10.お料理と夢とレイス
外は薄暗くなり、自然の声も聞こえなくなった頃、町外れに有る小さな家に、二人の少女が並んでお料理をしていました。そんなところに何も起きないはずがなく...
ガシャン!
「ねえアユちゃん!また全部こぼしちゃった!」
「ええマジ!?ああ、もうっ!フェーちゃんは座ってて!」
「はぁい...」
渋々とエプロンを脱いで食卓に座った。
「さて、作るか!異世界版唐揚げ、その名も...考えてなかった。フェーちゃん!なにかある?」
食卓でムスッとしているフェーちゃんに問いかけると、そのままの状態で答えた。
「...コカ揚げ」
まあ、ちょっとやばい名前してるけど、いいか。私は友達を怒らせた上に文句を言うような人間ではない。
さ、切り替えて作っていこう!
今回の完成図としては、味のほとんど染み込んでいない、ちょっと美味しくない唐揚げもどきだ。
まず仕込み、仕込みと言っても時間がないから下地に漬けておく時間はない、ので表面だけ染み込ませて揚げる。
そして、本日の食材はこちら!
コカトリスのモモ肉!普通の鶏の肉は王国側、つまり勇者陣営でしか食べられないものだそうだ。コカトリスは魔王城周辺の荒野を走り回っている内臓に毒を含んだ魔物らしい。まあレベル一万の鶏だ。駆け出し冒険者でも狩れるくらいには弱いそうだ。
しかし繁殖力が尋常じゃないほど高く、よく大量発生して魔王城城下町外壁にある村を覆い尽くしたりしているという。ちなみにコカトリス自体は人畜無害だが、気性が荒く、例えると機嫌の悪い大阪人のようなものだ。
ちょっと触れたらすぐ爆発する。そんな奴等らしい。
次に下地にのタレの素材だ。これは市場にあった調味料を片っ端から試して一番な地が近いものを使った。もしも自分で調合することになっていたらと考えると鳥肌が止まらない。
なぜなら今まで作ってきて一回もうまく言った試しがないからだ。
そんな過去を思い出して眉間にシワを寄せて、金属のボウルに肉と下地を入れて一緒に混ぜ合わせた。クチャクチャという肉が混ざる音にフェーちゃんは耳をふさいで机に突っ伏していた。
そんな彼女を横目に私は次に油と衣の準備を始めた。
衣はこちらの世界にもありました片栗粉。油は色々吟味した結果、ごま油と似たような味だった、ネピという植物の実を絞って作られたネピ油という油を使った。適当な大きさの鍋を棚から取り出し、油をドバドバと注いでいく。
フェーちゃんが今にも吐き出しそうな顔でこちらを見ているが全く気にしない。
さて火をつけようとコンロのようなものの上に鍋を置いたとき、あることに私は気づいた。
これ、どうやって火つけるんだ?
動揺した私を見かねてフェーちゃんがやってきて、コンロの前面にあった魔法陣のようなところに手を触れると火がついた。はえーこれも異世界。流石だ。
あまり味のついていない肉を片栗粉につけて、十分熱した油に肉を投下した。
ジュワアアアアッという心地よい音が部屋中に響く。
私がその音を聞いて越に浸っているとき、フェーちゃんが私の忘れていた重要なことを問いかけた。
「まさか、夕食ってこれだけじゃないでしょうね」
あ、確かに。
「なんか、ある?」
苦笑いを浮かべながら聞くと、フェーちゃんはため息をついて言った。
「まあ、持ってきたよ。ほら、これしかなかったけど」
フェーちゃんは少し大きめの袋に入ったなにかサラサラしたものを取り出した。米だ。
「先生が地球の一部の人間にはこれあげたら喜ぶって言ってたんだけど、どうやって食べるの?」
「貸して!」
半ば強引にその袋を彼女から奪って、もう一つ鍋を準備して、米を大体三合ほど入れてみた。
水は水道から...あれ?水道あるんだこの世界。まあいいか、なんか電気も通ってるみたいだし。
生活水準は地球と同じくらいなんだろう。
ササッと鍋に水と米を入れて火にかけた。このとき私は興奮のあまり米を研ぐことを忘れていたが、まあいいだろう。久しぶりの米だ。ありがたくいただこう。
大量に作ってしまった唐揚げがすべて揚がり切り、米も炊けた頃、ギルドに誰かがやってきた。
「あっアユちゃん!...それから、え?なななんで十騎士のフェニーがここにいるの?」
やはり十騎士という者は有名なものなのだと改めて分かった。
それはそうと、なぜエリーがここに?
