紅茶のスコーン③

  そのころノルはニアの森にいた。


「くそぅ、ロゼのやつ。あんなに怒らなくたっていいのに」


 ノルはベニボンキノコのうえに寝転んで空を眺めていた。ちなみにこのベニボンキノコを乾燥させて粉にするとさきほどの爆裂粉が作れる。


「このあとどうすっかなー」


 まだ陽は高い。このままのんびり森で過ごすのもいいが夜はさすがに厳しいか。ノルはねぐらを探すべく、ぴょんとベニボンキノコからおりた。


「ま、明日にでもなれば、機嫌もよくなるだろ。それまで放っておこー」


 ノルは森のなかを走り、いちばんやってはいけない選択をした。


「と、お? あれは……」


 すこし先につたに隠れた扉があった。白に近い灰色の扉だ。近づくとわずかに扉が開いていることに気がついた。


「うん? こんなところに誰かが住んでんのか?」


 きいっと扉を開いて中に入る。湿った香りとともに血の臭いが鼻腔をかすめた。


「おいおい、まさかの事件発生ってか?」


 ノルは眉間にシワを寄せて思考する。


(うーむ……どうするか)


 厄介ごとの匂いがする。ここはなにも見なかったことにして戻ろうか。しかし気になることは気になる。怖いものみたさというやつだ。


「ま、いっか。やばくなったら、かーえろ」


 ノルは先に進むことにした。


 ◇ ◇ ◇


「こなごなですね」


「ええ、あとかたもなく……」


 ロゼとサラは互いに顔を見合せ、ため息を吐いた。あれから四日間。毎日のようにスコーンづくりに励んでいる。

 途中まではなんとかなる。しかし焼く工程がどうにもうまくいかない。かまどのなかで爆発する。突然ぼんっとなって、なかを開けると四方に飛び散る無惨な生地。真っ黒焦げになってしまうとか、そんな可愛い次元の話じゃない。

 驚くほどにサラには料理の才能が無かった。


「爆烈粉の入れすぎでしょうか……」


 ロゼはかまどの壁についた生地を指につけて、しげしげと観察した。みたところ、ごく普通のスコーン生地だが。


「すみません……実はわたし、料理がへたでして……」


「あ、はい。それは初日の買い物風景からなんとなく察していました」


 もじもじと、二本の人差し指をくっつけて、恥ずかしそうに打ち明ける彼女にロゼは淡々と返した。


(サラさんの料理の腕は予想していたつもりですが……)


 まさかこれほどまでとは。サラに爆発系の魔法を教えたらうまく使いこなせるかもしれない。

 ロゼはううむと唸り、結論づけた。


(これは流石にわたしもお手上げです)


 いちど受けた依頼を断るのは忍びない。だがこれはどうにもできない。彼女にお菓子づくりを教えるのは無理がある。なにより、そろそろノルを探しにいきたい。


(あれから四日も経つのに……)


 ノルが帰ってこない。どうせ彼のことだから、翌日には戻ってくると思っていた。そうしたら、小言のひとつでも言って一緒にドーナツを買いにいこうと思っていた。たとえ限定品でなくてもおやつの時間を共有できるのならそれでいいのだから。


 ロゼは彼女に身体を向け、頭をさげた。


「申し訳ありません。わたしにはサラさんに料理を教えることは難しそうです」


「ロ、ロゼさん、そんなっ! 頭をあげてください」


「いえ、いちどお受けすると口にした以上、やり遂げるのが魔導師というもの」


 ですが、とロゼは続けた。


「明日までにサラさんがスコーンを焼けるように指導するのは難しいかと」


 せめてあと一週間あれば、なんとかなったのかもしれない。だがこれは無理だ。


(できない約束をしてはいけない。師匠せんせいもよく言っていたことなのに)


 情けない。ロゼは悔しい想いでいっぱいだった。しかし、サラは言った。


「いいんです、ロゼさん。はじめからわたしがスコーンを焼けるとは思ってもいませんでしたから」


「え?」


「さきほどもお話したように、わたしは料理が苦手です。屋敷の厨房に立っても侍女たちを困らせるだけ。だから、そとに出て、こうして料理を教えてくださるお店を探したのですが、ロゼさんの前にも何軒も断られてしまっていたんです」


 だから、と寂しげな笑顔で彼女は笑った。


「むしろここまで親切にしてくださってありがとうございます。感謝しています」


「サラさん……」


 ロゼがなんともいえない気持ちでサラの目を見ると、彼女はぺこりと一礼してエプロンを外し、調理台のうえに置いた。とても丁寧にたたまれていた。

 サラは椅子に立てかけてあった鞄から金貨を一枚取り出すと、ロゼの手に握らせた。


「お礼です。あと食材の代金。受け取ってください」


「い、いえ! さすがにこれは」


 ロゼが金貨を返そうとすると、サラは首を横に降って「それよりも」と続けた。


「このあたりで人気なお菓子屋さんはありますか? できれば紅茶に合うような美味しいお菓子が売っているお店がいいのですが」


「それでしたら、この通りをいった先にドーナツ屋さんがありますが……」


 今朝ロゼがいった店だ。この時間では限定品は売ってはいないが通常のものなら残っているだろう。


「じゃあ、明日はそこのドーナツを買って渡します。友人もきっと喜ぶと思うので」


「え? そうですね……」


 そのまま出ていこうとするサラにロゼはふと声をかけた。


「あの!」


「?」


 サラが振り返る。


「その、どうしてわざわざ自分でお菓子を? お話を聞く限り、はじめから買うか、家の人に作ってもらったほうが……」


 歯切れの悪い口調でロゼがたずねると、サラは困ったように笑ってから、ぽつりと声を落とした。


「喧嘩を、してしまったんです」


「喧嘩、ですか?」


「ええ。友人はお菓子づくりが趣味で、彼女の作ったお菓子を食べるのがわたしの日常でした。でも先日、ひどいことを言ってしまって、彼女を傷つけてしまったんです」


 サラが目を伏せ、語る。

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