9.授業②

空に広がるは青い空。


小鳥たちのさえずる声が聞こえ、太陽はさんさんと私を照らしている。


涼しい風が私の体を通り抜けていく。


そして私の目の前には異常な量の紙束。


なんて日だ!

今日も今日とてコルトの青空教室に参加した私は紙束の厚さに飲まれて悶絶中。そんな授業が夕方まで続いたのでまたもや簡単にまとめる時間だ。


まず、この国についてだ。


魔界連邦。この国とそれに追随する地域の総称だ。

今現在魔界連邦は人間と戦争をしていて、時々勇者なるものが送られてくるらしいが、追い返しているという。さすがは異世界。それらしいこともしているようだ。

そして勇者を追い返しているのが、あのロリ魔王直属の魔王軍だ。

昔は山地を埋め尽くすほどの大群だったが、今の魔王軍は慢性的な人員不足、装備不足に悩んでいるそうだ。まあ私には暫く関係のないことだろう。

そして、その魔王軍をもはるかに凌駕する存在となっているものがある。

魔王近衛十騎士団。通称、十騎士(じっきし)。

魔王軍が束になっても一人も倒せないような能力カンスト部隊だそうだ。

ちなみに魔王様より強いらしい。

この前戦ったフェーちゃんも一応その一人らしい。一見そうは見えなかったけど私が無自覚チート系ってやつなのかな?でもそうしたらコルトはもっとやばい存在になる。実力差があるのかな?


そして舞台は変わって産業部門。

兵器開発部門、工業部門、農業・畜産部門、魔法開発部門の四つに分かれているそうだ。

ちなみに私はこの四つを異常なまでに詳しく教えられた。名前のまんまなのにな。


そしてそしてそしてそして、ついに!我らがギルドのご紹介である!

ギルドは民衆の意見をギルド本部が回収、依頼として提示して、攻略したギルドにに対価を支払って回っている。ちなみに依頼料は全額、依頼者負担となるため、一部貧困地域では重大事件が発生するまで依頼が飛んでこないといった慢性的な問題を抱えている。

そしてギルド設立にあたってはギルド本部の承認、中央の承認、その土地の直轄貴族の承認がいる。

これがまあ面倒くさい手続きで少なくともすべてが終わるまでに一年以上がかかるらしい。

そして晴れてギルドが設立できたとしても五年以内に十人以上のメンバーが揃わないと即・解体だそうだ。

ちなみにこの私達のギルドは三人しかいないため、解体に危機に瀕しているという。

これは補足事項なのだが、ギルドにはランク付けなどがなく、ギルドの強弱もあまり明記されていない。

しかし大体は資金力、つまりはギルドの規模によってその強さはある程度図れるのだそう。

コルトに家のギルドは弱いのかと聞いたところ少数精鋭だからという言い訳が返って来た。




              ◆◇◆◇◆◇




「じゃあ、今日はこの辺にしとこうか」


日も傾いた頃にコルトはそう言って足早に帰っていった。私は彼がいなくなった後に数回大きく伸びをして言った。


「よし、やっと終わった。かえって寝るか〜」

私が青空教室から撤退しようとしたときだった。私の前に大きな火柱が降り注いだ。周囲の気温は一気に九十度くらいまで上がったかと思うほどの熱気と迫力だった。


そして、その火柱の中からは異世界転生系おなじみの展開で、しかし、どこか見覚えのある人が歩いて出てきた。そう、重武装の彼女のことだ。


「...フェーちゃん?」


火柱の中からの急なフェーちゃんの登場に驚きを隠せなかった私に、彼女は大きな声で元気よく言った。


「アユちゃん。今から私があなたに刻印の使い方を教えてあげる!」


私がコルトに頼まれてウキウキでやってきたんだな思っていると、彼女は重そうな鎧の隙間から一つの小瓶を取り出した。


「飲んで!」


理由もわからず私はその瓶を受け取ってしまった。


瓶のフタを開けるとキノコのような匂いが鼻を突いた。よりによって私の一番嫌いな食べ物の匂いになっているとは...と落胆して彼女の方を向いてみると、ニッコニコの笑顔で私を見ている。