「実家帰りだからお土産持ってきたよ!」
ああ、そういえばそうだったな。それで、お土産は...っと。
「キャベツ...?」
「うん!よく知ってたねアユちゃん!この野菜はエリーの住んでたところでしか栽培できないんだ」
キャベツがあり、唐揚げがあって、米がある。
「...唐揚げ丼か」
「ん?なにか言った?」
「あ、いいやなんでも」
不意に、エリーが周囲をクンクンと犬のように嗅ぎだした。
「うーん、なにかいい匂いがするねー」
エリーがすぐに唐揚げだけ食べないように事の顛末を懇切丁寧に話してから、エリーを食卓に座らせた。
「で、どうしてあなたみたいな方がここにいるんですか?」
急に大人らしい口調になったエリーの問いかけにフェーちゃんはぎょっとしていたが、すぐに落ち着きを取り戻して言った。
「実は前、アユちゃんとお泊り会をして、それで仲良くなったの」
えーずるいー、とまた子供に戻るエリーに戸惑うフェーちゃんを見て、キッチンの私も微笑んだ。不意に、キャベツを切る手が止まった。少し、重要なことを見逃していた。
「マヨネーズ...」
そういえば調味料を味見しても、マヨネーズはなかった。唐揚げ丼にマヨネーズ。これは法律だ。急いで即席のものだけでも作らねば。店から卵と買ってきた大量の調味料の中からお酢と油を取り出して、いい感じになるまで混ぜた。そこに少しの砂糖っぽい何か、塩っぽい何かを加えてみると、見事、マヨっぽくなった。
唐揚げが冷めないうちにと思っていたが、ほとんど冷めてしまっていた。
が、まあいいだろう。
器にご飯、キャベツ、コカ揚げ、マヨネーズをかけると、完成だ。異世界式唐揚げ丼・コカ丼の完成だ。
いざ、実食。
ふむふむ、これは、まあ及第点ってところだな。ほか二人の反応はと言うと、
「なにこれ!美味しい!油をあれだけ注ぎ始めたときは死ぬかと思ったけど、サクッとしててコカトリスとは思えないほどジューシーになってる!」
フェーちゃんは嬉しい反応をしている。この子はきっと将来いい子に育って、いいお嫁さんになるんだろうな。そして次はエリーだ。彼女は彼女でまた違った感想を残してくれた。
「うーん。フロッグの足をかじった食感。ミクロワームのような優しい口当たり、そしてキャベツ。美味しいね、これ」
私は何を言っているのかさっぱり分からなかったが、フェーちゃんが真っ青になっていたので、後で聞いてみたところ、全部魔物の食感で例えられていたそうだ。しかも両方ビジュアル最悪のやつだそうだ。
食器を片付けながらちょっと気になったことをフェーちゃんに聞いてみた。見た所私よりも年上で、もう成人しているだろうから、聞いてみたいことがあった。
「どんな人が好みってあるの?その、さ。将来結婚するような人だよ」
「アユちゃん」
よし、今のは聞き間違いだ。きっと彼女も聞き間違えたに違いない。
「どんな人が好みってあるの?その、さ。将来結婚するような人だよ」
「アユちゃんだってば」
うん、聞き間違い...
「聞き間違いじゃないよ。私はアユちゃんみたいな人がいい。それが男だろうが女だろうが、私は関係ないよ。好きなものは好き、そこに区別はないから」
「は、はえー」
正直、私も少しドキッとしてしまった。まあ誰だってこんな美女に好かれたら卒倒するんだろうけど。
「...そんなに信じられないなら、チューくらいならしてあげてもいいよ」
huh?
彼女の方を恐る恐る見ると、少し頬を赤らめており、色気がムンムン出ていた。こりゃ男どもは倒れるな。彼女は少し戸惑った後私の両肩を掴んで、顔を近づけ始めた。あれ、これまずいやつなのでは?
