3種のきのこのチーズリゾット①


 あなたがご飯を作る理由はなんですか?

 誰かのため? 自分のため? 

 趣味に仕事に健康維持に。

 多くの答えがありそうですが、ひとまずわたしはですね──




「──もちろん、あなたを笑顔にするためです!」


「うん。そこのジャム取って?」


 ノルはロゼから小瓶を受け取り、スプーンですくってパンに塗りつけた。ひとくちかじると口のなかでしゃくしゃくと弾けるリンゴジャム。


(うまっ)


 この時期のリンゴは夏の陽射しをたっぷり浴びて甘くなる。こうしてジャムにすれば、さらに糖度が増すので、甘いもの好きのノルにとっては最高のご馳走なのだ。

 ロゼが拗ねたように小さく息をついた。


「もー、せっかくわたしが張り切って決めポーズまで取ったのに……つれないノルさんですね」


「まぁ、お前のひとりごとにも慣れてきたし。あと、べつにアイドルっぽいポーズも取らなくていいから」


「別名あざといポーズですね」


「そういうこと言わないの」


◇ ◇ ◇


 季節は流れ、秋。

 厳しい夏の暑さも薄れてきた今日この頃。ユーハルドでは今月行われる収穫祭の準備が行われている。今年いちねんの実りを祝う祭り。ロゼの料理工房でも、かぼちゃの収穫や飾りの作成など、まったく料理とは関係のない依頼が舞いこみ、ふたりは毎日せわしなく走り回っていた。今日は収穫祭で使うランタンの蝋燭ロウソクを作っている。


 正直これ、魔導師の仕事か? とも思うふたりだが、可愛らしい型に溶かしたろうを流して紙撚こよりをつけ、乾燥させるという、ひたすら地味な作業を繰り返していた。


「ノルさん、ノルさん。そういえば、次の依頼ってなんでしたっけ?」


「かぼちゃの荷運びの護衛。街道にまた森狼が出るとかで、かぼちゃを奪われないように助けてほしいってやつ」


「それはまた重要案件ですね。頑張りましょう。その次は?」


「お菓子づくりを教えてほしい。こっちはあれだな、前にスコーン作りにきてたお嬢さんからの再依頼」


「リピーターさんですね。嬉しい限りです」

「んで、さらにその次がケーキ屋さんの手伝い。近々店を構えるから、宣伝用のチラシを配ってほしいって話」


「ああ、来月オープンするとかいうペリードさんのお店ですか」


「そうそう」


 そんな感じで楽しく語らいながら、ふたりが蝋燭作りに励んでいると、玄関の扉が開いた。入ってきたのは緑髪の青年だ。いつもの文官服ではなく、きょうは私服姿だ。


「失礼するよ」


「あ、ペリードさん。こんにちは」


「久しぶりだね、ロゼ。元気にしてたかい?」


「ええはい、なんとか。この前はお仕事を紹介していただき、ありがとうございました」


「いやいや、当然だとも。それよりも、無事に店の修繕が終わったみたいで安心したよ」


 青年がにこりと笑う。実は先々月のジー爆破事件のあと、店を焼失させてしまったロゼたちは、彼から仕事を紹介してもらい、当面の生活費を工面していた。そのときの話はまた別の機会になるが、ともかくこの店はつい最近まで建て直しをしていた。それでこうして店の修繕費を稼ぐため、ふたりはせっせと働いているわけだ。


(今日は青薔薇かぁ)


 青年はここを訪れるたびに何かの花束を持ってくる。マメなやつだ。花束をロゼに渡して椅子に座ると、彼は机のうえに数枚の紙を置いた。ロゼが彼にお茶を出しながら、ちらりと紙を見る。ノルも机に前足をかけて覗きこんだ。


「お店の宣伝用のチラシですね」


「そう。いくつか案を考えてみたのだけれど、なかなかしっくりくるものがなくてね。ぜひ君の意見も聞きたくて今日は来たんだ」


 ペリードが苦笑がする。散々悩んだのだろう。かすかに彼の目の下にはクマができている。ノルからすれば「そんなに考えることか?」と思うのだが、まぁ彼は見た目通り真面目な青年なので、こういったことにも全力で取り組む性格たちなのだろう。

 ロゼがチラシを一枚手にとった。みずみずしい果実が敷き詰められたタルトが描かれている。


(もしかして、この兄ちゃんが書いたのか?)


 ずいぶんとうまい。これだけ絵の才能があるのなら、なにもケーキ屋じゃなくて画家になればいいのに。

 ノルはペリードをみあげた。


「こちらはどうですか?」


「それか。実は僕もいちばんいい出来だと思うんだ」


「ええ。本物みたいでおいしいそうですよ」


「ははは。そういってもらえると嬉しいけれど、できればもうすこし個性が欲しくてね」


「個性……ですか?」


「ああ。ふつうの店では、ほかの店との差別化が図れないだろう? 王都には多くの菓子店があるからね。僕の店でなければ食べられない味を作りたいと思っている。そしてこれもそうだ。ひと目みて、僕の店だとわかるものにしたいんだ」


「ほうほう、なるほど……」


 ロゼが面倒だなぁという顔をした。もちろん表には出さないが、いつも一緒にいるノルにはわかる。あれはそういう時の顔だ。

 ペリードが紅茶に口をつけた。


「だからね、なにかいい案があれば忌憚きたんなく意見を言ってほしい」


「そうですねー」


 なにもないですけど。

 ロゼの心の声が手にとるようにわかる。ノルはくわりと欠伸をしてふたりの様子を眺めた。


(眠い……)


 窓からそよそよと涼しい風が入ってきて眠気を誘う。つい、うとうとしはじめたノルの身体を誰かが抱き上げた。


(……ん?)


 目をあける。ペリードの顔が真上にある。状況から察するに、彼がノルを抱えて膝のうえに乗せているようだ。そして背中には右手。もふもふと撫でられてしまった。


(………………え?)


 なに、この状況。

 ノルは身体を震わせ、彼の膝からぴょんと跳び降りた。わずかに残念そうな顔で彼がこちらを見ている。

 いやいやいや、男に背を撫でられるとか!

 俺のふわもこボディは女の子限定と決まっているんだ!

 などど、ノルがぷいっと顔を背けたとき、ロゼが「あっ」と小さく叫んだ。


(なんだぁ?)


 ノルが見上げると、両手をぽんと叩くロゼがいる。どうやらいい案が浮かんだらしい。カウンターの裏側から紙とペンを持ってくると、なにかを書き始めた。

 ノルはぴょんぴょんと飛んで彼女の側に近寄った。


(火……炎か?)


 へたくそな絵。ロゼが筆を走らせると、魔法を使ってケーキをつくる菓子職人の絵が完成した。もっとも、たぶんそう……とわかる程度の絵心の無さである。

 ロゼがわすがに目を輝かせてペリードにたずねた。


「たしかペリードさんも火の魔法がお得意でしたよね?」


「そうだね。うちの家系は代々火の属性と決まっているから、僕もすこしだけなら使えるよ」


 驚くことに彼も、魔導師としての才があるのだそうだ。ノルとしてはてっきり『名家のぼんぼんだから、第二王子つきの補佐官に抜擢された人生イージーモードのやつ』という心証だった。

 案外それなりの実力を持った奴なのかもしれない。ロゼが強く拳を握って力説した。

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