オムライス~パセリを添えて~④
「あ、ノルさん、お帰りなさい。どうしたんですか? その格好」
「おう、た、ただいま……」
ボロ雑巾のような姿だ。よたよたしながらノルがロゼのもとまで歩いてくる。
「聞いてくれよ。俺さ、坊主の母親探し頑張ったんだけど」
噴水に落ちて銀髪のお嬢さんが助けてくれて、それからそれから……流石に全部を聞いていたら夜が更けてしまうので、ロゼはノルから要点だけを聞き出した。
「坊主の母親ならいまくるから、ちょっと待ってろ」
「一緒ではないのですか?」
「ああ、俺だけじゃ探すのちっと難しくてなぁ。その銀髪の嬢ちゃんに手伝ってもらったんだ。その子がいま連れてきてくれる手はずになってる」
「なるほど。ノルさんは役立たずでしたかー……」
「うるせぇよ!」
めちゃくちゃしんどかったんだぞ?
と、鼻息を荒くノルが反論したところで、店の扉が開いた。
「リック!」
「お母さん!」
ひしと抱きしめあう親子。感動の再開だ。母親が「ありがとうございます」と頭をさげてから、男の子の口元についたトマトソースをハンカチでぬぐった。
「お姉ちゃん、うさぎさん、ありがとう!」
「いえいえ、どういたしまして」
ロゼが男の子に手を振り返すと、ノルも彼の足元に近づいて、なぜか頭突きしている。まぁ母親がいるのでノルは話せない。おおかた「もう迷子になるなよ!」とでも言いたいのだろう。満腹になった男の子は、母親と会えたこともあり、笑顔いっぱいで帰っていった。
ちなみに、食事代はきっちり母親に請求しておいた。ノルはなにかいいたげだったが、ロゼは気にしない。そういうことは大切だ。ついでに男の子には宣伝も頼んでおいたから、これで店の繁盛は間違いなし。ロゼはたくましい商売根性をみせたのだった。
◇ ◇ ◇
「ノルさん、まかないたべますか?」
親子が帰ってすぐ、ロゼが皿を運んできた。両手に二つの皿を持っている。ノルは見上げてつぶらな瞳をぱちぱちとした。
「オムライスか」
「はい。実はオムレツの部分をすこし失敗してしまいまして、二個ほどダメになってしまったのですよ」
「それ、失敗しすぎじゃね?」
「ぐ……訂正です。実はお夕飯にと思って余計に二個作っておいたんです」
「いや、明らかな嘘をつくなよ」
顔色こそ変わらないが、ものすごい勢いで目が右に左にと泳いでいる。彼女はあまり嘘が得意ではないのだ。
「あー、くうくう。あ、オレ、デミでお願い」
「それはお鍋ごと倒れちゃったじゃないですか。ノルさんのせいで」
「そだった」
「まったくもう……」
ロゼが小さくため息をつく。ノルがぴょんと机のうえに飛び乗ると、ノルの前に皿が置かれた。
つややかな玉子の隙間からみえる鮮やかな赤いライス。なるほど、たしかに玉子の衣がところどころ破れている。熱を加えすぎて固くなってしまったからだろう。うまく半熟にしないとこうなるのだ。
(うまそうな香り……)
鼻をひくひくとさせると、この酸味の強い香りはトマトだ。温め直したのか、ほのかな湯気とともにバターの匂いが食欲をそそる。そしてなによりもパセリ。オムライスの脇にちょこんと添えられおり、ついつい飛びつきたくなる衝動に駆られた。
「ご褒美です」
「? 褒美?」
「リックくんの母親探し。頑張ってくれたみたいですから、デミの代わりにノルさんの好きな言葉を書いてあげますよ」
なにがいいですか? と付け足して、彼女がスプーンを片手にトマトソースの入った瓶をかかげる。ほんのわずかに逡巡してノルは口を開いた。
「ノルさん、大好き」
「却下です」
「ノルさん、すごくかっこいい」
「却下です」
「ノルさん、愛し──」
「真面目にお願いします」
ぜんぶ即答だった。なんなら最後は言い終わらないうちに切られた。
「……じゃ、『お疲れさん』」
ノルが言い直すとロゼはトマトソースをスプーンすくった。
つらつらと黄色のキャンバスに赤い文字が書かれていく。大陸語だ。ノルも詳しくはないが、むかしはいくつかあった言語がいまはひとつになったのだとか。下手くそな文字が完成し、労いの言葉を彼女が口にする。
「お疲れ様です、ノルさん。今日もいちにち頑張りましたね」
「おうよ。ロゼもお疲れさん」
互いにこつんと木のコップを打ちならす。
「ではでは」
ロゼが片手にスプーンを持ち、ノルがオムライスの前に陣取ったら、ふたりで声をあわせて、
『いただきます!』
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