太陽のピザ~バジルオイルがけ~②

 それから気づけば一時間が経っていた。

 無心で麦を刈っていたから、ロゼに「そろそろ休憩しましょう」と声をかけられるまで気づかなかった。


 ノルは立ち上がり、腰をぐっとうしろにそらす。ばきばきと小気味いい音がなる。ずっと座りこんでいたから、あちこち凝り固まっているようだ。ぐぐっと伸ばされる筋肉が心地よい。ぐるぐると肩を回しながら、ノルはロゼのもとに向かった。


「ノルさん! もうじきお昼が出ますよ!」


 うきうきとしたようすだ。ロゼは簡易的に設置された席に座っていた。机のうえにはさまざなジャムが並んでいる。彼女がこの村を訪れる前に店で作っていたものだ。


(ははーん、なるほどこれかぁ)


 ロゼの目当ては昼食だ。この村のパン祭りでは、焼きたてのパンが好きなだけ食べられる。これから出てくるだろうごちそうにノルがよだれをすすっていると、さきほどロゼに声をかけてきた女性がやってきた。


「すみません、ロゼッタさん。今日のパンはお休みになっちゃいましてねぇ」


(なぬ!?)


「ええ!? どうしてですか!?」


 ロゼががたりと立ち上がる。テーブルのうえに両手をついて前のめりな姿勢だ。さすがに女性も戸惑ったようで、申し訳なさそうに返した。


「実はパン焼きおじさんが腰をやってしまってねぇ。それで今日はパンは無しって話になってたんですよ」


 パン焼きおじさん……?


「そ、そんな……! パンが食べ放題だというから無料ただで受けた依頼だったのに!」


(え? 無償だったの、これ)


 悲壮感たっぷりな声を聞いてノルは別の意味で衝撃を受けた。


「ほんとうに申し訳ないのですが……。代わりに先日ひいたばかりの小麦粉をお好きなだけお渡ししますので、王都に戻ったらたくさんパンを焼いていただけたらと思います」


「小麦粉……」


「そんなぁ……」


 ロゼが力なくうなだれる。

 そうか。いままで自分はただ働きさせられていたのか。無償奉仕、切ない。

 ノルもがっくりと肩を落とした。


(まぁだが、しょうがないよなぁ……)


 聞けば、ほかの村人たちがパンを焼くと言ったのだが、そのパン焼きおじさんなる者が、断固として窯のまえから動かないのだそうだ。ここは小さな村だから、共同で石窯を使っているので、そうなるとどうしようもないと女性が嘆いていた。


 正直、腰をぎっくりしたなら寝ていなければ駄目だろうとノルは思ったのだが、そのパン焼きおじさんはパンを焼くことに並々ならぬ情熱を持っているそうで無理らしい。いろいろと突っ込みどころ満載の話ではあるがノルは納得した。しかしロゼは憤慨した。


「納得いきません! そのかたをわたしが、しばき倒してさしあげます」


「いやいや止めとけよ。きっとその人にもいろいろ事情があるんだろうさ。残念だがパンは諦めろ」

「くそがっ!」


「こら、そういう汚ない言葉を使ってはいけません」


「だって!」


 ロゼが机のへりにごつごつと額を叩きつけて荒れている。

 子供かお前は。癇癪おこすなよ。

 ノルは若干引いたが、まぁ気持ちはわかる。ここは小麦粉を多めにいただきて早々においとましよう。ノルは内心で頷いたが、とつぜん彼女が鬼気迫る顔を向けてきた。


「わかりました。わたしがパンを焼きます!」


「ええ? 窯は? どうすんだよ?」


「いりません!」


「はぁ? それはさすがに無理だろ」


 ノルが呆れてロゼを見ると、彼女はすまし顔でいつもの決め台詞を告げた。


「わたしは篝火かがりの魔女。かまどなしでもパンを焼いてさしあげましょう!」



 ◇ ◇ ◇



「で、けっきょくパンじゃなくてピザなわけね……」


「まぁ、どちらも似たようなものですよ」


「全然違うと思うけど」


 ロゼが用意したのはフライパンだ。ピザならそれで焼けるからと、さきほどの女性から借りたのだ。


「さて、では焼きましょうか」


 ロゼがの前に腰をおろす。さきほどノルが作ったレンガの炉だ。実は彼は手先は器用なので、ロゼの注文どおりに作ってやった。いわゆる簡易式のものだ。ノルがレンガを組み立てている間にロゼはピザの生地を作り、具材を敷き詰め、フライパンに乗せ、ちょうどいまから焼くところだ。

 彼女がフライパンを炉に置いた。


「さて、すこし火の加減を調整してあげて……」


 あらかじめノルが準備しておいた火種にロゼが手をかざすと、ぼっと火の勢いが強まった。隣でみていたノルは「おお」と感嘆の声をあげる。


 フライパンに蓋をして五分程度。芳醇な香りが漂ってきた。ロゼが蓋をあけるチーズがふつふつと泡立っていた。トマトの輪切りも、しなっとしている。火が通ったのだろう。

 ロゼはピザを注意深く観察すると、指先に小さな炎を灯した。


「ノルさん。みていてくださいね。これで、こうして表面を炙ると……」


 ロゼがフライパンに指を向けると、たちまち生地の表面が膨れ上がる。みていて面白い。すぐにほどよい焦げがついて香ばしい匂いがノルの腹を直撃する。ぐぅっと響く腹をおさえてノルがナイフを手に取った。


「そろそろいいんじゃないか?」

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