36.これが正しい道なの?
王国首都から飛び出した私は、いくつかのキャンプを周り人員をどんどん補給していった。幸いなことに、幼子から老人まで私のことを知っていたため、人員補給には困らなかった。私が訪れたキャンプでは、毎回全員の人が、私の言葉に従って王国首都の復興へと出向いてくれた。もう三千人程は送り出している。
そして次に私が向かったキャンプはあの少年の居たキャンプだった。正直言って入りたくはなかったが、自分の運命だと割り切り、キャンプに足を踏み入れた。
他のキャンプ地を巡って気が付いたのだが、此処のキャンプ地の人々は、特に目に生気がなく、絶望している。おそらくこの中にいる人々は何かしら大切なものや人や物を失った人々が身を寄せ合って暮らしているところなのだろう。よく見てみると、全員のテントの中には、絶対に遺影のようなものが置かれていた。
そしてこのキャンプは今絶望的な状況に立たされているということが分かった。
このキャンプは、他のキャンプと比べて圧倒的に魔物の侵入回数が多いということだ。それは人から聞かずとも、施設の荒廃具合でわかることだった。しかも、前回と比べて人も心做しか減っているような気がする。
また、人々は私が着ても築かないほどに憔悴しきっており、誰も私に助けを求めようとしなかった。
その時だ。またあのサイレンが聞こえた。今度は私達が初めて倒した、あの腐敗半身ドラゴンだ。あいつは騎士団がいても対処が難しかったようだから、今この状況では同仕様もないだろう。私は急いで現場へと、疾風のごとく移動した。これ以上、何も失わせないために。
◆◇◆◇◆◇
ドラゴンを視認。その眼の前にはあのときの、少年。周りの人が頑張って槍で突いたりしているが、もう止まらない。そいつは少年に向かって突っ込んだ。
「略式神印・一式。閃」
その声と同時に腐敗半身ドラゴンは地面に崩れ落ち、魔力となって霧散し始めた。私は何も言わずに剣を収め、立ち去ろうとした。もう少年の顔は見れない。呼びかけているが、聞こえないふりをして、足早にその場を立ち去ろうとした。その時、私の腕を誰かが掴んだ。驚いて振り返ると、フェーちゃんがそこに立っていた。
「なんで?もう怪我は...」
パシッという乾いた音が辺りに響き渡った。私は半分叩くように掴まれた両頬を抑え、彼女を正面からまっすぐ見た。何も言えずに、私はただそうするしかできなかった。
「アユミンには耳がないの?話を聞きなさい!そして向き合うの。あなたが自分自身で選んだ道なんでしょ?私も手伝うからさ。ほら、向き合って!」
彼女も怪我はまだ完全に治りきっていないはずなのに、フェーちゃんだって、つらい思いはしているはずなのに、何で私は、私はこんなに弱さをさらけ出しているんだろう。
もう、これは正しい道じゃない。今選んだ。こっちが新しい道だ。私は微笑むと、彼女は不思議そうな顔をしたが、私は何も言わずに振り返って、少年をまっすぐ見た。
「あ、ありがとう。勇者さ...」
「ごめんね。実は私はもう勇者でも、救世主でもないの。ただの冒険者の、神木歩。だからあなたを救うと言ったのは嘘なの。ごめんなさい」
私は少年に深々と頭を下げた。少年は何をすればよいのか分からず、おどおどしていたが、私は頭を上げ、じゃあねとだけ言って、キャンプの中心に作られた、集会所のような所に向かった。そして、私は王国へ戻るように、冒険者として、願った。私は勇者じゃない、思い違いだったと、そう言って私は皆に頭を下げた。人々は特に何も言わなかったが、私は次のキャンプへと向かった。
以下は、私が選んだ道の一端の音声記録である。
「皆さん。私の声に...いえ、勇者の声に耳を傾けていただきありがとうございます。実のところ、私は勇者などではありません。人々が勝手につけたもので、それを言い出さずにずっと利用してきました。まずはその事を、お詫びします。そして、私は十六歳の冒険者です。数ヶ月前に魔王連邦に召喚され、そこでギルドに入って、スパイ活動で王国に来て、そして勇者にされたのに、何もできずに帰った中途半端な人間です。力がありながらも、何もできずに、見殺しにした人間は山ほどいます。だから、私はただの人間です。弱い人間です。しかし、勇者ではなく、子どもの私の声を聞いてくれる人がもしいるのなら、一つ、お願いしたいことがあるのです。どうか、王国首都の復興の手助けをしてはくれないでしょうか。勿論嫌なら嫌で構いません。魔族の下で働くも同然ですから、あなた達にとっては苦しいものです。ですが、私は王国も、魔王連邦もどっちも大好きです。それぞれに生きる人々が居て、苦しい中でも笑っていて、酒を呑んで酔って倒れたり、路上で楽しそうに遊んだり...そんな日々を過ごす人々が私の見てきたものです。どちらも戦争によって失われたものは大きいのです。ならば、ここは少しでも手を取り合って、共存の道を一歩でもいいから進めてみてはいかがでしょうか。以上が、人間、神木歩の選んだ道です。どうかご検討、宜しくお願いします」