思いっきりしかめっ面をしながらも一気に瓶の中身を飲んでみた。


うん、味はね、どう表現すれば言いのかわからないけど、一番近いので言えば、冬虫夏草の煮汁の味がした。つまりだ、まずい。


次の瞬間、オエッと吐きそうになる前に私の体に異変が起こった。心音が私の全身に数回鳴り響いたかと思うと焼けるような痛みとともに私の左頬がちょっと焦げた。


焦げたと言うより、刻まれたという方が近いような感じだった。ギュッ、プチンっていうかんじ。


「へー、アユちゃんってこんな刻印が刻まれるんだね」


そう言って彼女は私に鏡を渡してくれた、そこに写った私の左頬には正五角形を縦に引き伸ばしたような図形が三つ横に連続して私の顎の裏から薄く長く紺色のグラデーションをつけて続いてきていて、左頬の真ん中辺りまで来ていた。


「じゃあ、今からこの剣を握ってみて」


私はもうフェーちゃんにされるがままに動いていた。彼女から渡された謎にきれいな剣を持ったときだ。私の右腕から何かが吸われるような感覚がした。掃除機を手に当てたような、奇妙な感触。驚いて剣を放そうとすると、フェーちゃんに手を上から握られて阻止された。


その後、フェーちゃんがただ一言、いたずらをする女の子のように首をうずめて言った。


「思いっきり前に振ってみて。大丈夫何も来にしなくていいから」


その指示の通りに剣を振ると、少し遅れて私の前にすごい衝撃波とそれに追随する形で氷の道ができた。ほのかに頬に感じる冷気。間違いない。本当にやったんだ、これと言った感触はないけれど。


私が口をぽかんと開けてみていると、フェーちゃんが大声で叫んだ。


「コルト君!出来たよ!」


本当はコルトと打ち合わせでもしていたのか、飛んできてくれるとでも思っていたのだろう。しかし、私達のもとにはいくら待っても誰も来る気配がない。


ビュッと風が私達二人の間を通り過ぎて、その後を木の葉が追った。気まずくなったのか、フェーちゃんは大きくため息をついて話しだした。


「アユちゃん。それが刻印なの。自身の魔力のリミッターを外して生物としての格を一段上げる。とっても強力だけど使い過ぎは体に良くないからね」


そう言って、彼女は少しの間黙っていた。私も話すことがなく、突っ立っていると彼女がだんだん眉をひそめて、ついには私の両腕を掴んで叫んだ。


「アユちゃん!なんで立っていられるの?魔力切れは起こさないの?あんなに魔力を出しておいて、正直私もびっくりする量だったよ!あんな量を撃って耐えられるのは十騎士クラスでもあんまりいないのに」


ものすごく心配していることはわかった。しかし、何がどうなって私が立っているのかも、何がすごいのかも自分でもよくわかっていない。そこで、ある一つの考えが私の脳裏をよぎった。


「ねえ、フェーちゃん。限界までやってみても言い?」


「えぇっ!?まだできるの?だるいとか、ちょっと体がおもいとかないの?」


「ううん...無いね」


「ば、バケモノか...?」


そういえば、私の顔からはいつの間にか刻印が消えていたのだ。一発撃ったら時間経過で消えるのか、それとも連続して打たないといけないのか、それともそのどちらでもないのか。


俄然ワクワクしてきた。


刻印を発現させるときは、前回コルトが言っていた通りにすれば良いはずだ。


「刻印、発動」

手にまた何かが吸い付く。剣が先程とは違い、冷気を帯び始め、水色に近い透明色になった。手に吸い付くものがなくなったときに、剣を思い切り前に叩き込んでみた。それと同時に、脳内に私とは別の声が響きだした。


凍れ 沈め 氷塊よ 万(よろず)を飲みこめ 極結凍土(きょっけつとうど)


パキパキパキと周囲が氷河に飲まれ、その周辺までもが一瞬にして凍結した。


「寒っ!」


体感では一気に五十度近く下がった気がする。フェーちゃんの方を心配してみてみると、彼女は剣を抜いて、叫んだ。


「刻印・獄炎!」


彼女の剣が一気に光ったかと思うと、ものすごい熱波に襲われた。周囲は一瞬にしてサウナのようになり、氷はいつの間にか消えていた。


灼熱の中、フェーちゃんが私を急に抱きかかえて裏庭からギルドまで一直線に駆け出した。


私はさっきの一瞬のうちにいろいろなことが起こりすぎてフリーズしていた。フェーちゃんがギルドの入口を開けて私と一緒に転がり込んだ。


「いっててて...何すんのよ、フェーちゃん」


少し怒りを覚えて、大声で話している私に彼女は何も触れず、私の口に人差し指を添えてただ静かにするように促した。


暫くの静寂の後、ギルドの入口を破壊して一人の...人間の少女?エルフの少女...にしては耳が少し短いか?