私は急いで彼女の両腕を振り払った。
「分かった、分かったから。そこまでしなくてもいいよ」
「...分かった」
少しげんなりしている彼女をよその私はこんなことを考えていた。
あぶねー!危うく薄い本が厚くなるところだった。今度からはこの子には気をつけよう...
そんなこんなで夕食の片付けも終わり、フェーちゃんも渋々家に帰って、私もお風呂に入って自分のベッドに倒れ込んだ。
「はあっ、やけに疲れた...」
今日だけで何があった?刻印の発言に容疑者事件、さらに箱か揚げに、マヨ、極めつけにはあんなことまで...はあ、今日はもう寝よう。
深い睡魔に身を任せ、私はそのまま深い眠りについた。
◆◇◆◇◆◇
「ねえ。あなたは、なんのためにその力を振るったの?」
無意識下で、私はそう問いかけた。目の前には、コルトに似たような男の人がいた。
彼は深くため息をついて言った。
「世界を救うためだ」
「フフ、小さいときから、全く変わらないのね。あなたは」
「変わったさ。知りたくないことまで知って、嫌な思いまでして人を殺せるようになって、君こそ変わらない。八十年前と同じだ」
ハッとして自分の手を実てみた。シワが何本も走ったその手は、もうミイラ同然だった。私はその手を彼の頬に当てて言った。
「あなたはいくら変わったと自分で言おうとも、レイスさん、あなたはあなたなの」
だから、どうか
「泣かないで」
目の前には、老いぼれて血にまみれたレイスがいた。
◆◇◆◇◆◇
「ふぁぁっ!!」
何だ今の夢。明らかに今のは他人の記憶。夢の中の彼、レイスは一体、誰?いつの間にか帰ってきていたコルトと朝食を取っているときもずっと考えていた。
「...レイスか」
不意にその長く力こぼれたとき、コルトの表情が一瞬にして強張った。
「なぜその名を知っているんだ」
もしかしたらとんでもないことを知ってしまったのかもしれない、そんな半ば期待と不安が交じる気持ちでコルトに夢の内容を話した。話し終えると、彼は腕組をして大きくため息をつき、言った。
「レイスは、聖戦を終わらせた大英雄でもあり、世界を滅ぼした大魔神でもあった。今じゃお伽噺の主人公になったりしたせいで、もう本当に存在していたということを誰も信じていない」
若干彼の表情が暗くなった。なにか理由があるのかと思い、彼に問いかけ用としたその時、エリーがいつにもまして早起きしてきてしまった。しかも彼女は先程までの会話をすべて聞いていたようで、心なしか少しウキウキしているようにも見える。
「エリーは信じてる。というより見たことあるし、それに一回助けられてるし。昔の戦友は忘れられないよ」
「え?...は?どういうこと?エリー、あなた一体、何歳?」
私がそう言うと彼女は少しにやっと不敵な笑みを浮かべて言った。
「今日はエリーの誕生から二百年が経つんだよ」
あーー、そういうことか。異世界だもんね。ロリババの一人や二人いてもおかしくはない。
もしや、コルトも...
