3種のきのこのチーズリゾット②

「それですよ、ペリードさん。魔導師のお菓子屋さんなんて滅多にありません。ここは全面的にそのうたい文句を宣伝に使わない手はありません!」


(ほほう、ロゼにしてはまともな考えだ)


 提案されたペリードも、目を丸くして驚いてる。


「たしかに……大抵の魔導師はその道の職につくからね。ふつうは菓子店なんて開かない。稼げる額も桁違いだから、よほどの物好きしかやらないだろうし……」


「でしょう?」


「うん、そうだね。その線でいってみるよ。ありがうロゼ」


「いえいえ、どういたしまして」


 ふふんとロゼが胸を張る。誇らしげな彼女には悪いが、いまの話の流れだと、魔導師なのにケーキ店を開くペリードしかり、料理店を経営しているロゼたちは『物好き』ということになる。それはつまり魔導師のあいだでは変人扱いなのだが。


(それ、わかってんかなぁ……)


 ノルは遠い目をして、はしゃぐ彼らをみつめた。


「そうと決まれば、さっそく戻って新しいものを書いてみるよ」


「ええ、応援しています」


 ペリードが椅子から立ち上がる。そのおり彼の腹が鳴った。かなりの爆音だった。 ペリードは照れたように頬を掻いた。


「あ、もしかしてお昼まだでしたか?」


「あはは……実は恥ずかしながら、きのうの夜からなにも食べていなくてね」


「夜から!? それはまたどうして……」


 ロゼが心配そうに眉根をよせる。珍しい。彼女が他人の心配をするなんて。基本的にロゼは自分の世界で生きているようなところがあるので、他人の機微など気にしないのだ。まぁ本人曰く、魔導師にはマイペースな人たちが多いから自分だけじゃないと前に力説していたが。


「これを考えるのに徹夜だったからね。さっきまでずっと書いていたんだよ」


 疲れのにじんだ顔でペリードが笑う。


(なるほど、こいつはあれか)


 一度やりだしたら止まらないタイプの人間だ。ノルはすこしだけ彼に同情した。えてしてそういう奴は早世しやすいというのがノルの見解だ。

 案の定、ペリードは急に態勢を崩して机にもたれかかった。ロゼが慌てて駆け寄る。


「ひ、ひとまず椅子に座っていてください! すぐになにか作りますから、食べたいものとかありますか?」


「ああ、いや大丈夫だ。戻ってつづきをやらないといけないからね」


 ペリードが薄く笑う。


「それにほら、君に迷惑をかけるわけにはいかないから、もう帰るよ」


「いえ、迷惑だなんてそんなこと! チラシの案をきかれるより全然ましですよ!」


「え?」


(ロゼさん、ひどい)


 ついぽろりと出てしまったロゼの本音を聞かなかったことにしたらしいペリードは、机に手を置き、ゆっくりと立ち上がる。しかしやはり足元がふらつくのか、すぐに膝を崩してしまった。


(はー、まったくこれだから坊っちゃんは)


 軟弱なやつめ。一晩徹夜しただけでこれとは呆れる。俺なんか何日寝なくても平気なのによぉ。

 と、星霊のノルは思うわけだ。彼にとって食事も睡眠も単なる嗜好品の類い。ノルはペリードに近づき、彼の腕に頭突きした。正確には「椅子に座れよ」というアピールだ。


「うん? ああ、頭を撫でてほしいんだね」


 彼がノルの頭に手を置く。

 そうじゃない。


(うーむ、うまく伝わらん)


 ノルはちらりとロゼに目で合図を送った。ロゼが力いっぱい頷く。


「ノルさんは、首もとを撫でられるのが、いちばん好きなんですよ」


「そうだったのか、ごめんよ」


 今度は首もとをもふもふされる。


(そうじゃねぇよ!!)