それに、この服装、警察かな?それにしてはやけにSFチックな感じに仕上がってるけど...


「お前だな」


彼女は急にそう言うと、私の腕をまるで凶悪犯罪者の腕でも掴むようにがっしりと掴んで引っ張った。しかし、人型の生き物に引っ張られた如きでこの私が動くはずもなく、持ち前の体幹でしばらく耐えてみせたどれだけ引っ張っても全く動かない私に彼女は苛立ったのか、私の腕をさらに強く、ゴリラでも脱臼しかねないほど強く引っ張った。


その間、私は腕を引っ張り続ける彼女の顔を見ながら、その様子を楽しんでいた。最初は普通のキリッとした厳粛な顔、次に眉をひそめて少し困り始めた顔、そして力いっぱい引っ張って顔が赤くなって膨らんだ顔、最後に半泣きなって無理やり引っ張っている顔という順にだんだん彼女の見た目相応の年齢層の性格が出てきた。


ある程度それを堪能したところで振りほどこうとすると、彼女の後ろから、コルトが帰ってきた。


「とんでもない魔力反応が魔王城まで響いてきたから急いで飛んできたんだが、先客がいるみたいだな。まあそれはそうと、お前すごい顔してるな」


そう肩をすくめて笑う彼に、突如立ち上がったフェーちゃんが大声を出した。


「そんなことはどうでもいいから、答えてほしいことがあるの!この子、いったいどこから連れてきたの?まさか、向こう側からなの?」


向こう側のさす意味が地球なのかどうかはわからなかったが、すぐに彼が答えを教えてくれた。


「ああ、いや違うな。こいつは地球から連れてきた」


向こう側が地球だと思っていた私は途端に話について行けなくなった。


「地球にこんな逸材がいたの!?」


「ああ、どうやらそうらしい。魔王が召喚した瞬間に顔を殴られて怪我したから腹が立って捨てたって言ってたぞ。まあそれを俺が拾ったわけなんだが」


「...まあ、それなら納得ね」


納得してしまったフェーちゃんに全力で救済の眼差しを向けたが、彼女は苦笑して顔をそむけた。


「団長、こいつを取り調べのために連行するぞ。いいか」


落ち着きを取り戻した彼女は私の腕をまた必死に引っ張り出した。


「...ねえ、私の刻印ってどうなの?」


おそらくもう消えているが、魔力の反応でここまで飛ばなければならないほど大きいものだったのだろう。もしかしたら相当強いもので、俺TSUEEEEE系なのだろうか。


「...うーん、なんていうかな。雑だな」


急なダメ出しに私は拍子抜けした声を出した。


「まあ、明日からは少し訓練と行こうか。テレサ、そいつを放してやってくれ。俺が許す」


「しかし団長、あなたには何の権限も...」


「夕食は俺のおごりだ」


「分かった」


ご飯につられたテレサと呼ばれたその少女は私の腕をパッと放して、コルトの腕をつかみに行った。コルトはそれをするりと躱して、私たちに言った。


「夕飯はフェニーと一緒に何か作っておいてくれ」


彼はそれからまあまあな大金を持って出かけて行った。


「...私たちも、何か作ろうか?」


フェーちゃんが私に提案した。私もそれをすぐに承諾して、フェーちゃんの案内で食品市場へと向かった。日はもう沈みかけていたころ、私たち二人は並んでキッチンに立っていた。


「よし、これで準備オッケーだね」


私がエプロンをつけて準備を終わらせると、彼女も私と同じように準備を終わらせていた。


「じゃあ、作ろっか。地球の料理、から揚げ、とやらを」


彼女は固唾をのんでスタンバイしていたが、私はその手術前の医者のような姿に吹き出してしまいそうになったが、なんとかこらえた。


「大丈夫、きっとうまく作れるから」


私はそう言って、彼女を励ました。思えば、中学生時代も友達と一緒にこうやって唐揚げを作ったっけ。


私は買ってきたコカトリスの肉を手に取り、異世界版、から揚げを作り始めた。

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