「コルト君は見たことあるの?」
「無いな。ちなみに俺は今年で十八だ」
「えっ若っ」
「何だその反応は」
パッと見で彼は二十代中盤かと思っていたが、私と二つくらいしか変わらない。
「話を戻すが、いいか?」
コルトが私に言った。私が返事をする前に、彼は席を立って私の手を取った。
「やっぱり、この腕輪がカギなのか?」
私もわからない。ただ、一つ言えることがあった。
「彼は、多分ずっと戦ってきたんだと思う。それも、聖戦の前から。長い間ずっとずっと戦って、心が朽ちるまで戦ったんだと思う」
少し臭いセリフだったが、これは私の本心だ。二人が私の言ったことに首を傾げていると、ギルドの扉が勢いよく開いて、誰かが入ってきた。
「コルト殿に魔王様よりお届け物と伝令に参りました!中央局です!」
その名前にただならぬ空気が一瞬にしてギルド内の隅々にまで広がった。
「ちょっと話してくる」
そう言ってコルトは彼とともに外に出ていってしまった。彼の居ない間は重い空気が流れていてほとんど会話も生まれなかった。しばらくしてコルトが帰ってきた。
彼の両手には大きな木箱が抱えられており、床にそれを置いたときにドスッ、ガシャンという金属音が鳴り響いた。箱の中身を除いてみると、なんとそこにはコルト用の新しい装備と、私の分の武器と服まで入っていた。エリーの着ぐるみは入っていなかった。
「ねえコル君。アユちゃんが、大変なことになっちゃったよ」
「ああ、そうだな...」
二人して苦笑いを浮かべているということはきっと不吉なことなのだろうが、とにかく私用の装備を手にとって見た。武器は直剣、今持ってた罪深之剣と同じくらいの長さで、細め。差と柄にはそれぞれ少しだけ装飾が施されており、剣を抜いてみると、刀身は両刃、刃部が銀白色でその間の峰(?)が赤色だった。そして装備だ。
まあ装備と言ってもコートのようなものなのだが、一応装備だ。真っ黒のトレンチコート。所々に白の装飾が成されているが、なかなかおしゃれだ。それに私が着ていたものよりもより強固な作りになっている。
そして鞘を差しておくベルトは肩掛け式で、おそらく剣も背負う形になるのであろう。
靴も入っていた。靴は皮のブーツのようなもので、こちらも頑丈で、膝の高さまであるようなものだ。靴はベルトで止められるようになっていて、バックルはすべて銀色だ。一度すべての装備を身にまとってみた。
うん、いい、いいぞ。かっこいい。なんて言うかね、そう、まさに、漆黒の断罪者みたいで、ふふふ。
「顔キモいよ。アユちゃん」
エリーに注意され、急いで顔を元の形に戻した。大きく深呼吸をして、コルトの方を見てみた。すると彼はもう装備を全て着終わっていた。
彼の装備は、上着だけだった。
腰までの生地は全くふわふわしておらず、コートと同じような材質で出来ていた。そして布の末端にはふわふわがついていた。魔獣の羽毛のような、モワッとしてふわっとしたやつだ。
それだけ。
本当にそれだけだ、私が間違えて彼の分まで装備しているということはない。魔王が間違えてこうなっているのか、もともと装備が一つだけなのかはわからないが、彼は少し不服そうな顔をしている。
「ま、まあきっと何かの手違いだよ!もしかしたらまた今度もらえるかもだしね?」
頑張って励ます私に、コルトは口をとがらせて、そうじゃないぞと言って、付け加えた。
「いや、いつも俺の装備だけレイスの装備なんだ。これも例外じゃない。これは多分レイスが最初期の頃に使っていた防具のうちの一つだろう」
レイスって、私の夢の中に出てきた人で...じゃあ大昔の人のものなんじゃないの?
「...それってまだ効果がなにか残ってたりするの?」
私がそう言うと、彼は少し苦笑いを浮かべて、言った。
「殆ど残ってない。ただ、老朽化が著しく遅いんだ」
なんでそんな物を渡しが言う前に、エリーが答えを言ってくれた。
「まあコル君、いっつも大規模戦闘したら服がズタズタになって帰ってくるからね。しかも負けないから防御重視というより持続性重視なんだろうね」
あ、負けないんだ。
やっぱりコルトがめちゃくちゃ強いだけなのか?
「ああ、歩。そういえばお前にちょっと来て欲しい所があるんだ」
「どこ?」
「魔王城」
「へー...え?魔王城?なんで?」
なんのためらいもなく魔王城と言った彼の言葉を一瞬素通りして、ふーん魔王城か、と思ってしまったが、これは内緒にしておこう。
「お前、魔王の顔殴っただろ」
「あ」
そういえばそうだった。魔王なんか殴ろうもんなら何をされるか分かったもんじゃない。
「一応聞くけど、いつ行くの?」
「今から」
急な不安感と緊張感で胸が押しつぶされそうになったが、エリーが私の背中を擦って大丈夫だよと何回も言ってくれた。しばらくして、少し落ち着いたところで、コルトに出発の準備ができたことを伝えた。
「じゃあ、行こうか」
そしてギルドを一歩出た先に、あの魔王がいたのだ。
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