ハーブソルトと豚バラ串②

「今日はすみませんねー」


「いえいえ。猫探しから魔物退治まで。なんでもこなす氷の魔女ロゼッタの料理工房ですから。奥様へ贈るプレゼント探しもどんとこいですよ」


 どのあたりがどんとこいなのか。

 本日も料理とは関係ない依頼を受けるロゼだが、彼女は若い男と一緒に王都の商業通りを歩いていた。ここは多くの店が立ち並ぶ通りであり、食材から武具までなんでも揃うのだが、ロゼの店からは遠いのでたまにしかこない。今日はロゼの隣を歩く彼から依頼をうけてやってきた。


 二〇代後半の男。ノル(人間体)よりすこし若い彼は、すっきりとした栗毛の短髪に白シャツと緑のベストといった王都でよくみる庶民的な格好だ。名前はリリックというらしい。


「それで、奥様のお好きなものというのは……」


 ロゼが訊ねると、彼は困ったような笑みを浮かべて頬を指でかいた。


「それがですがね。お恥ずかしいことに妻の好みがよくわからず……、一般的に女性はなにをもらったら喜びますかね」


「喜ぶ……そうですねぇ、やっぱりお金……」


「え?」


「いえ、……ごほん。恋人や旦那さまが一生懸命考えて選んでくれたものなら、何でも嬉しいものですよ」


「あ、やっぱり? みんなそうですよね」


「ええ、もちろん」


 ロゼはすこしだけ嘘をついた。リリックはそんなことには気がついていないようすで、歩きながら空を見上げてつぶやいた。


「じゃあ、シャベルがいいかなぁ」


「シャベル……ですか?」


 なんでそうなった。

 このひとの頭はどういう思考回路なのだろう……と、ロゼは悩んだ。


「ええっと……理由を聞いても?」


「実は妻は庭をいじるのが好きでして」


「庭を」


「ええ。それでよくハーブを育てて料理を作ってくれるのですが、ここは張り切って新しいシャベルをプレゼントしようかと思いまして!」


 リリックが自信たっぷりな笑顔で言い切った。本当になんでそうなった。


 ロゼは「これはうちにきて正解ですね……」と遠い目になった。


 きっとそのままシャベルを贈っていたら、間違いなく彼は奥さんと喧嘩になることだろう。いや、もしかしたら一%の確率で喜ぶかもしれないが。


「どうでしょうか?」


「そ、そうですね……シャベルも素敵な贈り物ですが、どうせならもっと、普段から使えるものを選んではどうでしょう」


「普段? 妻は普段から庭をいじってますよ」


 そうじゃない。

 うまい言葉が見つからず、ロゼは別のものに誘導する方向で頑張った。


「では、シャベル以外でお庭でも使えるものはどうでしょう?」


「シャベル以外ですか?」


「シャベル以外で」


「そうなると……ジョウロとかですかねー」


「ジョウロ……、えっと、ほかには?」


「ほか? なら鎌なんてどうでしょう。雑草を刈るとき用の!」


「…………」


 男が雑草を鎌で刈り取るようなポーズをする。

 もう、お前が刈られてしまえ! 


園芸道具そこから離れてほしいのですが……)


 ロゼがげんなりしていると、リリックは通りすがりの女性を見て「ああ!」と叫んだ。つばの長い、青い帽子を被った後ろ姿の綺麗な人だった。


「そうだ。帽子、こう……つばの長い帽子なんでしょう?」


「つばの長い帽子?」


「ええ。最近は陽射しも強くなってきましたし、日焼けしないようといいますか。彼女は肌が弱いみたいで太陽にあたると身体が痒くなるーとかいって、この時期はよく日傘をさしているんですよ。だから帽子なら手も塞がらないですし、ちょうどいいかなって」


 なんだ、やればできるじゃないか。

 むしろなぜ最初にその回答へ至らなかったのか。


「では、帽子屋さんに行きましょうか」


 さっそくロゼは彼と一緒に帽子店を探した。その際、さきほどすれ違った女性が鋭い目で自分を見ていることにはロゼは気づかなかった。


 ◇ ◇ ◇


 ロゼが大変な想いで依頼をこなしている頃。ノルはリックを連れて串焼きを食べていた。甘辛いたれがついた豚の串焼きだ。香ばしい匂いが鼻腔をくすぐり、食べながらでも腹が鳴ってしまう。ノルたちは噴水広場という王都の中央あたりにある広場でひと休みしていた。ちなみにリックが母親とはぐれたのはこの広場だそうだ。


「ほれ、俺のおごりだぞー。ありがたく食すがいい」


「わー、ありがとう、うさぎさん」


 リックがノルから豚串を受け取り、もぐもぐと嬉しそうに頬張った。脂の乗った豚肉だ。ぽたりぽたりと滴る肉汁のおかげでノルの手はギトギトだ。もったいなくて指をぺろりと舐めれば、こってりとした脂が舌のうえに乗った。


(うめぇなぁ、酒が欲しいなぁ)


 店主いわく秘伝のたれだと話していたが、甘辛いたれがエールと合いそうだ。ノルは豚串を堪能すると、酒の代わりに買った絞りたてのりんごジュースを、ごっごっと飲み干した。


「ぷはー! 最高だなぁ」


「うさぎさん、おじさんみたい」


「だーかーらー、おじさんはナシ! つか、おまえ、口のまわりべとべとだっつーの。なんか拭くもん持ってねぇのか?」


「これ」


「これは?」


「お母さんのハンカチ。さっき、お菓子食べたときにわたされた」


「ああ、ノルさんと会う前な」


 ノルはリックからハンカチを受け取り、彼の口元をぬぐってやった。


「それとな? いちおう言っておくが、これはノルさん(うさぎ型に変身して)が、道端で芸をみせて、自分で稼いだお金で買ったもんなんだ。好きに食って飲んだって文句はいわせねぇぞ」


「えー? ぼく、なにもいってないよー」


「いやぁ、まぁそうなんだが……。しっかり口にだしておかないと、『ノルさん、贅沢しすぎですよ!』とか、どこからか声が聞こえてきそうでなぁ……」


「ノル……贅沢、しすぎ」


「——って、おわぁ!?」

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