ホットジンジャー②

「おいおいおい! 依頼ってなんだよ。それも猫探しって! うちは料理屋だぜ? なんでそんなもん引き受けてんだよ」


「いえ、そのことなのですが。正直、料理屋だけでは経営が厳しいため、魔女の仕事の依頼も受けることにしたんですよ、ほら」


 ロゼが近くのメニュー表を手渡してきた。ノルが両手で受けとると、たしかにすみのほうになにか小さく書いてある。


「お困りのかたは格安で承ります。獣退治に猫探し。お気軽にご相談ください?」


「はい。いちおう表の看板にも書いておきました」


「ええ……」


 ぜんぜん料理と関係ないじゃんとノルは思った。ロゼにメニューを返してノルはつぶやく。


「しかしまぁ、そうだなぁ。ほかの仕事やるって話には賛成だ」


「おや、意外と乗り気ですね」


「だって金、稼がないとにんじん買えないし」


「そうですね……。このままでは今日からノルさんのご飯は毎食雑草に……頑張りましょう」


「うおい! そしたらお前も道連れだっつーの!」


 今日からふたりで雑草生活。ほろりとローブの袖で涙をぬぐうふりをしたロゼにノルが頭突きした。


「ところでさ」


「?」


「さっき老婆が言ってた魔導師ってのはなんだ? 魔女とは違うか?」


 ノルが訊ねると、ロゼは「ああ……」とつぶやいて天井をみあげた。ノルもつられてうえを見ると、ひとの顔のような染みがあった。怖い。


「魔法が得意なかたを魔導師というのですが、わたしのようにお店を開いて依頼を受けたり、軍に入って国に仕えたり……人によっていろいろですが、魔導師は希少なので、すごく稼げる仕事なんですよ。魔女というのは単に別称ですね」


「ほーん。つまりロゼは魔導師で、すげー稼げる職業だからあんな大金をふっかけてたってわけか」


「ふふふ。このわたしに感謝してくださいね? これで夜ご飯は豪勢な鳥の丸焼きが食べられますよ!」


 ふふんと誇らしそうに胸をはるロゼだが、ノルは不思議と嫌な予感がした。猫探し。猫というのはあの猫だ。にゃーと鳴くあいつ。


(ううむ)


 ノルは眉間にしわを寄せる。いつも散歩をしていると、ノルのまわりに集まってきては、爛々とした瞳を向けてくるあいつらだ。そのまま交戦バトルになったことは数知れず。

 ふ、やるな……お前。

 おまえも、にゃー……。

 などと、熱い展開になったりならなかったり。

 つまるところノルとって、猫は天敵なのであった。


 ◇ ◇ ◇


 ひんやりとした空気が漂うなか、王都の北西地区をふたりは歩いていた。ここは貴族や裕福な家柄の者が住む地区だが、今朝たずねてきた老婆はこのあたりに住んでいるらしい。そうなると、猫もこの近くにいるのではという話になり、ふたりは猫草を片手にこのあたりをうろついていた。


「さてさて、猫の名前ですが『シュクレ』ちゃんというそうです」


「シュクレちゃんねぇ。なんかいいにくい名前なんだが。んで? どうやって探すんだ? 白猫なんてどこにでもいそうなもんだが……」


 ノルはあたりを見渡した。猫ならあちこちに見かける。ここは猫のたまり場なのだろうか。


「ふわふわの長毛種のようですね」


「それは知ってるが、さっきからけっこうな数を見るぞ? ……そこにもいるし」


 階段のうえに二匹の猫がいる。灰色の猫と、もう片方が白い綿毛の猫であり、やや警戒するようにロゼをみている。おかげでノルのことなど視界にすら入っていないようすで、今日は猫に絡まれることなく、ノルは通りを歩くことができた。ロゼに感謝だ。


「まぁ……、長毛の猫を買うのはお金持ちのお約束ステータスみたいなものですから。この地区に住んでいるかたを考えれば、そこかしこに長い毛の猫がいるのも頷ける話ですね」


「そうなん?」


 それは初耳だが、単なるロゼのイメージでは?

 ノルとしてはむしろ小型犬を腕に抱いている姿を想像した。もしくは獰猛な種類。番犬がわりに狼なんかを置いていそうだ。


「ちなみに靴下を履いたような模様のついた猫らしいですよ」


「ほう、ほんとだ」


 ロゼが腰をおとして石階段の下段に尻をつけると、ノルも行儀よく彼女の横にちょこんと座って、ふたりで老婆からもらった猫の姿絵をみつめた。

 つややかな白の毛並みに茶色の靴下を掃いた猫。澄まし顔で佇むその姿はみる人によっては愛らしく思えるだろう。いまにも絵のなかから鳴き声が聴こえてくるほどにうまい。


『にゃーん』


「にゃーん?」


 ノルがばっと振り返る。階段下の木のそばを白い猫が通りすぎる。ふさふさの尻尾をこれ見よがしに左右に振って澄まし顔。なんとなくノルは嫌な猫という印象を受けた。

 しかし隣からは「かわいい」という小さな声があがった。


「なに? 俺のほうが可愛いだろ?」


「え、まさかの反応」


 ノルさんの自意識過剰……とかなんとかつぶやいて、ロゼは立ち上がり絵と猫を見比べた。


「もしや、あの猫がシュクレちゃんでは?」


「ふむ……言われてみれば」


 優雅に歩く猫の足先をみれば、靴下を履いたような模様となっており、つややかな毛並みは絵とそっくりだ。金持ちの猫。一瞬でふたりの思考は重なって、あれがシュクレちゃんに違いないと互いに目で示しあう。

 まずはロゼが腰をおとして両手を伸ばしてみる。


「シュクレちゃん、こちらです」


 シュクレちゃんはつんっと横を向いた。


「あまり機嫌がよろしくないみたいですね……」


「機嫌つうか、猫はみんなそうだろ。高飛車つうかなんつうか、愛想わりぃよな」


 ぴょんぴょんとノルがロゼの隣に移動した。シュクルちゃんはノルをちらりと一瞥すると、その場に座って、ぺろぺろと前足を舐めはじめた。


 ──遊んであげますわっ!


 ノルにはシュクレちゃんの思考が手に取るように読めた。毛繕いするところを最初にみせつけて、そのあとは地面にごろん。

 まるでお前になど興味ないですよ、と嘘ぶいてノルの油断を誘ったあとに、一気にまっしぐらするつもりなのだ。


(俺は騙されねぇぞ!)


 ノルは四つ足で毛を逆なでて、シュクレちゃんを威嚇する。そんな水面下でばちばちと火花が散っていることなど知りようもないロゼは平然と立ち上がる。


「そうですかね? いつも話かけるとちゃんと返事をしてくれますよ」


「話かける? どんな?」


「にゃーん」


『にゃーーん』


「ほら」


「いや、ほらって……」


 ノルの横でロゼとシュクレちゃんの輪唱が始まった。次第に近所の猫たちも集まってきて大合唱。にゃーにゃー、にゃーにゃーうるさい。近所迷惑になるからノルはロゼをとめた。


「──ってああ……いっちゃいました」


 シュクレちゃんが、ぱーっと走っていってしまった。残念そうな顔でロゼがつぶやく。集まっていた猫たちも、こちらに興味を無くしたのか散り散りになってどこかへ行ってしまった。ほんとうに猫は気まぐれだ。ノルは「けっ」と猫たちに冷めた視線を送った。そのようすをみてロゼが首をかしげる。

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