太陽のピザ~バジルオイルがけ~③


「はい。これで完成です!」


 夏の太陽をたっぷり浴びたトマトとチーズのピザ。ロゼが皿に盛り付け、ノルが切り分ける。さらにバジルのオリーブオイルをかけたら完成だ。ふたりで勢いよくかぶりつけば、びよーんとチーズが伸びた。


「ああ、幸せ……」


「だなぁ。やっぱピザは焼きたてに限るよなぁ」


「ですねぇ」


 もぐもぐとピザを口につめこみ、ノルは麦畑を眺めた。


「これで酒でもあればなぁ」


 麦とはいえばやはりあれだ。エール。目の前の麦は小麦だが、まぁ細かいことはさておき麦酒が飲みたい。

 そんな衝動に駈られていると、ロゼが机のうえにグラスをすっと滑られた。


「どうぞノルさん」


「お、いいのか? 酒なんか飲んでも」


「もちろんです。今日いちにち頑張ってくれたご褒美ですから」


「じゃあ、いただこうかな」


 ノルは木のコップを受け取り一気に煽った。ゴッゴッゴッ……と喉を鳴らして、ああうまい。胃に染み渡るこの感じ。きんきんに冷えたエールと熱々のピザを交互に食べ、目の前には笑顔でピザにぱくつくロゼがいる。


(幸せだなぁ……)


 この際もはやなにも言うまい。なぜこの炎天下に冷たい酒が出てくるのか、そもそもこの酒はいったいどこから……などという疑問は全部投げ捨て、ノルはピザに食らいついた。


「それにしても、さすがは腐っても料理屋さんをやってるだけあるよなぁ。こんな状況でピザが思いつくなんてさ。俺ピザはじめて食ったけど、すげぇうまいよ」


「腐っても、とは失礼ですが……。でも意外ですね、ノルさんピザははじめてですか? さきほど焼きたてに限るとかなんとか言っていたような気がしますが……」


「それはノリだ、ノリ。パンしかり、ピザしかり、こういうのは焼きたてがうまいもんだろ?」


「まぁ、そうですね」


「んで、はじめてかっていうと、そりゃそうだ。俺うさきだし。可愛いうさぎさんはピザなんて食わないからな」


「いまは可愛くありませんが……」


「そういうこと言わない。傷つくから」


 ロゼがくすりと笑う。彼女は酒が苦手なようでレモン水を飲んでいた。ピザにレモンをかけて食べてもうまいよなぁとノルがじっと見つめていると、ロゼがレモンの輪切りを取り出して渡してくれた。

 いや、それくれても。


「ロゼは? けっこうピザとか食ったことあるのか?」


「いえ、これが二回目ですかね」


「へ? そうなのか? つくりかた知ってるみたいだし、てっきり詳しいもんかと思っていたが……」


「まさか。料理の本に書いてあったものを再現しただけですよ。それにトマト味ははじめて食べましたし……噂にはきいていましたが、こんなにも美味しいものとは正直驚きました」


 こくこくと頷くロゼにノルは首をかしげた。


「あん? ピザっていったら普通トマト味だろ? それともあれか? チーズだけーのやつでも食ったのか?」


「ふふ、違いますよ」


 綺麗な笑顔を浮かべる彼女を見て、それなら野菜だけが乗ったピザだろうかとノルは想像した。にんじんたっぷりのオレンジ色のピザ。それはそれで美味しそうだ。

 ロゼが目を細めて懐かしそうに語る。


「──そうですね、あれは……、わたしがはじめてピザを食べてたのは、師匠せんせいに王都へ連れていってもらった時のことでした」


「ほう、例のお師匠さんか。つまり、そんとき食べたやつが、ロゼのファーストピザってわけか」


「ええまぁ。でも、ふふ……そう言われると、すこし照れてしまいますね」


 ロゼが恥じらうようにはにかんだ。ノルは興味本位でピザの内容を聞いてみた。


「んで? どんなピザだったんだ?」


 その瞬間、ロゼの顔から笑顔が消えた。代わりに深い憂いを帯びた声が返ってくる。


「……オレンジジャムのピザでした」


「え?」


「オレンジジャムのうえに、オレンジの輪切りが乗ったピザでした」


「クリームチーズとかは?」


 ロゼが首を横にふる。


「無いですね。オレンジオンリーでした。2枚とも」


「…………」


「…………」


 デザートピザかな?

 ノルのなかでロゼの師匠に対する偏食説が生まれた。彼女がしみじみとピザを噛みしめる。


「そんなわけで隣のテーブルのトマトチーズのピザを羨ましく思っていたわたしは本で学び、いつかピザを作るときがきたら挑戦しようと固く心に誓っていたのです。そして……ついにこの日が来たので、柄にもなくはしゃいでしまいました。すみません」


「いや。いいんだぞ? 存分にはしゃいで。あとほれ、残りのぶんは全部やるから、いっぱい食え?」


「ありがとうございます。それでは遠慮なく」


 ノルがピザの皿を押すと、ロゼはもう一枚ピザを手に取った。かぷりと噛みつく。なんとも幸せそうな笑顔だった。


「しかし、やっぱりいいもだな。労働のあとのご飯は」


「ですね。今日のノルさん(人間体)は働きものでした。ご褒美に帰ったら、にんじんをたくさん用意しましょう」


「やったーと、いいたいところだけど、この姿でにんじんが好物はないだろ」


「では何を?」


「やっぱり酒だな。あと干しイカ」


 ロゼがなんともいえない顔をした。そこに村人の女性が歩いてくる。


「あのぉ……お昼を召し上がるのはいいんですどね? もう夕方なので……」


 たいそう言いにくそうに告げた。ふたりは、はっと空を見た。夕焼け色にうっすらと浮かぶ星々が美しい。現在の時刻は五時半。もう夕飯時だった。


「そうでした! ピザを作るのに必死で麦刈りのお手伝いを忘れていました」


「うん、まぁ実は俺も思ってた」


 ピザを焼いて食べている間、収穫の手伝いなどそっちのけ。村人たちがこちらをちらちらとみながら麦を刈っていたことをノルは知っていた。しかしわりとマイペースなロゼは気付いていなかった。さすがに依頼をこなしに来たのに、勝手にピザ作って食べていたら怒られるのでは?

 ノルは内心ひやひやだった。しかし、


(まぁ、報酬のパンが食えない時点で依頼は不成立なんだろうが……)


 女性が気まずそうな顔でこちらを見ている。むしろ、いままで放っておいてくれたのは、村人たちなりに後ろめたさがあったからからなのかもしれない。


(うーむ、こういうときは)


 ノルはぽんっと両手を合わせた。


「よし、ロゼ! パン祭りならぬピザ祭りをやろうぜ!」


「え? ピザ祭りですか?」


「おうよ。ここにいる奴らの全員が麦刈りを頑張った。だから──」


 ──夕飯は、みんなで火を囲って楽しくピザを食べようぜ?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る