29.夜間急襲作戦

地下壕から這い出たときには、もう市街戦は終了していた。結果は全十騎士集結によってかろうじて勝利。ほとんどの十騎士は負傷していて、動けるのはノブナガとチャキフスという大きなドワーフだけだった。彼らは次の作戦、つまり今夜撤退した敵本陣を叩き、戦力を可能な限り削ぎ落とす作戦を立てていた。


私はコルトと共に作戦参謀室へと転がり込んだ。室内には、参戦は出来ないが、一応負傷した十騎士も作戦立案に関わっていた。フェーちゃんは私を見るなり大声で叫んだ。


「生きてたんだね!良かったよ〜」


そう言って飛びついてきたが避けた。そこで気づいたのだが、彼女は右腕が包帯でグルグル巻かれていて、とても動かせるような見た目ではなかった。私はその痛々しい骨折したのか火傷したのかわからない腕から目を背けて他の十騎士に目を向けた。


これが、チャキフスか...でかいな。ゆうに二メートルは超える巨体と、その体ほどの大きさのある両手斧を持ち、同志スタ◯リンのようにクルッと巻いた口ヒゲを生やしていた。鎧の厚さは、端っこでも数センチはあり、その姿はまさに歩く戦車だった。彼は私を見るなり、フッと笑って言った。


「お主、歩と言ったな。今、儂の事を見てデカいなと思っただろう。ドワーフは小さい種族じゃないのとか思っただろう?」


図星だったので、とりあえず頷くと、彼は高笑いをして言った。


「お主、正直だな。気に入った!普通は儂の威圧に負けて首を横に振るのだが、儂と徒党を組んで彼奴ら攻撃する者に相応しいと見た。儂はもう何も言うまい。ノブナガ、貴様はどうだ」


ノブナガはふうとため息をついて言った。ノブナガも鎧を着ていたが、その殆どが日本の武者の鎧で、口元には防塵マスクのようなものもついていた。


「俺は何ら問題はないと思うとさっき言ったであろう。同じことを何回も言わせるな、チャキフス」


「カッカッカ!そうであったか、では何回目か!?」


「もう五回目だ。ちなみにこれを言うのは三回目だ。この阿呆」


私はこんな戦時下でもわりと余裕そうな二人を不思議に思っていると、フェーちゃんが私に質問を投げかけた。コハルは一体どこへ行ったというのだと聞いてきた。


「あの子ならクローゼットに詰め込んでエリーがずっと監視してるよ。まあでも出発する時に、数日間此処にいるという訓練ですね!と言って喜んでたからまあ問題はないんだろうけど」


私がそうって胸を張ると、周囲の十騎士は皆ええ...という顔をして私を見た。


「まあ良いだろ?一応捕虜なんだからさ。で、作戦の方はどうなっているんだ」


ちょっと気まずかった空気を切り裂いて、コルトが話を進めた。ちなみに屋外では歩兵はいないものの、爆撃は昼夜問わず続いている。今も東壁付近に位置しているこの参謀本部は爆撃の揺れをしばしば感じられる。十騎士達は机の上に地図を広げ、みんなで悩んでいたが、コルトが介入し始めると割とすぐに決まった。


以下、作戦の概要とする。


作戦参加メンバー:コルト、ノブナガ、チャキフス、歩の四名

作戦概要:今夜、最も近い敵司令部を強襲。そして現地司令官を即刻処刑。その後情報を撹乱させ撤退したと見せかけ、敵総司令部へと前進。日の出前に総司令部を破壊する。この作戦は何回も行われるものである。ヒット・アンド・アウェイ戦法をとるが、目標は敵の防備がより固くなる前に一発で鎮める。


「ちょっと良いですか?地球には人工衛生というものがあるんですが、それで上空から一日中監視することが出来るんですが...どうしますか?」


私が懸念していたことを言うと、チャキフスは何故か納得した様子を見せた。なぜかとノブナガが問うと、チャキフスは気づいておらんかったのかと言って笑った。ノブナガの眉がひそめられた。仲悪いのかな?


「ここ一ヶ月、妙な視線を空から感じたんだが、そういうことだったのか...」


そんな事を呟いたチャキフスは参謀本部の窓をガラリと開け、持っていた斧を上空へと投げた。暫く見ていると、空に輝く一つの星が現れた。つまり人工衛星に命中したのだ。斧はちゃんと彼の手元に帰ってきていたので、何かの魔法がかけられた斧であるのは間違いないだろう。それでもさ...


「なんで当たるんだよ」


その場にいた全員が同じことを思っただろう。私もそう思った。全員の目が同じような目に変わったことを、彼自身は気づいていなかったが、称賛していないことは確かなので、私達は早めに話を戻した。


「で、具体的な作戦は決まったが、誰が行くんだ?まさかとは思うガチャキフス。お前も行くわけじゃないよな?」


コルトが聞くと、チャキフスはしょんぼりとして返事をした。生きたかったんだろうが、図体が大きすぎるため却下されたようだ。結局、作戦には、私とノブナガ、それからコルトが参加し、チャキフスは後方から大きい瓦礫を拾って投擲して敵の注意を引いてもらうという役割分担になった。




              ◆◇◆◇◆◇




「ここが現地司令官のいる基地か...」


コルトがそう呟いた。私達が此処に来るまで、多くの衛兵たちがいたが、チャキフスの的確な瓦礫投擲によって衛兵の注意を引き、見つからずに此処までこれた。全く彼には感謝しか無い。そんな事を思いながら、私はコルトたちについて行った。


