太陽のピザ~バジルオイルがけ~① 

 夏だ! 麦だ! 黄金畑にようこそ!

 ユーハルド、夏のパン祭り開催中!

 たくさん麦を刈ったひとは、白いパンがいっぱいもらえますよ。



「──なんて、うたい文句はどうでしょうか?」


「それ、なんかどっかで聞いたことのあるフレーズだなぁ」


 春のパンしかり夏のパン。

 ユーハルドでは現在夏のパン祭りが開催されている。

 正式には『麦刈祭むぎがりさい』。小麦の収穫を祝い、太陽の恵みに感謝を捧げる祭りだ。


 ロゼとノルはベルルーク領にある小さな村に来ていた。小麦の収穫。その手伝いをするべく、ガタコトと馬車に揺られて約五日。目の前には黄金の麦畑が広がっている。


「しかしまぁ……この炎天下で畑って……」


 ノルは額に垂れる汗をぬぐった。この依頼をしてきた人いわく、最近は田舎から都に出ていく若者が多いとかで、農村部は深刻な人手不足らしい。それでロゼのところにもいらいがかかった。だからこうしてうだるような暑さのなか、小麦を刈っているわけだ。ロゼが両手を広げて言った。


「ノルさん、ノルさん! 見てください。こんなにたわわな小麦が実っていますよ」


「だなー、たわわだなー。ところでさぁー?」


「なんでしょう、ノルさん」


「どうして俺まで手伝わされてるわけ? しかも今日のノルさん、人間仕様だし。お前、この格好可愛くないから嫌だっていってなかったか?」


「それはそれ。これはこれ。本日は男手があるほうが色々と助かるからですね」


「あっそう」


 ノルは小さくため息を落とした。今日の彼は人間体だ。眼前に広がる美しい黄金畑にて、労働力のひとりとしてコキ使われているのだ。いつもは可愛くないとかいって、この姿を取ることをよしとしないのに。こういうときだけ厳禁なやつめ、とノルは彼女は横目でみた。


「ふふ、こんなにみごとな畑だと『ほらほら、俺をつかまえてごらん!』、『待ってー、ノルさーん!』とか、やってみたいものですね」


「いや、それ海でやるやつじゃね? しかも配役逆だし」


「ほほう、海ときましたか。つまりノルさんはわたしの水着回が見たいと」


「まぁ、そりゃあ、そんな格好よりはなぁ……」


 隣にしゃがみこむ彼女。いつもの暑苦しいローブではなく、ノースリーブのシャツにショートパンツと涼やかな格好だ。しかし首には白いタオルを巻き、頭には麦わら帽子。完全に農作業仕様スタイルといえる。まったくロマンの欠片もない。


(しかも、ふつうは虫に刺されるから長袖が基本装備なんだけどなぁ……)


 あと日焼けもする。実際まわりの村人たちは暑そうな格好で麦を刈っているし、ノルの格好もそうだ。彼はちらりと隣を見た。さくさくと鋭い鎌で麦穂むぎほを器用に刈り取るロゼ。彼女の動きを見ながらノルも真似てみるが、刃が滑ってうまく切れない。なにかコツでもあるのだろうか?


「こら、ノルさん。手がとまってますよ?」


「へいへーい」


 ノルは目の前の小麦に集中した。けれどそこに大きな影が落ちてきたのでふと見上げると、気立ての良さそうな女性が立っていた。妙齢の、少しふくよかなご婦人だ。彼女は朗らかに笑った。


「すみませんねぇ。魔導師さまにこんなことまで手伝わせてしまって」


「いえいえ。氷の魔女ロゼッタは国内どこからでもご依頼を承りますよ。どうかみなさんに火の加護がありますように」


「そうかい? それは助かるよ。じゃあ悪いけど、そこの一面が終ったら向こうもお願いできるかしらねぇ」


「お任せください」


 ロゼが笑って答えると、女性は嬉しそうに頷いて去っていった。


「おまえ、今日はいつもよりも愛想いいな」


「そうでしょうか?」


「ああ。いつもはうさぎと一緒で表情あんまり変わんねぇからなぁ……。でもなんだ、今日はやけに目をきらっきらさせて張り切っているようだがどうしたよ? そんなに麦が好きだったのか?」


「へ? わたしは表情がくるくると変わる守ってあげたくなる系の女の子だと思っていたのですが」


「嘘だろぉ。どうしたらそんな認識になるの?」


 ふたりの解釈は天と地ほど違った。なぜかショックを受けているらしいロゼを無視してノルはすぱんと小麦を刈った。いまのはいい動きだった。この調子で麦を刈っていこう。


「む……まぁそうですね。たしかに今日のわたしはやる気に満ちていますとも」


「だろ?」


「ええ」


 すこし不機嫌そうな声色でロゼが話を繋ぎ、ノルが返す。ロゼがさくさくと麦を刈っている。見事な手際だ。しかし真顔が妙に怖い。


「なんというかほら、麦刈りってテンションあがるじゃないか」


「そうか?」


「ええ。たとえばですが、こうして麦穂を掴み、茎の部分を嫌な相手の首に見立てて、こう……」


 ロゼが麦を数束つかみ、鎌をふりかぶる。すぱんと見事に茎が切れた。はらりと麦のいっぽんが地面に落ちる。


「…………」


「ね? さくっとするとスカッとしますよね。こんなにたくさん小麦くびがあれば刈り放題です」


「怖いよ」


 ね? じゃない。

 綺麗な笑顔を向けてくるロゼが怖い。そしてその嫌な相手ってもしかして俺? とはノルもきけなかった。しかし話の前後から察するに、ノルの首に見立てたことは間違いないだろう。

 ノルは話をそらす方向に決めた。


「ま、まぁなんだ。草むしりみたいなもんだよな。黙々と無心で草をむしる。ああ、心が落ちつくよな」


「そうですね。嫌な相手の頭髪に見立ててぶちぶちと……」


「それはもういいよ」


 さっくさく。軽快な鎌さばきをしながら、ノルは話題を探した。


「あー、ところでさ。麦を刈ってわいわい騒ぐってのも変な祭りだよなぁ。ふつうにただの農作業だろ? わざわざ祭りにしないといけないくらい麦刈るのがめんどくせぇってことなのか? 祭りにして下がったテンションあげようーみたいな」


「まさか、そういうわけじゃないと思いますよ?」


 ロゼが苦笑を浮かべた。よかった。ひとまず話をそらせたことにノルは安堵の息を吐いた。


「この国では農耕が盛んですから、こうして豊かな恵みをもたらしてくれる夏の太陽に感謝をするお祭りなのですよ」


「感謝ねぇ」


「はい。それに小麦はパンにもなるし、粥にもなるし、お菓子も作れるしで、いわゆる必須穀物なのですよ」


「必須穀物……つまりすごく大切な食べものってことな」


 ノルはちらりと遠くをみた。ばちばちと大きな炎が焚かれていて、村人たちが火のそばで休憩している。茶を片手に談笑する老婆たちや、麦草を高くかがけて走り回る子供たち。年老いた農夫が麦を地面に並べて天日に干している姿もある。


 たしかに若者不足が深刻だなー。しかし全員真夏なのに火のそばとか熱くはないのか?

 などと、考えながらノルは村人たちから目の前の麦に視線を戻すと、無言で鎌を動かした。

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