 ノルは叫び出したい衝動に駆られた。しかし本格的に具合が悪くなったらしいペリードは、いまの状態で歩くことは難しいと判断したらしく、素直にロゼの厚意に甘んじることにしたようだ。

 彼が椅子に座り直して、組んだ両手のうえに頭を置いている。めまいがするのだろう。ロゼはノルに彼のようすを見ているよう、こそっと告げて厨房へと入っていった。


(ようすをみろと言われても……)


 うさぎなので、なにも出来ることはないのだが。

 ペリードがむくりと上体を起こした。かちりと合う視線。ペリードが右手を伸ばしてきた。そのまま再度首もとを撫でられる。


(だから触るなよと言いたいところだが……)


 病人相手にそれをいうのも酷か。ここは人肌ならぬ、うさぎ肌を脱いでやろう。

 可愛いこの俺にたっぷりと癒されるがいい!

 ノルは大人しくされるがまま、彼の近くにいてあげた。



 ◇ ◇ ◇



 十分程度でロゼが戻ってきた。


「お昼できましたよー」


 厨房からなにやら運んでくる。ことりと机に置かれた皿のなかにはリゾットが盛られていた。

 素朴だが、昨夜から食事を取っていない胃袋には優しいメニューだ。

 ノルは皿に近寄り、小さな鼻をひくひくと動かした。チーズの香りだ。淡い琥珀色のチーズリゾット。茸がたっぷり入っていてうまそうだ。ノルの腹がきゅるると音を奏でた。


(食べたい……)


 だけどペリードの前ではただのうさぎ。いくらなんでもリゾットに食らいつくことはできないのだ。しょぼんと首をさげると、ロゼがペリードの真向かいに座って彼に皿をすすめた。


「さぁ、どうぞ召し上がれ」


 ロゼがペリードにスプーンを渡す。そういえば、春頃にこの男の手作りアップルパイを食べたっけ……と、思い出しながらノルは彼の顔をみあげた。


(すこし落ちついたか)


 青白かった頬にはわずかに生気が戻っている。もふもふさせてやった甲斐があったというものだ。

 ペリードがリゾットを口に運んだ。


「うん、美味しいね。最初に芳醇なチーズの香りが鼻腔をくすぐり、いざ口に入れてみれば、こりこりとしたキノコの食感が堪らない。あとこれは……鶏肉のうまみかな。しっかりとスープで米を煮こんでくれているのがよくわかるよ」


 見事な感想しょくレポだ。ロゼが嬉しそうに返す。


「ありがとうございます。生米から頑張りました」


「さすがは本格的だね」


(いや、それ嘘だぞ。青年)


 ノルは知っている。生米から作るリゾットはけっこう時間がかかるのだと。しかしこれはほんの十分程度で出てきた。

 どうせきのう炊いたライスの残りにキノコのスープ(今朝の余りもの)を加えて、軽く火をかけたものだろう。そこにチーズを足してそれっぽく見せてはいるが、つまるところ手抜きだ。


(まぁ、美味しければ過程なんてどうでもいいが)


 ノルはこてんと寝そべった。


「そういえば」


 ペリードが優雅にリゾットを食べながらロゼにたずねた。


「君はどうして料理店を始めたんだい?」


「どうして、といいますと?」


「ほら、僕の場合は菓子を作るのが趣味だったからね。それでケーキ店を開くことに決めたけれど……君もそうなのかなと思ってさ」


「ああ……そうですね。料理を作るのは嫌いではありませんよ。上手に作れたときは嬉しいですし」


 曖昧な笑みを浮かべてロゼが答える。

 実はノルも気になっていた。彼女はある目的のためにこの店を開いたそうだが、実のところ料理屋としての仕事よりも魔導師としての収入のほうが大きい。だから、もういっそ、魔導師そっちの仕事だけでいいのではと、ノルも思うわけだ。しかしロゼはかたくなにこの店を続けている。どうしてだろう。

 ロゼがリゾットを眺めて笑った。

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