シナモン薫るアップルパイ②

「ロゼ、あの兄ちゃんは誰だよ」


「ペリードさんですよ。この国の貴族のかたで、こちらに店を構える際に推薦状を書いていただいたかたの弟さんです」


「推薦状?」


「いちおうお店を開くのにもあれこれ手続きが必要なのですよ。一筆書いていただくと、店を出しやすくなるといいますか……後見人みたいなものでしょうか」


「ほーん」


 いわゆる『このひとは信用にたる人物ですよ。うちが保証します』というやつだ。ノルには人の世界の決めごとなんてわからないが、それよりも、ロゼが正規のルートを踏んでいることに驚いた。彼女なら勝手に店とか出しそうだが。


「ちなみに、ペリードさんは侯爵家のかたですよ」


「侯爵⁉ それってけっこう偉いやつなんじゃあ……」


「そうですね。この国には五つしかない侯爵家ですから、そこそこ有名なのはたしかですね」


「そこそこ有名って、かなりだろ! それ」


「うーん、どうなんですかね。長老様や王様ってわけでもないですし、そのあたりは全部同じですよ」


「お前ぜったい社交界とか無理そうなタイプ」


 平然と言ってのけるロゼをみあげてノルはため息を吐いた。ロゼがいちど店の奥へとさがり、杖を持ってきた。ノルも机から飛びおり、玄関まで歩いてから振り返る。


「さ、ニアの森に出かけましょう。ノルさん」


 ロゼの腕に抱えられてノルは外に出た。


 ◇ ◇ ◇


 ニアの森。

 ユーハルド王国の南側に位置する広い森であり、馬車で一時間弱の場所にある。ロゼはノルを連れて森のなかを歩いていた。


「ノルさん。そこかしこに葉っぱがありますが、毒草も多いので、食べるときは注意してくださいね」


「そこは食うな、じゃないのかよ」


「まぁうさぎさんは草をたべるものですから。たまには小動物アピールもしておかないと」


「誰に向けての?」


「わたしに向けての?」


 可愛い姿を見せてください、とロゼが言うのでノルは近くの草にかぶりつくことにした。


「んじゃ、サービスするかね」


 むしゃむしゃむしゃ。

 ぺっと吐き出してノルはうえを向いた。


「いや、まずいから」


「ですよね」


 見上げてくるノルにふふっと笑い、ロゼは腰をおとしてノルの頭を撫でた。


「ノルさん、本当に変わっていますよね。オムライスもお肉もがっつり食べるだなんて。ふつうのうさぎさんはそんなものは食べませんよ」


「そらそうだ。俺はうさぎであってうさぎじゃないから、ロゼと同じものがくえるんだ。ほかのやつに人の食いものなんかやるなよ?」


「もちろん、わかっていますよ。ノルさんは不思議なうさぎさんですからね」


 ロゼは立ち上がり、さくさくと森のなかを進んでいく。その真横をノルがぴったりとついて歩く。


「けっこう奥まできましたね」


「だな」


 森の奧地。そこには結界に閉じこめられた魔獣が存在する。間違ってもひとりで入ってしまわないように。それはロゼの育った集落でなんどもきかされた言葉だ。ロゼは結界の境を目視しながら、近づかないよう遠回りに歩いた。


「なぁ、ロゼ」


「なんです? ノルさん」


「さっきあの兄ちゃんがいってたけどよ。ロゼって意外とすごい奴だったりする?」


 向けられたつぶらな瞳にロゼは首をかしげる。


「もちろんわたしはすごいすごい魔女ですが……急にどうしたんですか? ノルさん」


「自分でいうんだ……」


 ノルが半分呆れたような瞳を返してくる。ロゼは視線をそらして「冗談です」と付け足した。すこし調子に乗ってしまった。


「わざわざ軍から依頼がくるってことは、それなりに実績を積んでるってことだろ? 俺としてはお前がすごい魔導師にはまったく見えないんだが」


「はっきりいいますね」


「だって、お前が魔法使ってるのみたことないし」


「かまどの火をつける時に使っているじゃないですか」


「地味すぎるだろ、それ」


 それのどこがすごい魔導師なんだよ、と文句を言ってくるノルの頬を指でつついてから、ロゼは苦い笑みを浮かべた。


「まぁ正直に白状するとですね。この国での魔導師としての実績は、わたし個人によるものではないのですよ」


「と、いうと?」


「わたしには魔法の師匠せんせいがいるのですが」


「ほう」


師匠せんせいはとてもすごい魔導師でして、わたしが受けた難しい依頼を手伝ってくださったことがあったんです。そのおかげといいますか……この国での『篝火かがりの魔導師』としての功績は、それによるものが大きいのですよ」


「ほーん。つまり、ロゼが依頼に失敗して、そのお師匠さんが代わりにこなしてくれたってことか」


「う……、否定できない自分が情けないですね」


 でも、とロゼは反論する。


「成功率一割未満の依頼ですよ? 失敗したってしょうがないと思うのですよ。だから師匠せんせいに助けてもらったのは必然の理です!」


「お、開き直ったー」


 ロゼが胸を張って言うと、ノルも適当な返しをしてロゼの顔をみあげた。


「ちなみにそれってどんな依頼だったん?」


「高山のいただきに住む、睡魔鳥スーピーと呼ばれる魔鳥狩りです」


「それ、ほかの料理人の話じゃね?」


「いえ、こちらにもいるんです。ともかくですね」


「ほうほう」


 ちなみにその睡魔鳥スーピーとは、歌声を聞いた者を眠らせる魔鳥だ。人を襲うわけではないから大した実害はないが、その地に定住されると人々は一生眠りつづけることになるので、そういう意味では命の危険がある。ふたりが謎の会話をくり広げていると、近くの茂みがガサガサと揺れた。

 ロゼが首をかしげて茂みに近づくと、ぴょこんと愛らしい栗毛のうさぎが出てきた。


「おや。ノルさんのお仲間さんでしょうか」


「いやいやいや。これは普通のうさぎだろ」


「そうですが。ちなみにこちらは、この森に生息するニアうさぎですね。獲って帰って食べましょうか」


「おい、雑な名付けネーミングするなよ。つか、食うの? 可哀想じゃね?」


「なにをいいますか。うさぎの肉は貴重なたんぱく源。鍋にするとおいしいとなにかの本で読みました」


「読みましたって……お前は食ったことないの?」


「ないですね。わたしが育った村は菜食中心でしたし、お肉についてはあまり詳しくないんですよ」


「へ? そうなん? でもお前、鶏肉好きじゃん」


 きのうもおとといも先日も、ロゼがローストチキンを食べているのをノルは見ていた。

 ぎとぎとした油が最高! とかなんとか言って、がっついていた。


「まぁ、いちばん安いですからね。コスパ重視です」


「コスパ……」


「——っと、話をしているうちにうさぎさんがあちらに」


 ロゼがすっと指を向けた先には、ぴょんぴょんと後ろ足を蹴るうさぎの姿がある。まるでこちらに来いと言わんばかりに途中で立ち止まっては、つぶらな瞳をロゼたちに向けてきた。


「ほほう。これはいわゆる、うさぎさんを追いかけると地下の異郷へ……というやつですね」


「なに言ってんの?」


 くだらないことを言っていないで追いかけるぞ、とノルが告げてロゼの前を走った。


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