◆◇◆◇◆◇
「フェーちゃん、さっきはありがとね」
「うん。でも、叩きながら頬を掴んだことは、ごめんなさい。あなたがとても苦しそうだったから...」
「でも、それで私は救われたんだ。誇ってもいいんじゃない?」
フェーちゃんは少し笑って、私の前を歩いた。もうそろそろ次のキャンプに到着するから、もう一度あの演説をしなければならない。喉が壊れそうだと思って、少し咳払いをした時、ようやくキャンプが見えてきた。私も歩くスピードを早めて、二人でほぼ小走りで歩いていった。
「ねえっ、フェーちゃん!」
少し息が切れてきた私に、フェーちゃんは笑って言った。
「息が、っはぁ、切れてるんじゃないっ?」
彼女も汗を流して歩いていた。二人でこうして歩いているうちに、キャンプの前までやってきた。そしてそこには、衝撃的な光景が広がっていた。
「誰も...居ない!?」
私とフェーちゃんは魔物にでも襲われたのだと思い込み、魔物の痕跡を探した。しかし、一つも痕跡はなかったので、皆揃って消えていることが不可解で仕方がなかった。外に出れば魔物に合う確率も上がるのに、どうして外に出たんだろう。
その時だった。一つのテントから、老人が出てきた。あのときの武器屋の老人だった。私達が聞く前に、彼は一つのものを取り出した。ラジオだった。地球の補給物資の中に、ラジオと発信機があったようで、なんとなく事情は察することができた。
「もしかして、私の演説を...?」
老人はゆっくりと頷いて私の目を見た。彼の目は赤く、涙が溜まっていて、そして私の前にひざまずいて行った。
「ありがとう...」
私とフェーちゃんは、その老人を王国まで連れて行くことにした。このキャンプの他の人達は、もう首都まで戻ったと聞いたからだ。この老人だけが、私にそれを伝えるために残っていたようだ。
近場にあったリヤカーに老人を乗せ、二人で交代しながら首都まで運ぶことにした。
首都までは比較的近いキャンプだったので、最初特に何も会話は生まれず、少しの間、周囲には二人の足音と、リヤカーのタイヤの音、そして老人のいびき...ってオイ!寝てんじゃねえか!まあいいか。起こしたら気の毒だしね。
爺さんのいびきがデカくなって、私が二人でなにを話すべきかを考えていた時、フェーちゃんが先に口を開いた。
「ねえ、アユミン。いつ飛行魔術なんて習得したの?『あの時』だってさ、アユミンは空飛んで指揮してたじゃん。あの期間に覚えたの?」
空襲作戦の時、私が飛行していたことを指しているのだろうが、あれは実は飛行魔法ではないのだ。
「あれは外にいたレイス教の魔術が得意な人に浮遊させてもらってただけなんだ。だから、私は飛行魔術は今も一切使えないんだ」
そう、レイス教の魔術が得意な人とは、皆ご存知アルタイルのことである。莫大な魔力を送ってもらいながら飛行し続ける私を一時間もずっと手伝ってくれて、本当にあれは助かった。今度あったらお礼を言っておかなくちゃならないんだが、いかんせんレイス教の人たちは、どこに居るのか、コルトでも分からないらしい。私がもう呼んでも来ないだろうし、また向こうから出向いてきたときにでも言っておこう。
◆◇◆◇◆◇
首都の門の前までやって来た私はその光景に圧倒された。今まで誘ってきた人数より、遥かに多い人数、もしかしたら、もう全員戻ってきたんじゃないかってくらい多くの人が居て、それぞれのやるべき事をやっていた。
男の一部は食料を探しに森へ入り、女の人はそれらを使って料理を作って、休憩してる人に渡し、残った男や、子供も、瓦礫の撤去や、荷物運搬を頑張っていた。私が戻ったのに気づいた人は、一旦作業をする手を止め、それぞれが私に向かって頭を下げた。私が特別何かをしたわけではないのに...そう思っていると、フェーちゃんが私の肩に手を置いてにっこり笑って言った。
「こんなに人を活気づけたのは歩だから出来たことだよ。誇ってもいいんじゃない?」
私はその返された言葉に笑って、チャキフスやカルメンのいる場所へと向かった。
道中では沢山の人が私を見るなりお礼をしてきたが、言葉をかけるものは誰一人としていなかった。ただ、彼ら彼女らが私に抱いているイメージはマイナスではなくプラスだということは分かった。
そして地球のビル群のあった場所には瓦礫の山が残されていたが、そこには地球の人間と思われるスーツを着用した男とチャキフスがいた。何やら言い争っているようだが、なにか喧嘩でもしたのかな?
