紅茶のスコーン②
「こちらは魔導師さんのお店であっていますか?」
「はい。氷の魔女ロゼッタの料理工房です。なにかご依頼ですか?」
「は、はい。その、お菓子のつくりかたを教えていただきたくて来ました!」
「お菓子ですか?」
それなら作るよりも買ったほうが楽だろうに。変わった子だなとロゼは思った。
もちろんロゼとて菓子は作れるし、それなりに心得もある。しかしお菓子づくりの面倒臭さとコスト面を考えれば、ものによっては買ったほうが安いのだ。ロゼは効率重視なところがあった。
「その、こちらには祖母の紹介で来させていただいたのですが、とても美味しい料理を作るとききまして」
「祖母?」
「以前、飼い猫を探してもらったことがあると。シュクレちゃんのこと、覚えていますか?」
あの靴下模様の白猫か。捕まえるのに苦労したのでロゼもよく覚えていた。
「ああ、シュクレちゃんの飼い主の……。あ、もしかしてお孫さんですか?」
「そうです! 祖母がホットジンシャーがとても美味しかったと話しておりました」
「なるほどそれで……」
ホットジンシャーを料理というかは甚だ疑問だが、こうして良い噂が広まることは良いことだ。ロゼは内心で拳を握った。
「えっと、お菓子のつくりかたのご依頼でしたか。具体的にはなにを」
「はい! 紅茶のスコーンをお願いしたいのですが」
彼女ははきはきとロゼに伝えた。
「実は五日後に友人の誕生日を控えていまして、彼女にお菓子を贈りたくて」
「お誕生日ですか。それならケーキのほうがいいのでは? スコーンですと、その、普段のおやつというような気もしますが……」
特別感もなにもない。しかし、彼女は顔をずいっと近づけて言った。
「いえ! 紅茶のスコーンがいいんです。それでなければ駄目なんです!」
「は、はぁ……」
「お願いします!」
彼女が深々と頭をさげてきた。
なにかスコーンにでも思い入れがあるのだろうか。それとも誕生会を開くとかで、大人数で食べられて、それでいて持ち運びが楽なものを選んだとか?
ロゼは困惑したが、顔には出さずに微笑んだ。
「承知しました。氷の魔女ロゼッタがたしかにそのご依頼承ります。どうかあなたに火の加護がありますように。──では、レシピを書いてきますので、そちらにおかけになってお待ちください」
彼女を席まで案内して、料理本を出そうとカウンターに回ったときだ。女性がロゼを呼びとめた。
「待ってください!」
「?」
「そうではなくてその……直接ご指導いただきたくて!」
「直接ですか……。つまりお菓子づくりを習いたい、ということでしょうか」
「は、はい! そうです」
(うーん……)
ロゼはすこし悩んだ。料理は得意なほうだが菓子づくりとなると専門ではない。所詮は王都の一角にある小さな料理店。せいぜいプディングやパフェを出す程度なのだ。そういう頼みなら、菓子専門店で教えてもらうほうがいいと思う。
ロゼはちらりと彼女をみる。期待に満ちた顔だ。
(なんだが断りづらい……)
まぁいいか。料理本を取り出して、ロゼは彼女にみせた。
「では、こちらなどはいかがでしょうか?」
「はい!」
しごく簡単な基本のスコーンの作りかた。
「個人的におすすめなのは、プレーンにショコラ。オレンジジャムなどを混ぜたものですが……」
「紅茶味でお願いします」
「一択ですか」
「一択です」
女性が元気よく頷いた。
「でしたら、ひとまず明日にいちど作ってみましょうか。お誕生日が五日後でしたら、前日か当日の朝に焼いて、ご友人にお渡しする形になると思いますから、それまでに何度か練習してみましょう」
どうせ簡単な菓子だ。二、三回作ればコツも掴めるだろう。そう思って明日からのお菓子教室を提案したのだが、彼女は困ったように微笑んだ。
「できれば今日から毎日お願いしたいのですが」
(毎日……)
なんとなく、嫌な感じがした。
「駄目、でしょうか?」
「い、いえ。大丈夫ですが、今日ですか? それなら材料をそろえないと……」
「では、買い出しにいきましょう! 経費はこちらでお持ちしますので」
「はぁ……」
ずいぶんとやる気に満ちた人だ。しかし経費を持ってくれるというならありがたい。ロゼは彼女と買い物に出ることにした。そしてこの数時間後に、この依頼を受けたことをロゼは心の底から後悔することになるのだが……そんなことは露知らず。ロゼは店を出て商業通りを目指した。
女性の名前はサラというらしい。一緒に肩を並べて歩いて話を聞いていると、やはり良いところのお嬢様だった。まぁそれならお菓子づくりなんてしませんよね、とロゼはぼんやりと空を眺めながら、たわいもない会話をつづけた。
(そういえばノルさんも、スコーン好きなんですよね)
今朝はドーナツのことで喧嘩をしてしまったが、よくよく考えれば別のお菓子を用意すればいいだけの話だった。一緒に食べるだけなら何もドーナツに固執する必要は無いのだから。
わすがにちくりと差す胸の痛みに頭をふると、ちょうど商業通りについたらしい。ここはいつも行く場所と違い、専門的なものが多いから、サラの望むものも手に入るだろう。なんでも、スコーンに使う茶葉がうんぬんと話していた。ロゼとしては紅茶の違いに詳しくはないから、彼女があれこれ選んでいるのを隣で見ていた。
そのあとはお菓子の材料。小麦粉はロゼの店にもあるけれど、サラが見たいと言うので近くの店に立ちよった。そこでロゼは絶句した。
「ロゼさん! このさらさらした粉はなんですか?」
「それは小麦粉ですね」
「あちらの白いものは?」
「粉砂糖です。ドーナツなどにまぶすやつですね」
「目の前のきらきらしたものは?」
「……各種果物のシロップ漬けですね。焼き菓子に混ぜたりします」
「すごい! 綺麗ですね、これ!」
「そうですね。宝石のようにきらきらしていますね」
ひとつひとつのことに反応して喜ぶ彼女をみて、ロゼは気が遠くなった。
このひと、台所を見たことがないのか?
小麦粉ひとつ見たことないとは、どれだけの世間知らず……いや、本人ははっきりとは言わないが、きっと貴族の娘なのだろう。
(これは……もしや、骨の折れる依頼では)
ロゼは遠い目をして、はしゃぐサラをみた。
「ロゼさんロゼさん、この薄紅色の粉は何ですか?」
「ああ、
「もちろんです」
サラが店員に爆裂粉を注文をする。
「それにしても、お菓子づくりって物騒なんですね」
サラが口元に手をあててくすくすと笑う。
「物騒、といいますと?」
「だって、爆裂粉って火薬でしょう? 芸術と料理は爆発。なるほど、しかと胸に刻んでおきます!」
いや、違うから。
(うーん、なかなかに重症ですね……)
ロゼは頭をかかえると彼女に爆裂粉の説明した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます