして弱点はその頭の悪さ故に背中に乗られても全く気づかないっていうことだ」


つまり今から背中に乗るということだ。


恐る恐るドラゴンの硬い鱗に足をかけて少しずつ登っていった。私達が登りきると同時に、ドラゴンは山脈の住処に向かって羽ばたき出した。この選択が、災いをもたらすとも知らずに...






この三ヶ月で学んだこと

・刻印発動の仕方とそのコントロールの方法(味方への誤射防止など)

・魔力の制御、及び開放の方法

・一般的な回復魔術、適正のあった魔法(歩の場合は氷、風系統の魔法)

・魔法、刻印、混じりの戦闘

・刻印の威力を加速させる詠唱

・人との付き合い方

(ちなみに魔王連邦で人型をしたものは魔族である。魔人とはまた違うらしい)


今回における補足ッ!


・魔獣は生き物が魔力をまとった物質体であるのに対し、魔物は魔力単体で構成された幻想体


・刻印発動時における、威力の加速度合は詠唱の完成度で決まるがほとんどは戦闘時に詠唱を行うので、技名だけの簡易詠唱が主流になっている。

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