オムライス~パセリを添えて~③

「さーて、どっから探すかなー」


 ノルはぴょんぴょんと走りながら、あたりに首をめぐらせる。ロゼに頼まれ子供の母親探しを引き受けたはいいが、どうやって探そうか。噴水広場、さきほどロゼと買い物をした場所まで戻ってきたノルは、道行く人々の顔を眺めてうなった。


(うーん、正直どれも同じにみえる)


 人の顔なんてどれも同じだ。多少の美醜はあれど、ノルから見れば大差ない。ひとまず母親と言うからには女だろう。ノルはひとりひとりの足元に近づいて、しげしげと彼らの顔を観察した。


(駄目だ、わからん)


 単純にあの子供の顔と似た女を探せばいいのだろうが、そもそも子供の顔を忘れた。栗毛髪の、ぱっちりとした瞳の男の子だったような気がするが、そんな特徴などありふれているし、なにより探すのが面倒になってきた。

 けっきょくノルは疲れて噴水のへりに飛び乗った。ひんやりとした石の感触が腹に伝わってきて、ノルはぶるりと身体を震わせる。


(うう……さぶっ!)


 いまは三月だからまだ肌寒い。空をみれば天気も曇り空。まもなく雨が降ってきそうだ。子供とロゼには悪いが、そろそろ戻るか。

 ノルが立ち上がると、つるんと嫌な感触が足に走った。


「おわっ!?」

 どぼん。

 しまった! うっかり足を滑らせて水のなかに落ちてしまった!

 ノルは必死に短い手足を動かすが、身体が重くてうまく岸にあがれない。

 ふわもこボディがここにきて仇となった。まずい、このままだと溺れ死ぬ……!

 そう思って死を覚悟した直後に、身体がふわりと浮いた。


(な、なんだなんだ?)


 ひとまず助かった。息も絶え絶えにノルが顔をあげると、銀髪の少女が目の前にいた。可愛らしい犬耳のつきのフードを被った十歳前後の子供だ。彼女は無言でノルを見つめている。


「えっと……助かったぜ! ありがとな、嬢ちゃん!」


 穴があくような視線に耐えかね礼をのべると、子供はこくんと頷き、ノルの身体を白いタオルで拭いてくれた。わしわしと雑な拭きかただった。


「ちょ、あの、痛い。痛いから!もっと優しくしてくれー!」


 ノルの悲鳴が噴水広場に木霊した。


 ◇ ◇ ◇


「困りましたね。どうしましょうか……」


 ロゼは冷蔵魔導機(冷蔵庫)を開けて悩んだ。ここに店を構えてから、あれよこれよと開店準備に追われてた。あまりの忙しさにずっと外食だった。だから食材がない。


(うーん……)


 ちらりとホールをみると、困惑顔でテーブルに腰かける男の子がいる。そわそわと落ちつかないのか、さきほどから出してあげた水をガブ飲みしている。早くなにか作ってあけないと、彼のお腹が水でいっぱいになってしまう。

 そう、彼女のいう『飛びきり元気に魔法』とは、おいしい料理を男の子に振る舞うことだった。


「とりあえずは玉ねぎと、鶏肉……と玉子」


 ロゼは料理台を眺めた。さきほど買った玉子が十個。玉ねぎ数個ときのう購入したこれ。肉屋の店主が目の前で首をはねてくれた鶏肉だ。あれは衝撃的な光景だった。


「ここはやはり親子丼……いえ世界観おくにがらを考えなくては。舞台ユーハルドは木造煉瓦の家々が立ち並ぶ夢の国。醤油なんてものが飛びだしたら怒られてしまう……」


 誰に?

 ノルがいれば頭突きを食らいそうなことをつぶやきながらロゼは顔をあげた。棚のすみに赤い液体が入った小瓶をみつける。トマトソースだ。


「───うん。決まりですね」


 ロゼはさっそく料理にとりかかった。とんとんと包丁を動かし、玉ねぎをみじん切り。鶏肉をひとくちサイズにしたら、フライパンに油を引いて炊いたライスとともに炒める。


「トマトは多めですとも」


 塩、コショウ、それからトマトソースをたっぷりと絡ませたら器に盛り、次は玉子の固さをどうするか。


「固めと柔らかめ……」


 男の子を見る。うん、あれは柔らかめが好きそうな顔だ。直感的(外れることも多い)に判断してフライパンにバターをひとかけ溶かす。ふつふつと泡が立ってきたら、一気に玉子を流しこんで手早く半熟のオムレツを作り、盛りつけたライスのうえに乗せる。


「あとはこちらで──」


 包丁を片手に、すっとオムレツに切れ目をいれると、ぺろんと玉子がめくれて、とろとろの中身がこぼれ出た。うまく作れた。香りもいい。厨房の明かりに照らされて、濃い黄色と白みがてらてらと輝いている。隣に小さくちぎったパセリを添えて、


「完成です!」


 さっそく男の子に持っていくと、目をきらきらとさせてオムライスに釘づけだ。ロゼは内心で拳を握るが、肝心なのは味だ。男の子がスプーンを玉子に沈ませ、ひとくち大に切りとると大きく口を開けて頬張った。


「ど、どうでしょうか? おいしいですか? リックくん」


 どうかおいしいと言ってくれますように!

 そんな祈りをこめて男の子に訊ねてみると、弾けるような笑顔が返ってきた。


「うん! すごくおいしいよ、お姉ちゃん」


 良かった……。

 心のなかでほっと息をつき、ロゼは余裕のあるお姉さんとして振る舞った。


「それは良かったです。おかわりもあるので遠慮せずにどうぞ」


「やったー!」


 もぐもぐと嬉しそうに食べ進める彼をみて、ロゼは口許を緩ませた。そこにからんからんと玄関のベルが鳴ってノルが帰ってきた。

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