基地との距離はおよそ二キロ程。遠くにかすかに見えるレベルだが、ここで彼らは足を止めた。どうやらチャキフスの瓦礫投石技術では正確に命中させられるのはこの距離が限界のようだ。これ以上行けば衛兵たちに見つかるかも知れない。そういうことで一旦距離を取って様子を見ることにした。


「この距離なら...おいコルト。オレの『あの技』なら恐らくこれを突破できる。オレを守れ」


「ああ、そういうことか。分かった。歩、一分でいい。俺と一緒に耐えてくれ」


何のことかはさっぱり分からなかったが、私はとりあえず頷いて剣に手をかけた。コルトも剣を抜いて構えている。ノブナガは私達二人を交互に見て準備ができたのを確認すると、持っていた刀を抜いた。その刀は刃部が赤く、峰は真っ黒だった。いやしかし、この世界には割と刀が流通しているんだな。どこの武器屋に行っても置いてあるし。


「おい歩。オレから離れろ。死ぬぞ」


私はおずおずと後退し、剣を抜いた。やっぱり少しずつだが、私から魔力がこの剣を伝って流れ出している。神印が使えるのがバフだとするとこれはデバフだな。上手に使わないとすぐに魔力切れを起こしそうだ。極力鞘から出さないようにしよう。


「よし、始めるぞ。オレが技の詠唱を始めたら戦闘がすぐに始まる。いいな」


そう言って、ノブナガは大きく息を吸って技の詠唱をした。


「刻印・覇者。我が刀は万世に渡りし一つ刀、世を滅し、切り分け、世に光を灯す物なり!我が刀の前に滅ぶがいい!滅式旭日螺旋空斬(めっしききょくじつらせんくうざん)!」


ノブナガの詠唱終了の瞬間と同時に、ノブナガの周りに大量の魔力が集結し、そして外部に発射された。ノブナガの半径五メートル圏内は、一瞬にして魔力の斬撃に包まれた。私に退がっていろと行った理由がわかった。それは本能がこう訴えかけていたからだ。この斬撃は死そのものである、と。


私がそれに見とれていると、特殊衛兵たちが尋常ではない速度で飛んできて、そのままのスピードでノブナガの刻印を止めようとしたものが数名一瞬で粉微塵になった。しかし、鎧や武器などは一切傷ついていなかった。恐らく生き物だけを攻撃する技なのだろう。そしてそれを見た他の衛兵たちは私達をターゲットと認定し、襲いかかってきた。


何人もの衛兵の猛攻で一歩、また一歩と私は下がっていった。そして、その時に彼らの狙いに気が付いたのだ。彼らは私をノブナガの刻印の領域内に押し込もうとしているのだ。そうすればノブナガは攻撃の手を緩めなければならない。そう考えたのだろう。コルトもひいてはいないものの、ずっと互角に渡り合っていて、手助けしてもらえない状況だ。ここは、一か八か、やってみるか。


私はノブナガの斬撃に指先を触れさせた。そして、腕が飛んだ。指先だけでこの威力、まずい。でも、これなら。私はさらに踏み込みながら叫んだ。


「ノブナガ!そのまま行け!」


私は斬撃に全身を突っ込んだ。


スキル発動。


肉体が崩れ、霧になる。


スキルの効果により肉体が再生される。


それを何回か繰り返し、私は外に出ることに成功した。


剣は折れずに私の手に握られていた。そして衣服もあのときとは違い、ちゃんと着たままだ。


「略式神印・四式。滅!」


私は魔力をありったけ込めて地面を剣で叩いた。地面は大きく動き、衛兵たちを空へと舞い上げた。空中で人は思うように動けない良い的だ。私は続けざまに神印を使った。


「略式神韻・三式。瀧!」


空中に浮いていた五人の衛兵を二つに切り分け、私は地面に倒れ込んだ。まずい、魔力切れだ。こんな時にアルタイルがいてくれれば...衛兵が大きな剣を私に振り下ろした。私は目を瞑った。


「刻印・狼烟。凝縮」


コルトの詠唱の後、銃弾のように早いものが衛兵の頭を貫いた。驚いてその方向を向くと、コルトの掌には小さな針のようなものがあった。それはよくコルトが霧のように使っていた狼烟で、恐らくそれを個体に直したものなのだろう。私がお礼を言おうとすると、ノブナガの斬撃が止んだ。


「よくやったぞ貴様ら!では、敵基地へ、新王の凱旋と行こうではないか!」


その言葉を残して、ノブナガは再び斬撃をまとって、先程の衛兵の何杯ものスピードで敵司令部に突撃し、ほんの数秒後にはそこから爆炎が上がった。


それと同時に嗚呼日が昇り始め、まるでそれは私達の勝利をたたえているかのようだった。それからノブナガはそそくさと帰ってきた。刀はもうボロボロに削れていて、腰には恐らく現地司令官のものと思われる首がぶら下がっていた。


ここは変わらないのかとため息をついた私に、ノブナガは笑って語りかけた。


「貴様はよくやったものだ。オレが直々に褒めてやるのだ。喜べ」


私は小さく笑ってノブナガの後ろを、ため息をついて空気になろうとするコルトと共に朝日に照らされながら魔王城下へと帰った。


これにより、戦争が有利に進むことは、言うまでもなかった。

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