「儂は貴様の言っていることが理解できんのだ!いい加減魔力でも使って文字を翻訳してみたらどうだ!」
「アイキャノットアンダースタンドワッチューセイン!!」
超片言の聞き馴染のある英語、これは間違いない。日本人だ。私は走っていって二人の間に入った。
「ちょっと待ってください。チャキフスさん!」
「あ、ああ...歩か。この物が何を言っているのかさっぱりでな。もしかして、お前分かるのか?」
チャキフスの期待の目に、私はゆっくりと頷くと、彼は高らかに笑って私の背中をバンバンと叩いた。それから私を彼の方に向き直らせて、こう言った。
「訳せ」
「分かりました」
そうしていると、スーツ男は私に呼びかけてきた。
「ヘイ!ワット...」
「日本語でいいですよ」
「え?何!?君は日本人なのか!?では、神木歩か!」
彼は非常に驚いた様子で喋っていたがすぐに落ち着きを取り戻して、私に話を持ちかけた。
「率直に言おう。今この大男に君を返してもらうように約束しようとしていたんだが...本人が居るなら話は速い。どうだね。地球に帰って家族に会いたくはないか?」
彼の提案は正直言って素晴らしいものだろう。今ここに地球の組織が居るということは、全世界には内緒でこのプロジェクトを進めていっているということだ。運良くそれに乗って帰れる可能性があるなら、『私は』もう一度幸せな生活に戻れるかも知れない。ただ、それは『私』だけの話だ。ここに残った私のやるべき問題は山積みだ。それを全部ほったらかして帰るわけにはいかない。
「すいません。断ります。私は地球には帰れません。やるべきことがたくさんあるので」
私がそう言うと、彼は残念そうに肩を落とし、ため息をついて分かったとだけ言って立ち去り、近くに止めてあったヘリコプターに乗ってどこかへと飛び去っていった。
「おい歩。訳せと言っただろう?」
「あ、すいません。でも、あの方は私に用があったようなので。それはもう済みましたので、一回忘れましょう。それで、これだけの人数、すごいですよね。同調圧力ってやつですか?」
「違うな」
「え?」
私の言葉を一瞬で否定したチャキフスは真顔で私に言った。
「たかが十六歳の異界から来た少女が、自分達の勝手な妄想で苦しんで、何も言えずそれを遂行していて、その事を知って尚動けないわけがなかろう。この星の人間だって一応それくらいの脳はある。儂から一言言おう、歩。よくやった。この石を使って帰ると良い。フェニーも来ているのであろう?さっきから気配がするからな。まあ二人で帰って飯でも食っておくと良い」
そう言って彼は二つの転移石を私に渡し、そして近くに潜伏していたバレバレのフェーちゃんにも石を一つ渡した。天に掲げ、バベルという少女が使っていたような詠唱をして帰ろうとしたその時だった。カルメンが渡しのもとに走ってきて、とある一つの巻物を渡した。
「これは...?」
「最後に渡しておこうと思ってね。君には大いに助けられたから、これだけでもと思って。簡単な魔法さ。君が肉体を再生すると同時に衣服も再生する。これでコハルのときのように...」
「転移!魔王城!」
私の足元に魔方陣が出始め、そして回転し始めた。フェーちゃんも急いで使って、二人揃って出発しようとした。光りに包まれ、私は転移したときのような光に飲まれ、そして目を開けると、私が最初召喚された部屋に戻っていた。そして前には魔王ノブナガが居た。ノブナガはニヤッと笑って言った。
「よくやったぞ、歩よ。貴様の功績は聞いている。貴様に贈り物をしたから見に行くとよい。魔王城正門にコルトが待っている。早く行くといい」
そうして私は勢いよく返事をし、フェーちゃんと一緒に魔王城から飛び出した。
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